2012年08月12日

天皇陛下について122

第四十六代孝謙天皇、女帝、749年より758年。
この御代に、藤原不比等の孫にあたる、藤原仲麻呂が重用され、恵美押勝という、姓名を賜った。

ところが、第四十七代淳仁天皇、758年より764年の、御代になり、押勝は、我欲を通して、誅された。
この乱で、功績があったのが、唐留学生の、吉備真備である。

押勝の乱の後、天皇は退位され、第四十六代の孝謙天皇が、再び御位に就かれた。
これは、チョウソといわれ、同じ方がもう一度、皇位に就かれることで、この時は、二度目のことである。

第四十八代称徳天皇、764年より770年。
御父聖武天皇と同じく、篤く仏教を信仰された。

ゆえに、常に宮中に僧尼をお呼びになった。

この頃は、行基と同じように、興福寺の義淵僧正の弟子で、弓削道鏡、ゆげのどうきょう、という評判の僧がいた。

これが、孝謙天皇のご信任を得た。それは、天皇が御位を退かれた、上皇時代である。
そして、再び、天皇の御位に就かれた。
そこで、道鏡は、政治のことにも参与すべく、太政大臣禅師という位を授けられた。

これは、大宝律令にはない、不思議な官である。

つまり、朝廷の文武百官の上になるのである。
更に、天皇は、不足とおぼしめして、法王の位も授けた。

法王とは、天皇が退位して、仏教の信仰を続けるという、出家に似た形である。

その下に、法臣、法参議、大律師という、僧侶の役人を配されたのである。
つまり、天下の政治は、道鏡の指示を受けるようにというものである。

しかも、多くの土地も賜り、一族もそれぞれ、高官に取り立てられたのである。

それゆえ、道鏡と、その取り巻きは奢るのである。
天皇と同格になったようなものだ。

大臣以下の百官も、どうしようもない。
法王殿に参り、道鏡さまに、拝賀をせねば、ということになった。

拝賀とは、天皇のみに対する、礼である。

中には、媚びる者も出でくる。
それが、九州、大宰府の神主である、習宣阿曽麻呂である。
この男は、道鏡の次の狙いは、天皇の位だろうと目をつけた。

阿曽麻呂は、道鏡を天皇の位につければ、天下は必ず、よく治まるであろうという、宇佐八幡のお告げとして、朝廷に申し出たのである。

それを聞いた、称徳天皇は、大変ご心配になられた。

天皇の位とは、天照大神の直系でなければ、授けられないものである。

不審なここと思った天皇は、日頃から、信用されていた、尼の法均の弟、和気清麻呂、わけのきよまろ、を、お呼びになった。

それは、前夜、夢に、宇佐八幡のお使いが現れ、八幡の大神から朝廷に告げたいことがあるので、法均をよこすように、とのお告げがあったからである。

しかし、法均は、女の身である。万一のことがあっては、ならないと、弟の清麻呂に、代わりに行くようにと、命じたのである。

清麻呂の身分は、近衛将監で、天皇護衛の武人である。高い位ではない。

この年、神護景雲三年、清麻呂は37歳である。

心身を清めた清麻呂は、八幡の神前に額ずき、つつしんで、その神意を伺った。そして、都に戻り、奏上した。

我が国は、開闢以来、君臣の分が定まっている。臣をもって君とするようなことは、絶対にあるべきではない。天皇の御位には、天照大神の直系を立てよ。臣下でありながら、天皇の位を望む無道の者は、速やかに掃い除けと、ございました。

道鏡には、矢張り、野心があった。それを聞いて、烈火の如く怒り狂い、清麻呂の官位を奪った。更に、名前も、別部穢麻呂とし、大隈国、現在の鹿児島に流されたのである。

姉の法均は、備後、現在の広島に流された。

実は、道鏡は、清麻呂の暗殺まで、謀ったのである。
しかし、それは失敗した。

いかに、道鏡が不遜であり、野心があったという証拠である。

しかし、二人は、藤原百川という、贈太政大臣により、生活に不自由のないように、面倒をみてもらっていたのである。

年が変わり、称徳天皇は、崩御された。
皇太子、白壁王、天智天皇の御孫が、御位に就かれた。

まもなく、道鏡は、下野国、薬師寺別当に左遷される。
更に、大宰府の阿曽麻呂も、種子島の島守にされた。

和気姉弟は、都へ召し出され、名も位も復帰した。
更に、桓武天皇の御代には、大功をたてて、位は従三位、官は民部大輔に、中宮太夫を兼ねることになった。

その後、皇室を守ったことで、護王大明神とあおがれ、京都、別格官幣社護王神社に祀られ、正一位を贈られたのである。

後年、頼山陽は、彼を讃えて、書いた。
男子に気節があるというのは一身上の問題だけではなく、国家をたもち、天下の安危を救うに足る。一国に男子に気節がなければ国はほろんでしまう。
日本政記

現代の政治家にも、心得て欲しい言葉である。
気節とは、気概である。心意気である。



posted by 天山 at 00:01| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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