2012年07月28日

国を愛して何が悪い21

今では近代国民国家が一般的な「国のかたち」(国家形態)として世界に拡散しているが、そうなる前は朝鮮などは「主権国家」として国際的に見なされないばかりか、「半主の国」でさえなかった。
それまで東亜世界における世界秩序を主宰してきたのは中華である。中華の天朝朝貢冊封秩序が東亜世界の核であり、主権国家などという概念は19世紀の国際政治では普及していなかった。そのため、李朝朝鮮の主権はいかなる国からも認知されていなかったというのが、歴史の常識である。
せいぜい清国か日本の「属邦」としか認知されていなかった。この史実を韓国はもっと自覚するべきだろう。もともと主権などないのに、「奪われた」と主張することはできない。もしそんなことを言うなら、それは妄語、虚言、歴史の捏造である。
黄 文雄 韓国は日本がつくった

更に、日韓併合ではなく、二つの国家の統一国家、日韓合邦であった。
それを、多くの列強諸国が、承認したのである。

更に、韓国の中でも、合邦を支持するものが、少なくなかったという。
事大主義に固執する、両班の多くは、合邦に反対したが、1904年設立の、一進会をはじめとする、合邦推進諸団体が結成され、韓国の混乱と衰退を防ぐ手段として、合邦に期待したのである。

実際、朝鮮は、独自で、事を変える力はなかった。
全く、個人の思惑ばかりで、先に進まない。
要するに、自分の国をどのようにするかという、意識に欠けていたのである。

更に、合邦国家というものは、何も、日韓ばかりではない。
多くの例がある。

清帝国なども、満州人とモンゴル人の連合国家であり、合邦国家であった。

第二次世界大戦後、合邦国家という、国家形態は、主流でなくなる。それは、植民地帝国の崩壊により、民族の競合と浄化が加速したからである。

朝鮮民族は、諸民族連合に不慣れで、有史以来、孤立を守り、属国の道を選んできたのである。

そして、日韓合邦は、異議を唱えるはずの、清国、また、利害関係の深いロシアでさえ、異議を唱えなかったのである。

これが、史実である。

近代国民国家の国家主権と、その独立を確立・認知するのは、国際法的な取り決めだけではなく、国際的政治力学も大きな力を持っている。これは、現在でも変わらない事実だ。
黄 文雄

更に、加えて、日韓合邦国家という、近現代史の巨流を背景として、三回にわたる、日韓協約を経て、つくられた、同君合邦国家なのである。

日清戦争によって、朝鮮が、独立を果たし、日韓合邦によって、「無主の国」の国民として主権が認められていなかった朝鮮人の、国際的地位が向上したのは、日本の御蔭であろう。

何度も言うが、もし、そうでなければ、今の、韓国は、無い。
中国か、ロシアに蹂躙させていた。

大韓帝国などという国も、存在しなかったのである。

よくよく、韓国人は、歴史を学んで、よくよく、当時の世界情勢から、当時の、朝鮮の状況を鑑みるべきである。

日本を恨むどころか、日本に、幾度も、感謝しなければならないだろう。

現在、世界で、韓国という国として、認められていること・・・
それは、日本の努力によってである。

だが、何故、韓国人は、いつまでも、反日だけで、自己統一性を保つのかといえば、事は、簡単である。

その、民族性である。

千年に渡る、中華帝国との、主従関係、君臣関係・・・
そこから、生まれた、事大主義と、自律性、主体性の、欠如である。

朝鮮半島の歴史を、冷静な目で見れば、他律性以外の何ものでもないのである。

中華の属国であり、大中華に対する、小中華であることを、誇りに思っていたということ。
現在は、韓国の歴史を、どのように教えているのか・・・

都合良く、勝手な解釈で、夢のような、歴史教育をしているのであろう。
何せ、聞くところによると、世界の歴史、文明は、韓国からはじまった・・・

何もかも、韓国が世界の中心である。
どこかの、新興宗教のような、歴史観である。

このような、お馬鹿な民族を、誰が、真っ当な民族と思うか・・・

朝鮮半島が、中華帝国と宗属関係になったのは、676年に始まる、統一新羅の時代からである。

唐の援助によって、半島を統一したため、自ら大唐新羅郡、と名乗ったのである。

そして、半島の、事大主義がはじまったのも、この時である。
事大とは、大きな事、国に、従う。
自らを、卑下して、付き従うという、考え方である。

ちなみに、その際、亡んだ、百済の人々は、新羅にも、唐の人にも、なりたくないと、多くの人たちが、日本にやって来ている。
天智天皇の御代である。

その時、日本側は、彼らを温かく、受け入れ、住む土地を与え、更には、能力、才能のある者を、朝廷が召し出している。

さて、新羅の後は、高麗朝である。
中華帝国から冊封され、朝貢関係にあったが、比較的自主性は、守られていた。

それが、本格的に、中華の干渉を受けるのは、大明帝国時代の、李朝からである。

李朝の太祖、李成桂は、1392年、易姓革命にて、高麗を簒奪したが、実権支配の獲得を、明の太祖に認めてもらうため、国家主権を、すべて明に売り渡した。
明の、属国となるのである。

統一新羅の時代に、唐の属国になり、事大主義を培い、李朝において、身も心も、属国意識に染まることで、完成したのである。

これが、朝鮮民族の、今に至るまでの、抜き難い、性質となった。

この、劣等感・・・
しかし、若い世代は、その劣等感も、知らないゆえに、捏造した、歴史教育を受けて、国際社会からは、はみ出すほどに、愚かな言動を繰り返すのである。



posted by 天山 at 01:56| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。