2012年08月01日

国を愛して何が悪い25

現代韓国人が、自国の歴史を真っ当に見ていないということが、よく解った。

更に、日帝時代のことになると、とてつもない、大虐殺だの、奪っただの・・・
聞くに耐えないことを言う。

その他のことには、目を塞ぐという、良い例を上げてみる。

かつて、中国の人民解放軍は、鴨緑江を渡り、朝鮮半島の北から南までを、くまなく蹂躙した。これは、現在の分断国家を固定させた、一つの原因である。

この時の、韓国人の犠牲者は、日帝36年の比ではない。
だが、韓国人は、これを不問にしている。

さて、朝鮮戦争の犠牲者は、500万人と言われる。
朝鮮半島のイデオロギーを問う、自民族同士の戦争で、これほどの死者数である。

日帝時代の、反日運動の犠牲者は、多く見ても、一万人以下である。
更に、半島の人口は、日帝時代に、大きく増加しているのである。

更に、韓国建国後、李承晩政権時代をはじめとする、国内政争、謎の事件によって、多くの韓国人が虐殺された。
この時代だけでも、とてつもない、虐殺である。

韓国民衆は、自国政府の官憲に殺されたのだ。

南朝鮮単独選挙反対を契機に、済州島で起こった、四・三事件、1948年では、三万人が虐殺された。

朝鮮戦争中の1951年、半島南部の山岳地帯では、韓国軍ゲリラ容疑で、住民を虐殺している。
この、居昌事件、きょうしょう事件では、良民虐殺事件処理特別措置法が、制定されるほど、死者が出た。

更に、同じ頃、編成された、国民防衛隊用の予算のほとんどが着服、横領された、国民防衛隊事件では、50万人の第二国民兵が、餓えと疾病に追い込まれ、多数が死亡した。

更に、奇怪な事件である。
国民補導連盟事件である。

左翼勢力の懐柔を目的に、30万人が組織された補導連盟員が、朝鮮戦争勃発後、無差別に検挙され、処刑された事件である。未だに、その真相が分らないのである。

これ以外にも、政敵の暗殺、処刑、強制連行、言論弾圧、不正選挙・・・

これに関して、醜い韓国人の、朴テショク氏の、話である。
ハンギョレ新聞の、補連虐殺事件を特集した記事から、
1950年に六・二五韓国戦争が勃発してから一ヶ月あまりの期間に、韓国の良民が虐殺された。これらの良民は、交戦と直接にかかわりがない状況のもとで、自国軍によって集団的に殺された。彼ら良民が死に追い込まれた唯一の理由は、彼らが補導連盟員だったからである。

生き残った証人と、一部の現代史研究家は、補導連盟事件は全国的に行われた、大々的な虐殺だった、と主張している。それは同時に、新政府が樹立される以前に、左翼諸団体に加入した前歴があった民間人たちを「新生大韓民国が寛大に迎え入れる」ことを約束したが、六・二五韓国戦争勃発と同時に虐殺したことによって、政府の正当性に大きな傷を与える契機になった、と説く人々もある。

その証言者の話である。
兵士たちは、補連員たちが、われわれは、なんのために倉庫に入れられたのですか、と口々に質問するのを、無視しながら、素早く機関銃三挺を倉庫の前にすえつけました。誰も、その瞬間までは、兵士たちが自分たちを殺すとは、夢にも思わなかった。小隊長と思われる軍人が、命令を叫ぶと、機関銃が倉庫に向かって、はぜるような音をたてて、火を吐きました。そして、手榴弾がいっせいに倉庫のなかに投げ込まれました。

それから、もっと酷いことが起こった。
数名の兵士が、大声で、生き残った者は、大韓帝国バンザイと叫んで出来たら、生かしてやる、と叫んだ。すると、生き残った純粋な農民が、倉庫の中のあっちこっちから、大韓帝国バンザイと叫んで、走り出した。すると、軍は、バンザイを叫ぶ者に対して、再び銃火を浴びせました。

国軍が、後退しながら行った、この事件は、全国にわたったものだったという。

朴テシュク氏は、ナチス・ドイツによる、ユダヤ人虐殺に似ていると、断言する。

そして、今もその真相が定かではないのである。
これが、韓国人の歴史感覚である。

見たくないものは、見ない。
そして、見たいものは、日本のやったことで、それは、針の穴のようなことでも、大砲で撃たれたように言う。

まさに、精神の転化である。

自分たちの、醜さを、無意識に閉じ込めてはいるが、どうも、その不安感が襲う。そこで、その不安感の元を、別のものに転移して、その対象に不安感と、罪悪感を向ける。すると、とても攻撃的になる。

そうして、自己浄化を図るが、いつまでたっても、浄化しないのである。

自分と向き合うことでなければ、本当に解決しないからである。

転化の次にくるのは、妄想である。
そして、反省しなければならい、反省を他に謝罪させて、浄化しようとするのである。

いつまでも、日本に謝罪を要求する。そして、補償を要求する。
本当は、自分自身に行うべきことで、救われるのであるが・・・

だから、成熟した社会を、未だに作れない。

韓国社会は、全体が腐敗しています。脱税や汚職が日常茶飯事になっています。凶悪事件が頻繁に起こっています。


この本の、出版が、1995年である。
今は、もっと、凄いことになっている。
人心の乱れは、国家の運営に、大きな支障をきたすのである。
真っ当なことが、どんなことなのか、分らなくなっている、現代韓国社会である。
ああ、恐ろしいことである。そして、国が崩壊する。

posted by 天山 at 05:12| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月02日

最後の沈黙を破る65

私は、頭が悪いから、いつも、テーマを決めて、お勉強することにしている。
これ以上、馬鹿になりたくない一心である。

しかし、どういう訳か、お勉強をすればするほどに、解らない、解らなくなるのである。

そして、結論。
私は、何も、解らない。

解っていない。
絶望である。

何一つ、確たるものを、見出せない。

唯一、解ることは、死ぬことだけ、である。

私の机の周辺は、本が散乱している。
すべて、開いたまま。
幾冊も、積み上げられている。

メモを取る暇がないから、当然。
だが、そこに誰かが、手を入れると、アウト。
自分だけが、知っている、私の頭の中なのである。

学者、評論家・・・
色々な本を出している。
多くは、妄想一辺倒が多い。

自己完結から、抜け出せないのである。
と、人のことは、よく言う。

では、自己完結しないとなると、無限にテーマが広がり、収拾がつかなくなる。

そして、皆々、未完なのである。
完成した、論述というものは無い。
あれば、宗教のみ。

信じ込めばいいからだ。
そして、思考停止にする。
これほど、楽なことはない。
しかし、それが難しいという信者もいる。

思考停止にしないからである。
優秀な教祖は、信者を思考停止にして、洗脳する。

そして、教義なるものを、馬鹿の一つ覚えで、繰り返す。
人間は、繰り返しに弱い。

繰り返しは、癖になる。
癖にしてしまえば、こっちのもの。

同じ傾向の本を読み続けると、そのようになる。
自虐史観を読み続けた人は、自虐史観を、本当だと思う。
そして、解ったと、思い込む。

兎に角、10歳の頃から、本を読み始めた私は、未だに、何一つ、確たるものを知らないのである。

そして、これからも、きっと、解らないのである。

10年後も、死ぬことだけは、解っているだろう。
それ以外のことは、何一つ、解らないのである。

10年後と、書いたが、明日、死ぬ可能性大である。

人生とは、何と、アホらしいものか。
死ぬまでの、暇つぶし。
悪い冗談である。

これが、進化か・・・


posted by 天山 at 04:30| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

神仏は妄想である。379

道教の神仙思想は、古代日本人に、どのような世界観をもたらしたのか。

日本人が、古くから描いてきた、理想郷とは、極楽と、高天原であった。
ところが、神仙思想が入ると、トコヨという、もう一つの理想郷ができたのである。

日本書紀の神武東征の際の記述に、天皇の兄の一人である、三毛入野命、みけいりぬのみこと、が、荒れ狂う海に飛び込み、死ぬ。
だが、そこには、常世国へ言ったと、書かれている。

すでに、常世という国は、常識的に存在していたのである。
恐るべき道教である。

では、常世という国は、どのような所なのか。

この常世国について、本居宣長が、解釈をしている。
常世とは、登許、とこ、曾許、そこ、に通じて、底依国、そこよりのくに、と同じ意味だという。
そして、それは、古代人の、世界観を構成するものだとした。
底、というのは、方向を示すものではない。

どの方向でも、至り極まるところを、示すのである。

遠く離れる極限である。
更に、それは、現実の国土から、隔絶されているのである。

特別、限定された場所ではないのである、という。

それでは、単なる、概念的存在に過ぎないのである。
だが、それでも、古代人たちは、ある空間的広がりを持つ、ところとして、観念していたようである。

常世へ行くということは、死ぬことである。
現実の世とは、異なる世界である。
つまり、死後の世界となる。

それ以前の、古代人たちの、死後の世界は、黄泉の国である。
だが、そこは、国土と隔てられてあるが、現実の国土と、ほとんど変わらない場所という意識である。
この世の、延長線にあるところ、である。

だが、それも、死によってのみ、超えられるのである。

だから、この黄泉の国と、遠き限りない彼方にある、常世を想定できたことは、不思議なことではなかったのである。

面白いのは、常世国は、死者の国であるが、死者とは、抽象化された霊的存在ではないのである。
それは、現世の人間と同じ形で、同じ生活を営むと、考えられた。

更に、死の国といっても、暗黒の、忌わしい場所ではないのである。

少し、話は、飛ぶが、私の霊学から言えば、幽界に当る場所である。
現実の世と重なり、現実の生きている様子と、同じところなのである。

更に、常世国は、美しい国と、意識されていたという。

これは、考えると、死というものに対する、恐れを取り除く効果がある。

道教の神仙思想が、ここまで、日本人の世界観に入りこんでいるということを、驚くのである。

更に、常世国とは、空間的に無限であり、時間的に言うと、永遠である。

もう一つ、特徴的なことは、常世には、蓬莱山がある。
常世を具体的にするために、創作された、蓬莱山・・・

この、神仙思想は、四世紀から、八世紀に渡り、半島や大陸から渡来してきた人たちを通して、伝えられたものである。

常世国の、具体的内容は、楽土観と、不老長寿観を通して、把握するということである。

ここまで、説明すると、実におかしいことに気づく。
楽土観は、解る。しかし、死んで、不老長寿・・・
詐欺のようである。

さて、研究家は言う。
常世国自身に、本来、いささかも恐怖の感覚が含まれていなかったことである。なるほど、常世国は黄泉の国と結合した。が、決してそれは、本来、死の国という意味からではなかった。非常に遠くて往来できない、ということからであった。

好ましい、慕わしい郷という、意識。
死の国とは、基本的に感覚を異にする世界。

更に、それに、海神国というものがある。
これも、古代人が持った、世界観であり、最も楽しい所と理解された。

常世国が、海の彼方に広がる常、とことわ、に楽しい理想郷として、現実のものにするという、古代人の願いを感じる。

そういう、場所があるから、この世の辛い現実を、何とか生き抜いてゆくと、考えることもできる。

矢張り、人間には、神話、更に、御伽噺・・・そして、死後の楽しい世界などなど・・・
そういう思いが必要なのである。

すべては、人間の創作である。
あらゆる、宗教、思想における、お話しは、逃避ではなく、前向きに生きようとする、励ましの創作と、考えると、納得する。

この、道教の影響が、目に見えないところで、今も、生き続けるのである。
そして、それを、伝統的にしてしまった、日本人の心の親和性と、寛容さである。

死んでも、常世に行くなら・・・
とても楽しく、美しい死後の世界・・・

信じる者は、騙されるが、騙された振りをして、生きることも、妙味がある。
人間の、妄想の様、本当に、感心するのである。
在ると、思えば、在る、とは、心的事実のようである。

posted by 天山 at 04:53| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月04日

神仏は妄想である。380

仏教が中国に伝われるのは、一世紀である。
勿論、道教は、すでに存在していた。

仏教は、二世紀から発展し、三世紀から五世紀にかけて、教団を形成する。
と、そこで、既存の道教との、摩擦が起きる。

その優劣を競い、激しく論難し攻撃する。
宗教の定めである。

そうして、道教側が、何と、老子化胡経という、偽書を作ったのである。

中国人らしい。

つまり、それは、老子が西の、胡、えびす、の国に行き、釈迦になったというものである。

であるから、釈迦の説くものは、実は老子が唱えたものである。だから、その根元は、道教にあるというもの。

そして何と、中国では、この偽書が、かなり普及したというから、驚く。

二つの対立は、五世紀を過ぎても、衰えず、益々激化した。
更に、その対立の最盛期に、日本に伝えられている。

奈良時代に、摂津の国東成郡に、ある金持ちの男がいた。
近頃、家業がうまく行かないのは、漢神の祟りだといわれる。その祟りから逃れるために、漢神に祈る。
七年間を、その祭りの期間として、一年ごとに、牛を一頭ずつ殺して漢紙を祭る。
だが、満願になっても、よくならない。かえって、重い病気になった。
医者にかかり、治療したが、よくならない。
霊験あらたかな、社の神官に祓ってもらうが、治らない。
これは、牛を殺した殺生の罪のせいだと、今度は、仏の戒律を守り、毎月、放生善を行った。しかし、とうとう、死んでしまった。

そして、死後の世界である。
閻魔大王の前に引き出された。
男を見た七人の鬼が、男を膾に切り裂いて食いたいという。
とろが、にわかに、千余人のものが現れて、この男が七頭の牛を殺したのは、漢神を祀るためであり、本人の罪ではないという。この千余人とは、男が放生善で、命を救った、魚などの生き物である。
大王は、結局、この男を許し、再び生き返らせた。
蘇生後の男は、漢神を祀らず、仏教に帰依して、放生善をして、無病息災で、九十余歳まで生きたという。

この話は、説話である。
つまり、漢神信仰と仏教の対立であり、仏教が優れた宗教だというのである。

もう一つ、大化の改新の前年、駿河を中心に、奇妙な祭りが流行した。それは、農民の爆発的な運動といってもいいほどのもの。

この時の、神は、常世神である。
その功徳を説き、それに同調した、村々の巫女たちが、農民に、この神を祭ることを宣伝した。信じた農民たちは、酒、大事な家畜、なけなしの財に至るまで、常世神に供えて、新しき富い来れり、と歌い踊り狂いながら、祈りを捧げたという。

常世神とは、道教の神である。

常世
これは、神仙思想の、不老長寿の核でとなる、教えである。

現世利益の、信仰である。

研究家は、
常世神信仰の内容が、個人的な欲求の満足をめざす現世利益そのものの信仰であったということ。しかも、そういった信仰に強い共感を生むほど、彼ら農民生活が現実に苦しかったということにあったのだろう。
と言う。

更に、それを推し進めたのは、地方の豪族である。
豪族は、それを使い、教祖的な存在になり、それが広まったようである。

しかし、この信仰は、全くの無益であり、非常に弊害が多く、農民たちが騙されていると、中央から、秦造河勝が派遣されて、教祖的存在が処罰された。

常世神は、完全に弾圧され、無と化した。

この七世紀の前半は、日本における、仏教の展開から見ると、初期の部族的な性格を主とした仏教が、後に奈良仏教に代表される、鎮護国家的な性格に移行する、過渡期だった。

この時期に活躍したのは、聖徳太子と、蘇我氏、秦氏である。

河勝は、聖徳太子に最も近い、側近である。

常世神の事件は、道教信仰と、仏教信仰の対立相克を表す事件であった。

歴史的に言えば、常世神信仰という道教が、政治的に弾圧されたということである。

このように、道教は、仏教のように、教団を持つに至らなかったのである。
だから、その後の、道教的なものは、表に現れることなく、地下に沈む。しかし、それがまた、脈々と続いてゆくのである。

そして、以前に書いたとおり、日本の伝統というべき、生活の中に根付いていったのである。
また、道教は、朝廷の中にも、その姿を替えて行くのである。

例えば、陰陽師などである。

矢張り、それも、現世利益に当るといえる。
個人の欲望のために、幸運を求める人たちに、何らかの、道筋を示す行為なのである。

道教は、個人を主とする信仰である。
だが、日本の場合は、まず、集団が主である。

日本の神祇信仰も同じく、現実肯定の信仰であるが、道教のそれとは、微妙な違いがある。その微妙な違い、それが、道教が生きる道になるのである。

要するに、神祇信仰に食い込む事が出来たのである。

簡単に言うと、道教の個人的なものは、共同体と同じ重さを持つものである。だが、日本は、個人的な信仰と、共同体の信仰という、区分けがある。

確かに、仏教も個人的信仰の対象ではあった。
だが、伝来仏教は、現世肯定ではなく、否定の論理の上から形成されたものである。

来世、浄土、極楽への道である。

勿論、後になると、仏教の中に、現世利益的な要素を持つ信仰も、登場するが。


posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月05日

神仏は妄想である。381

現世利益の祈りは低級で排撃すべきだとの論は、単にカッコよさだけを競うタテマエ論にすぎない。民衆の宗教生活というのはいかなるものであるかを、頭から考えようとせず、まったく無視している砂上の楼閣的な論である。
道教と日本人 下出積與

そして、
道教のもつ現世利益の祈りは、宗教を民衆が生活化していくのにいかに大きな働きをしたことであろうか。日本の民族信仰である神祇信仰に、いかに多様な展開を提供したことであろうか。民衆の生活に視点をおくかぎり、神祇信仰への道をたどった道教信仰を無視することはできないのである。
と、なる。

確かに、仏教も、結局、現世ではなく、来世の浄土への転生を目指したものであるが、何と、病苦、貧窮などにある人たちに、現世利益として、薬師如来、観音菩薩などの、信仰が生まれている。

現世否定の仏教が、結果的に、民衆には、現世利益の信仰として、受け入れられたのである。

日本の、神祇信仰に似た道教が、日本の民族信仰の中に、入り込むのは当然であったといえる。

最初、仏教は、集団のものとしての性格が強く、護国のために、取り上げられた。しかし、個人的な祈りになると、俄然、道教的要素が強くなるのである。

いかに、道教が日本の信仰の中に、そして、更には、そのベースの中に、取り込まれたか、知れないのである。

否定の仕様が無い。

私が、最も恐れるのは、日本独自の、信仰、神道というもの・・・
実は、道教が入り込んでいるのである。

シントーは、日本の伝統です、と、言っても、神道家でさえ、それを知らないという、愚である。

更に、恐ろしいのは、天皇即位の儀式の中にも入り込んでいるという、事実である。

道教に影響を受けなかった、神道は、何か・・・
それこそ、私が古道と呼ぶものである。

江戸時代の、国学者、神道家・・・
彼らは、知らずに、道教の概念を使い、国粋と、神道と、更に、奥義なるものを説いている。

まさに、妄想の所以である。

それも、大陸の迷信から、取り入れた、民衆道教のものである。
更に、老荘思想が、成立道教の根幹であることを別にして、研究していたのである。

つまり、民衆道教という、色のついた水が、日本の水の中に、浸透していったということだ。

勿論、時を経て、それが、日本の伝統といわれるべきではあるが・・・
それを意識しているのか、していないのかは、天地の差がある。

すでに、日本書紀の中にも、それとは気づかず、道教的お話しが登場しているのである。

聖、とは、ひじりと読む。
それは、道教の、真人の、ひじり、と同じである。

更に、平安時代などで、聖といわれた人を、皆、僧侶のことだと、考えるが違う。

真人とは仙人形を変じて天に登るなり
説文

聖は、神仙のことなのである。
こうして、隠されてきたのである。

聖徳太子という、仮説の存在も、道教から生まれたものである。
その後の、聖徳太子の様々な、奇想天外な物語は、さまに、道教からのものである。

日本史にあって、文字を理解するのは、貴族に象徴される、現代では、知識人、文化人であり、当時の学者や、僧侶、地方の豪族、中央へ出て宮廷に関わる人たちなどである。

その中にあって、神仙思想が歓迎された意味は、神仙思想というより、歓楽肯定である。神仙は、超人間だが、歓楽は、人間のものであるからだ。

そして、空海である。
彼の書いた、三教指帰、というものには、道教、儒教、仏教の優劣を論じたものである。

その中で、道教について書かれた一説に、
お前たちに、不死の神術と長生の秘密とを教えよう。かげろうのように短い命が、鶴や亀のように長命になり、駄馬の遅い足が翼のある竜のように速くなり、八人の仙人の仲間になって、昼は東海の三神山の銀の御殿で一日中楽しく遊び暮らし、夜は夜で東方の五つの名山の黄金の御殿をめぐって、夜を徹して遊べるようにしてやろう。

この空海の、神仙論は、当時の貴族たちの、神仙思想に対する、理解度を示している。

ここでは、不死の神術、長生のための秘密という、現世主義と、終日遊楽するという、精神的優美性、耽美性の追求である。

更に、道教的なものは、貴族の天皇に対する、奏上文、天皇の臣下への勅書などにも、多く使われていたということである。

また、驚きは、僧侶の書くものにも、大きな影響を与えていることである。

これは、どうしたことだろうか。

このように、現世主義の強調といっても、それは現世の否定ないし憂視が極まって、逆に、現実的傾向を肯定しようという態度から生まれたものではけっしてなかった。むしろ、本来現実的なものがさらに度を深めて、従来以上に、生活様式の豊富さと変化を求めようとする態度から生まれてきたもの、といったほうがよいであろう。
下出

いつの時代も、そのようである。
今まで以上に、生活様式の豊かさと、変化を求めたいという、人間の欲求である。
それに、道教の考え方が、入りやすかったのである。
恐るべき、道教である。


posted by 天山 at 01:23| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月06日

神仏は妄想である。382

家、屋敷、庭園、祭り、そして、儀式の造りものなどの造形物、文芸などなど、それは、その時代の人たちの、趣味生活が反映されたもの。

平安中期、庭園の池には、蓬莱山などを作った。
明らかに、道教の影響である。

更に、驚くべきは、大嘗祭の造りものなど・・・・

仁明天皇即位は、天長十年、西暦833年である。
その、11月15日、大嘗会、だいじょうえ、が行われた。

その折の、興を支える、最大のものとして、悠記、ゆき、と、主基、すき、の標が建てられた。

悠記の標は、山を造り、上に桐を植えて、二羽の鳳凰をとまらせた。その樹から、五色の雲を靡かせ、悠記近江の、四文字を浮かび上がらせる。その上に、日輪と、半月輪をかたどり、山の前には、天老と、神獣のキリンの像を供え、その後に連理の竹を配する。

主記の方は、省略するが、道教の神仙思想、一色なのである。

即位の大礼は、皇室にとっては、大和朝廷形成以来の、重大事である。
律令国家として、ことに国家の重要事の一つとして、最も、重視させてきたのである。

大嘗祭は、特に、天皇一代一度という、大典として、即位礼の重要構成要素であり悠記、主基が、その中心的標をなしていたという、事実。

大陸の、文化、思想を受けたにせよ、律令国家としては、儒教や仏の荘厳さが、自然と思うが、何と、道教の、それも、成立道教という確立したものではなく、民衆道教の影響を受けたということに、驚くばかりである。

9世紀前半の、平安宮廷最盛期に、固有のものでもなく、更に、儒教でも、仏教でもなく、神仙思想が受け入れられたということ。
不老長生に、慶賀の意を集約したということが、驚きなのである。

とすると、相当に、神仙思想が、普及していたであろうこと。

神仙思想は、本来日本人のもっていた現実的傾向に一つの方向を与えるのに有力な作用を及ぼした。これが根底にあったればこそ、あたかも文字上の遊戯や趣向の変化と思われるほど、儒、仏、道の思想的な関係にこだわることもなく、外見的にはきわめて無造作に貴族たちの心理に投じえたのだと思うのである。
下出

更に、精神的優美性、耽美性・・・

空海も書いた通り、貴族たちの、自然観と、人生観の調和、それがもっとも、大きな分野を占めていたということだ。

元来、古代日本人は、自然を人生と対立するものとは、認識していなかった。
そして、人生観は、現実肯定的なものだった。

仏教の教える、仮の宿、憂き穢れある世界と、見る事がなかったのである。

あるがままの、自然、それが、最も歓迎すべきものだった。
後に出てくる、この世は、憂き世であり、俗世を離れて、山里に入るなどという考え方は、なかったのである。

ただ、救いは、道教のすべてを取り入れたわけではない、ということだ。
矢張り、日本流にアレンジしたのである。

仏教からのもの・・・
それが大半を占めると、考えていると、誤るのである。

逆に、道教によって、仏教が支えられたともいえるのである。
更に、神道も、である。

今に至るまで、その道教の影響が延々と続いている。
それは、もう、無意識の中に入り込み、如何ともし難い。
だが、歴史とは、そういうものである。

入り乱れ、統一され、そして、再度、混乱し、統一される。
その繰り返しを歴史は、教える。

恐るべき、妄想の道教・・・


posted by 天山 at 05:10| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月07日

霊学71

経験が「余韻」を残さないときには、現象学的分析について、問題は何も起こらない。
コーエン

簡単なことである。
連想ゲームを言う。

人の心は、連想により、成り立つ。
それを、心理学者は、予想がつかないのである。

人それぞれの、連想が人の心理なのである。

理論家たちのなかには、自己の主題を生体内に閉じ込め、もっぱら内部世界にかかわろうとする傾向をさして、心理学者を広場恐怖症だときめつけるものがある。彼らに言わせると、なおざりにされている環境も、生体と同じかかわりをもつ地位を認められるべきであるという。しかし、それは全くの「お門違い」である。自己監禁ということは、従来からほとんどなかった。反対に、多くの心理学者たちは、その本来の領域から亡命はしないまでもふらふらと離れてしまい、彼ら自身の心の内部的な歴史や地理、そしてその動植物相と関係のないものでありさえすれば、何でもそれを探求しようとしてきているのである。
コーエン

おそらくこの理由から、人間の心についての一応まとまりある考想も、それが現代アカデミックな心理学から出てきたものであるかぎり、不完全なものと思われる。
コーエン

この、アカデミックな心理学とは、心を、ある種の「客観的」な知識を獲得するための、知的な道具とし、感情、情動、そして動因は、知的な働きを動機付けたり、妨げたりする要因であると、考えている。

その、考え方を構成しているのは、論理的、数学的、あるいは、科学的思考を支配していると、想像される特徴だけであり、これらの特徴だけが、文明化された人間の、真の特徴だと、信じられているからだ。

今は、コーエンの、解釈を述べている。

われわれの環境についていわゆる「客観的」に正しい知識を提供しないといわれるさまざまの特徴は、劣っているとか、人を惑わすものだとかの汚名を着せられる。完全に無視されないまでも、それらは単に主観的であるとか、前論理的または前科学的な思考として片付けられ、その妥当性を否定されている。こうしてすべての経験が、経験の限られた側面にだけしか適当しない規準によって判断されるのである。
コーエン

非常に、饒舌なコーエンの論文である。
そして、また、その解釈に関しても、それぞれの観念のままに、解釈されるだろう。

経験の限られた側面にだけしか、適当しない規準によって、判断される・・・

限られた側面とは、心理学の観念である。
揺ぎ無いと、信じられる観念によるものである。

百年前の、観念を、後生大事に守っている人たち・・・

わたくしが示唆したいと思っている心理学の課題は、主観―客観の対立命題を解決して、意味に満ちた経験の世界を照らし出すことである。これを成し遂げるには、われわれの二つの基本的な問いからなる両刃の剣が必要である。
心理学的なものは、こうして「客観的なもの」とされ、またいわゆる「客観的なもの」は、究極のところ心理学的なものであることが認識されるであろう。
コーエン

心理学とは、言わないのである。
心理学的・・・

科学とは、宇宙の起源を説明しようとする、真剣な企てと考えられる、原始的な神話があり、それが科学に取って代られることは、確実である。
しかし、神話の多くは、その時代遅れの前科学性にもかかわらず、残り続ける、美しさと壮大さを備えている。

心理学も、そうであろう。

次に、キェルケゴールが、
想像力とは、神の摂理が、人間を現実のなかに、生存のなかに引き入れるために用いるものであり、人間をそこから必要なだけ取り出したり、取り入れたり、さてはまた生存のなかに引き下ろすために用いられるものである。しかも想像力は、人間が行こうとするところまで連れ出してくれるが、そのときこそまさしく、そこが現実の始まる場所なのである。
と、言う。

想像力の無い、またそれの、欠落した心理学者が、それを理解できないのである。
お勉強という、暗記の心理学用語の学習では、如何ともし難いのである。

分裂した人間の、妄想も、想像力になるのである。

更に、あらゆる、人間にまつわる想像力・・・
それを、心理学用語で裁くとき、イエスの言葉のように、あなたが裁いたように、あたなも裁かれるという、ことになるのである。

コーエンの、心理学の一つの見方は、実に、示唆に富んだものである。
当時は、少数派であったが、今は、どうなのか・・・

いずれ、また、コーエンの、人間性の心理から、引用して、話しをする。

哲学は、論理学への深い関心がみられるように、心理学も、哲学への、深い関心があって、成り立つ。
既存の心理学用語に、振り回されるような、心理学の学びをしても、せん無いことなのである。

そして、分析に明け暮れるものは、同じように、分析される。

分析に溺れた心理学者は、時代に流され、何も提案することなく、去る。
心理学が、ある程度、有意義に生かされるのは、精神医療の臨床によると、思われる。

心理カウンセラーなるものの存在は、全く、意味不明になる。
最も、臨床心理士というものも、観念まみれの分析に溺れる者、多々あり。

私は、霊学を書くために、心理学を通っている。
この、霊学は、私の想像力である。

キェルケゴールが言うように、霊学を歩み始めたとき、現実が始まる場所となるのである、私には。

それでは、次に、無意識の世界を見る。

posted by 天山 at 05:51| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月08日

霊学72

無意識を考える上で、深層心理という言葉がある。
だが、心理学でいうところの無意識は、東洋思想、特にインド、仏教思想の方が、遥かに、進んでいる。

勿論、ユングが、それに気づいて、東洋思想の研究もはじめた。

フロイトからはじまる、無意識に対する挑戦は、ユング、アドラーなどにより、深められていく。

フロイトの、精神分析学に対して、アドラーは個人心理学、ユングは分析心理学と呼んで、区別した。

当時、ナチスの時代であるから、ユダヤ人迫害によって、多くの精神分析家が、アメリカに亡命し、そこで精神分析学が急激に盛んとなる。
更に、アメリカでは、アカデミズムの領域に浸透して、大学内の精神科医、心理学者が、それらの学説を取り入れたことが、後につながるのである。

フロイトが、生物学的にモデルに頼ろうとしたのに対して、アメリカでは、文化、社会的な面を強調する、ネオフロイト派と称する人たちが、現れたことが、特徴的である。

色々な派閥があるにせよ、そこでは、深層心理学と総称された。

ここでは、ユングを手掛かりにして、無意識の世界を俯瞰してみる。

今では、普通に使われる、コンプレックスという言葉は、ユングが最初に用いたものである。
心的複合体と、訳される。

この、心的複合体を手掛かりにして、無意識の世界に向かう。

コンプレックスとは、現在使用されている、それは、コンプレックスだという、マイナスイメージのものではない。

コップレックスとは、連想である。

何かによって、何かを連想してしまうのである。

そして、その連想を妨害されることを、コップレックスと呼ぶのである。

感情的な拘りを持つ時、人は、意識の働きが円滑に行われなくなる。
体験によって得られた、連想により、意識が円滑に流れない時、コンプレックスがあるという。

ある事柄の連結が強く出て、気分が悪くなる。そして、人には理解できない行動を取る。このように、何らかの感情により結合されている、心的内容の集まりが、無意識に形成される。
ユングは、感情によって色づけされた、コンプレックスと名付けた。

それが、はびこり出すと、意識の正常な働きを、妨害するようになるのである。

東洋思想、仏教では、それを、妄念と呼ぶ。

作り出した、妄想の想いである。

本来は、無いものが、有るものになるという。

さて、コンプレックスは、何らかの外傷体験を持つ。

フロイトの場合の想像力は、その意味を、性的な事柄に結びつけた。
有名な、エディプス・コンプレックスである。
これは、治療の多くが、そういう人だったということであり、万人に当てはまるものではない。

フロイトによると、幼児は、三、四歳から、性の区別に目覚めて、男の子は、母に対して、性愛の目覚めを感じ、父を嫉妬の対象として、敵対視するというもので、考えすぎである。

幼児の性は、あらゆる異常性愛が基本にあり、そんな程度のものではない。

また、弟子のアドラーも、性ではなく、社会的な観念を主体にした、精神分析をした。
それは、性衝動より、権力を求める欲求の方が、根源的であるとの主張である。

さらに、器官劣等という、考え方である。
身体のどこかに、劣等感を持つ。それを補償して、優越意識を求めるというものである。
これも、短絡的である。

ただし、劣等コンプレックスは、理解しやすいものだ。

だが、劣等コンプレックスも、人によりけりである。
全く感じない人もいる。

ただ、劣等意識がある人が、それを自身で克服した時に、成長するという、言い方をする。
その方法も、多々あり、それも、人それぞれである。

その、人の劣等意識を分析して、嬉々としている、アホな心理学者も多い。

分析に長けるものは、本来は、自分の劣等感に溢れているのであるが・・・
これを、他に投影して、本当は自身が救われたいが、気づかずに、やたらと、人を救いたがるという、心理学者である。

それを、分析すると、劣等感と、優越感との複雑に入り混じった心理状態を持ち、表面的には、善意として出るので、克服するのが難しいコンプレックスである。

心理学者に多いタイプであることは、間違いない。
または、心理学をセミプロ程度に、学んだ者である。

悩む人や、分析を求める人が、本当は、彼らの救い主であることに気づかないという、度し難い者である。

特に、性格分析などを、平然とする者は、そのようである。
馬鹿が、馬鹿を指導して、どうするというもの・・・

自分の無意識にあるものを、他人に投影するという、この投影こそ、心理学を学ぶ者が陥る穴である。

投影は、対人関係に入り込む。
更に、投影は、投影を呼び、互いに、コンプレックスの投げ合いになることもある。
だから、人に言うことが、実は、自分のことであるということに、気づかないでいる。
賢い馬鹿に多い。

posted by 天山 at 00:01| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月09日

霊学73

深層心理学とは、人間の心を意識、無意識などを、層構造に分けて考える。

ところが、この深層心理なるものは、東洋では、すでに、解決済みであった。
深層心理が拓かれて、そこに身を置く人を、哲人と呼んだ。

それは、表層意識の次元に現れる事物、そこに生起する様々の事態を、深層意識の地平に置いて、その見地から眺めることの出来る人である。

表層、深層の両領域にわたる意識の形而上的、形而下的地平には、絶対無分節の次元の存在、そこからの、ちぢに分節された存在とが、同時に、ありのままに、現れるのである。

それは、インドの思想にあるものである。

これは、心理学と離れてしまうので、心理学に戻る。

私、というものの、私とは、何か。
私の、私が・・・
この、私という主体、つまり、行為や意識の主体としての、私を、自我と呼ぶ。

自我の働きは、外界の知覚である。
そして、内界の認知である。

更に、それらの経験を、記憶として体系化し、保存する。
だが、これらは、非常に複雑化してゆく。
新しい知覚により、記憶体系が、変革されることもある。

特に、若いうちは、そうである。

自我は、外的な現実と、内的な欲望、感情を認知して、その間に大きな摩擦を生じない程度に、適切な行為を選択する。

言われてみると、当たり前のことなのであるが・・・

更に、自我は、ある程度の、統合性を持つことが必要である。
一つのまとまった、人格として存在するために、である。
その中に、大きな矛盾を持つと、自我が分裂する。

私という、自我の統合性を保持するために、自分自身を防御する機能も、必要になる。

自我は、ある程度の、主体性と、統合性を持って、安定する。
だが、ここで、自我の統制に従わないコンプレックスは、それに対して、色々と反逆してくるのである。

多くの人の心の問題は、この辺りにあると、いえる。

もっと、問題なのは、無意識が、出て来た時である。

無意識と簡単に言うが、無意識は、宇宙大であると言うと、理解できるはずだ。
無意識の世界は、広すぎるのである。
無意識に、溺れると、狂わざるを得なくなるのである。

無意識の上面に、潜在意識が乗っている。

さて、自我と、コンプレックスの関係を深読みする。

得体の知れない、不安と、恐れがある。
得体とは、意味が解らないという意味である。

更に、それが、いらいらした気分からはじまる。

対象が見えないのに、いらいらする。
そして、その対象を見るのが、嫌な場合もある。

例えば、劣等感コンプレックスが、刺激されている時。
それを、受容できずに、ただ、いらいらする。

自我に対する、脅威が強くなくても、自我の内部に何らかの、不整合を生ずる場合である。
不愉快になり、いらいらする。

それらを、分析するのは、心理学者の得意技である。
そこまでは・・・

ここで、ユングを見ると、彼は、分裂病の患者の治療に当っていた。ゆえに、フロイトの理論では、どうしても、理解できない問題を感じ始めた。

その、妄想や、幻覚などを、幼児期におけるコンプレックスなどによっては、理解できないのである。

それから、ユングの研究がはじまった。
神話、伝説、宗教書・・・
患者の語る妄想の内容と、それらの間に、何らかの類比性が感じられたからである。

その人が、幼児期に呼んだ、童話や、神話などの、影響があるのではないかと。

そこから、ユングは、人間の無意識の層は、その個人の生活と関連している、個人的無意識と、他の人間とも、共通に持つ普遍的無意識とに、分けて考えたのである。

普遍的無意識とは、人類全般に、普遍的なものである。

ある家族に特徴的な家族的意識、ある文化圏に共通する、文化的無意識・・・・
それらを、総称して、普遍的無意識と、呼んだ。

ここで、少し、東洋に近づいた訳である。

そこで、ユングの、イメージと、シンボルという、考え方に至る。

イメージと、シンボルが、何を意味するのか、である。
フロイトの場合は、すべて、セックスに関することに始終した。

人間の根源的なものは、何かと、尋ねると、性的なことだけでは、解決できないのである。
勿論、フロイトの分析が意味の無いものであったとは、言えない。
それで、充分に、解決する問題も多い。

だが、それは、無意識ではない。
潜在意識である。

無意識には、魑魅魍魎が蠢いている。
狂わずに、無意識と対座したといわれる仏陀は、覚者といわれた。
これは、スピリチュアルなどというものではない。
現実の世界のことである。


posted by 天山 at 00:45| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

霊学74

無意識を探索するということは、イメージを捉えるということである。
更に、イメージと関連しての、シンボルというもの。

学者によって、それは、相当に異なる意味に用いられる。
これも、心理学の欠点であり、また、節操のなさであり、よく言えば、自由なのである。

どの学説を採るか・・・
それによっても、話し合いが進まない心理学である。

まあ、最低妥協するとしたら、山に登る道は、多数あるということだ。

ただし、同じ山でないこともあるが・・・

同じ山に登っているつもりでいる、心理学者も多々いるだろう。
特に、日本の場合は。

例えば、日本の、人間の精神、心理を研究するために用いられた方法は、自分の気持ちや意識を、自分で調べる内観法である。

だが、これは、意識、行動についての、因果関係が明らかに出来ないという、欠陥があった。
更に、意識や、行動は、自分でも気づかない無意識的な原因によって、左右されるという、考えが出て来たといわれるが、違う。
文献が少なかっただけの話。

続けてみると、そこで、人間も、自然の物体と同じく、対象物と見なして、ある条件の中に置く、または、条件を加えると、どんな反応、行動となるのか、どんな、意識が生じるのかを調べるという。
つまり、条件と行動、意識との因果関係を研究するという、形式的には自然科学と同じ、実験的な方法が用いられるようになる。

だが、人間は、外部の条件に依存せず、自発的な意思に基づき、行動する場合が多く、意識、行動の内部的な仕組みについて、様々な仮説が必要であり、そこで、仮説通りだとしたら、こういう条件であれば、こういう行動、意識を生じるという、実験的に検証するという、方法がなされた。

つまり、ご苦労さんなのである。

更に、ご苦労なことは、人間の高等で複雑な精神活動は、実は動物にはない、更に、脳によって、営まれているということから、動物が人間の代用にはならないと、気づくという、お粗末さである。

動物実験から、人間の精神活動を理解する資料としては、それなりの限界をもっており、とくに高等な精神活動の場合は、限界なのだと、知るべし。

これは、進化論をテーマにしての、心理学の、チャレンジである。

お疲れ様でした。

さて、一般的に心理学においては、イメージを外界の像としてのイメージを考えること、多々あり。
イメージを知覚対象のない場合に生じる、視覚像と定義する。

イメージに関しては、実験心理学的な考え方と、無意識の心理学の考え方があり、それは、両極端になるのである。

河合隼雄氏は、
実際に、個々のイメージはこの両者の中間にあって、内界、外界の両方からの影響を受けて存在しているものである。
と、なる。

河合氏の場合は、臨床家であり、イメージを内界の表現として捉える立場にたつ。

そこで、内界の表現としては、言語というものがあり、言語によって、苦しい、嬉しいと、内的な状態を他人に示すのである。

更に、身体言語と呼ばれる、行為がある。
簡単に言えば、嫌なものは見えないとか、聞えないとか、である。

言語と、身体言語の中間にあるのが、イメージ言語である。

イメージは、単純な記憶像から、夢、ビジョンに至るまで、色々ある。それは、すべて、主観的な体験である。

河合氏による、イメージの分類を見る。
資格像そのもの。個人の主観的体験。
資格像の表現。言語よるものと、非言語によるもの。
外在化されたイメージ。
以上である。

この、イメージを通して、無意識の世界に挑むのである。

イメージは、具象性、集約性、直接性、多義性などを有し、心的内容を伝える。
ユングは、イメージと概念を比較して、イメージは生命力を持ち、概念は、その逆であるという。

概念とは、明確に規定し、それを操作して、合理的に思考を組み立てる。だが、その背後にある、イメージにも注目することで、思考が生き生きとするのである。

そして、シンボルである。
一般の心理学では、何らかの他の対象を代表するものと、広く定義される。
ユングは、シンボルを、記号、標識と区別する。

言葉やイメージはそれが明白で直接的な意味以上の何ものかを包含しているときに、象徴的なのである。それはよりひろい「無意識」の側面を有しており、その側面はけっして正確に定義づけたり完全に説明したりされないものである。誰もそれを定義したり説明し切ろうと望むことはできない。人間の心が象徴の探求を始めると、それは理性の把握を超えた観念に導かれる。
ユング 人間と象徴

理性の超えた観念とは、狂うということである。

無意識の探求には、欠かせない、イメージと、シンボルであるが、それらを通じて、その特性を言語化し、意識化することに努めるのが、学者、臨床家であるが・・・

それを言語化するとなると、あの、妄想の禅の世界の言葉のようになる。
解ったような、解らないような、そして、解った気にさせるという。

ここで、仏教の唯識の思想でも、取り出したいが・・・
そんなことをしていると、益々、膨大な原稿になる。

それは、別なエッセイに書くことにして・・・
兎に角、無意識の世界に挑戦するというのであれば、狂うことを前提にするべきである。だから、心理学で、語るところの、無意識なんていうのは、無意識の滓のようなもの。

ユングが狂う寸前で、留まったのは、神話から、学者が手をつけないような、様々な、古代からの、妄想に託したからである。

そんな奇特な心理学者は、日本にはいない。
精々、うつ病になる程度で、終わり。

posted by 天山 at 00:01| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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