2012年07月27日

もののあわれについて574

御使にかづけたる物を、いとさびしくかたはらいたしと思して、御気色あしければ、すべりまかでぬ。いみじく、おのおのはささめき笑ひけり。かやうに理なう古めかしう、かたはらいたき所のつき給へる、さかしらに、もてわづらひぬべう思す。源氏「はづかしきまみなり。古代の歌よみは、から衣、袂、濡るるかごとこそ離れねな。まろもその列ぞかし。更に、一筋にまつはれて、今めたきる言の葉にゆるぎ給はぬこそ、妬きことははたあれ。人の中なることを、折節おまへなどの、わざとある歌よみの中にては、あだ人のといふ五文字をやすめ所にうち置きて、言の葉の続き、たよりある心地すべかめり」など笑ひ給ふ。




お使いに取らせた物が、とてもみすぼらしく、体裁が悪いと思い、殿のご機嫌が悪いので、使いは、こっそりと退出した。酷いことと、女房達が囁き合い、笑う。
このように、むやみに、古風で、はた迷惑な所のあるのが、小ざかしく、扱いに、手を焼くのだと、思われる。源氏は、美しい目元だ。昔風の歌詠みは、唐衣とか、袂ぬるる、といった恨み言が、抜けないようだ。私も、その類だ。ただ、一つの流儀にしがみついて、今風の文句に、惹かれないのは、恐れ入るよ。一同の中にあり、その時々の、御前などで、特に集めて、歌を詠む場合などでは、まどい、が欠かせない三文字だ。昔は恋のやり取りには、あだ人の、という五文字を、句の切れ目に読み込むと、言葉の続き具合が、落ち着く気がする、などと、笑うのである。

これは、末摘花の、歌に対する、批判である。
堅物で、昔風を、そのままにしている。
融通が利かないのである。

きてみれば うらみられけり から衣 かへしやりてむ 袖を濡らして
着る、うら、かへし、が、衣の縁語になり、なんとも、昔風であり、今ひとつ、臨機に欠けるのである。

やすめ所
句の中止する所で、上の句と下の句の、切れ目である。

紫式部は、日記に、上の句と、下の句の、つながりに、悩んでいた。
上手くゆかないと・・・

この歌の場合は、から衣、そして、かへしやりてむ、が、古臭いのである。
要するに、衣を、から衣と言い、袂濡るる、という、恨み言の関わりである。

その時代も、歌詠みは、どんどんと、生成発展していたということである。




源氏「よろづの冊子、歌枕、よく案内知り、見つくして、そのうちの詞を取り出づるに、よみつきたる筋こそ、つようは変らざるべけれ。常陸の親王の書き給へりたる、紙屋紙の冊子こそ、見よとておこせたりしか。和歌の髄脳いと所狭う、病去るべき所多かりしかば、もとより後れたる方の、いとどなかなか、動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。よく案内知り給へる人の口つきにては、めなれてこそあれ」とて、をかしく思いたる様ぞ、いとほしきや。




源氏は、あらゆる草子や、歌枕をよく勉強し、読み尽くして、その中の言葉を取り出してみても、読み慣れている調子は、たいして変わらないだろう。常陸の親王が、書き残して置いた、こうや紙の草子を読んでみろと、寄越してきたが、和歌の規則が、とても細かく書いてあり、歌の病の避けるべきところが、沢山上げてあったので、元来、不得手の方面で、いよいよ、そのために、自由に詠めなくなりそうに思えた。面倒臭くて、返してしまったのだ。よく勉強している方の詠み方としては、ありふれている、と言い、面白く思っている様子は、可哀相だ。

常陸の親王、とは、末摘花の、父親である。
その常陸守が、和歌の髄脳、和歌の奥義を書いたのである。

ここでは、源氏の歌論が述べられている。
つまり、作者の歌論である。

いとほしきや
愛しいとは、現代に使われる。
頑固一徹の末摘花が、可哀相なのだ。




上、いとまめやかにて、紫「などて返し給ひけむ。書きとどめて、姫君にも見せ奉り給ふべかりけるものを。ここにも、物の中なりしも、虫皆そこなひてければ、見ぬ人、はた、心ことにこそは遠かりけれ」と宣ふ。源氏「姫君の御学問に、いと用なからむ。すべて女は、たてて好めること設けてしみぬるは、さまよからぬ事なり。何事も、いとつきなからむは、口惜しからむ。ただ、心の筋を、漂はしからずもて沈めおきて、なだらかならむのみなむ、目安かるべかりける」など宣ひて、返しは思しもかけねば、紫「返しやりてむとあめるに、これより押し返し給はざらむも、こがこがしからむ」と、そそのかし聞え給ふ。
情棄てぬ御心にて、書き給ふ。いと心安げなり。

源氏
返さむと いふにつけても かたしきの 夜の衣を 思ひこそやれ

ことわりなりや」とぞある。




紫の上は、とても真面目に、どうして、お返しされたのです。書き写して、姫君にも、お見せ申しけ上げれば、よろしかったのに。私の所にも、何かの中にありましたが、皆、虫がついてしまい、見ていない私は、特別、歌の道には、暗くて、と、おっしゃる。
源氏は、姫君のお勉強には、全然役に立たないだろう。総じて、女というものは、特に気に入ることを見つけて、それに凝ってしまうので、みっともない。何事であれ、少しも、知らないのは、感心しないだろう。ただ、心を、移り気ではなく、落ち着けて、うわべだけでも、穏やかにしていることこそ、感じのよいものだ。などと、おっしゃり、返事のことは、気に掛けていないようである。
紫の上が、お返ししたいとありますのに、こちらから、置いておくような、お返事をなさらないのも、意地悪なことでしょう。と、お勧めする。
思いやりのあるお方であるから、返事をお書きになる。とても、気安い風である。

源氏
返そうと、おっしゃるにつけても、その衣を敷いて、独り寝なさるあなたを、思います。

もっとも、ですね。と、書いてあるらしい。

古今集
小野小町
いとせめて 恋しき時は むば玉の 夜の衣を 返してぞきる

心ことにこそは遠かりけれ
髄脳を見た人は、際立って、歌の道から、遠くにいる。歌をよく知らない。

今で言えば、短歌の作り方である。
それに、拘ってしまえば、自由に、伸び伸びとした歌詠みは、出来ないという。

日本語の面白いところで、返す、という言葉に、お返ししますという意味を、裏返すという意味に、取り替える。

源氏は、小野小町の、夜の衣を返してぞきる、に、歌詠みを懸けたのである。

玉葛を、終わる。




posted by 天山 at 00:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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