2012年08月04日

神仏は妄想である。380

仏教が中国に伝われるのは、一世紀である。
勿論、道教は、すでに存在していた。

仏教は、二世紀から発展し、三世紀から五世紀にかけて、教団を形成する。
と、そこで、既存の道教との、摩擦が起きる。

その優劣を競い、激しく論難し攻撃する。
宗教の定めである。

そうして、道教側が、何と、老子化胡経という、偽書を作ったのである。

中国人らしい。

つまり、それは、老子が西の、胡、えびす、の国に行き、釈迦になったというものである。

であるから、釈迦の説くものは、実は老子が唱えたものである。だから、その根元は、道教にあるというもの。

そして何と、中国では、この偽書が、かなり普及したというから、驚く。

二つの対立は、五世紀を過ぎても、衰えず、益々激化した。
更に、その対立の最盛期に、日本に伝えられている。

奈良時代に、摂津の国東成郡に、ある金持ちの男がいた。
近頃、家業がうまく行かないのは、漢神の祟りだといわれる。その祟りから逃れるために、漢神に祈る。
七年間を、その祭りの期間として、一年ごとに、牛を一頭ずつ殺して漢紙を祭る。
だが、満願になっても、よくならない。かえって、重い病気になった。
医者にかかり、治療したが、よくならない。
霊験あらたかな、社の神官に祓ってもらうが、治らない。
これは、牛を殺した殺生の罪のせいだと、今度は、仏の戒律を守り、毎月、放生善を行った。しかし、とうとう、死んでしまった。

そして、死後の世界である。
閻魔大王の前に引き出された。
男を見た七人の鬼が、男を膾に切り裂いて食いたいという。
とろが、にわかに、千余人のものが現れて、この男が七頭の牛を殺したのは、漢神を祀るためであり、本人の罪ではないという。この千余人とは、男が放生善で、命を救った、魚などの生き物である。
大王は、結局、この男を許し、再び生き返らせた。
蘇生後の男は、漢神を祀らず、仏教に帰依して、放生善をして、無病息災で、九十余歳まで生きたという。

この話は、説話である。
つまり、漢神信仰と仏教の対立であり、仏教が優れた宗教だというのである。

もう一つ、大化の改新の前年、駿河を中心に、奇妙な祭りが流行した。それは、農民の爆発的な運動といってもいいほどのもの。

この時の、神は、常世神である。
その功徳を説き、それに同調した、村々の巫女たちが、農民に、この神を祭ることを宣伝した。信じた農民たちは、酒、大事な家畜、なけなしの財に至るまで、常世神に供えて、新しき富い来れり、と歌い踊り狂いながら、祈りを捧げたという。

常世神とは、道教の神である。

常世
これは、神仙思想の、不老長寿の核でとなる、教えである。

現世利益の、信仰である。

研究家は、
常世神信仰の内容が、個人的な欲求の満足をめざす現世利益そのものの信仰であったということ。しかも、そういった信仰に強い共感を生むほど、彼ら農民生活が現実に苦しかったということにあったのだろう。
と言う。

更に、それを推し進めたのは、地方の豪族である。
豪族は、それを使い、教祖的な存在になり、それが広まったようである。

しかし、この信仰は、全くの無益であり、非常に弊害が多く、農民たちが騙されていると、中央から、秦造河勝が派遣されて、教祖的存在が処罰された。

常世神は、完全に弾圧され、無と化した。

この七世紀の前半は、日本における、仏教の展開から見ると、初期の部族的な性格を主とした仏教が、後に奈良仏教に代表される、鎮護国家的な性格に移行する、過渡期だった。

この時期に活躍したのは、聖徳太子と、蘇我氏、秦氏である。

河勝は、聖徳太子に最も近い、側近である。

常世神の事件は、道教信仰と、仏教信仰の対立相克を表す事件であった。

歴史的に言えば、常世神信仰という道教が、政治的に弾圧されたということである。

このように、道教は、仏教のように、教団を持つに至らなかったのである。
だから、その後の、道教的なものは、表に現れることなく、地下に沈む。しかし、それがまた、脈々と続いてゆくのである。

そして、以前に書いたとおり、日本の伝統というべき、生活の中に根付いていったのである。
また、道教は、朝廷の中にも、その姿を替えて行くのである。

例えば、陰陽師などである。

矢張り、それも、現世利益に当るといえる。
個人の欲望のために、幸運を求める人たちに、何らかの、道筋を示す行為なのである。

道教は、個人を主とする信仰である。
だが、日本の場合は、まず、集団が主である。

日本の神祇信仰も同じく、現実肯定の信仰であるが、道教のそれとは、微妙な違いがある。その微妙な違い、それが、道教が生きる道になるのである。

要するに、神祇信仰に食い込む事が出来たのである。

簡単に言うと、道教の個人的なものは、共同体と同じ重さを持つものである。だが、日本は、個人的な信仰と、共同体の信仰という、区分けがある。

確かに、仏教も個人的信仰の対象ではあった。
だが、伝来仏教は、現世肯定ではなく、否定の論理の上から形成されたものである。

来世、浄土、極楽への道である。

勿論、後になると、仏教の中に、現世利益的な要素を持つ信仰も、登場するが。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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