2012年07月26日

もののあわれについて573

ここかしこの打ち殿より、参らせたる打ち物ども御覧じくらべて、濃き赤きなど、さまざまを選らせ給ひつつ、御衣櫃衣苔どもに入れさせ給うて、おとなびたる上臈ども侍ひて、これはかれはと取り具しつつ入る。上も見給ひて、紫「何れも劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着給はむ人の御容貌に、思ひよそへつつ奉れ給へかし。着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」と宣へば、大臣うち笑ひて、源氏「つれなくて人の御容貌おしはからむの御心なめりな。さては何れをとか思す」と聞え給へば、紫「それも鏡にてはいかでか」と、さすがにはぢひておはす。




あちこちの、打ち殿から、差し上げた打ち物の、色々を比べて、御覧になり、紫の濃いものや、赤いものなど、様々な、あれこれを選び、御衣櫃や、衣箱に入れて、年取った上臈の女房達が、傍に控えて、これは、あちらに、あれは、こちらに、と、取り揃えて入れる。
上も御覧になり、紫の上は、どれも、劣り勝る様子も見えない品のようですが、お召しになる方の、お顔を考えて、差し上げください。お召し物が人に合わないのは、見苦しいことでしょう、と、おっしゃる。源氏は、微笑、素知らぬ顔で、人々の御器量を想像するというお気持ちらしいな。それでは、あなたは、どれをと、思いますか、と、申し上げると、紫の上は、そんなことは、鏡などで、どうして解りましょう、と、はにかんでいる。

打ち殿
色合いを出し、艶を出すために、衣を打つ仕事場所である。




紅梅のいと紋浮きたる葡萄染めの御小うちぎ、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料。桜の細長に、艶やかなる掻練とり添へては、姫君の御料なり。
浅はなだの海賦の織物、織りざまなまめきたれど、にほひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に、曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れ給ふを、上は見ぬようにて思し合す。




紅梅の、くっきりと浮き紋になった、葡萄染めの、御こうちぎと、流行の、とても綺麗なのは、こちらの、お召し物。桜の細長に、艶の良い、かいねりを付け添えたのは、姫君の、お召し物である。
あさはなだ、の、海賦の織物の、織り方は上品で、鮮やかではない色合いのものに、とても濃い紅の、かいねりをつけて、夏の御方に。くすんだところなく、赤いものに、山吹の細長は、あの西の対へ、差し上げるのを、上、源氏は、見ないふりをして、想像するのである。

海賦
海辺の風物、貝、波などの、模様。




内の大臣の、はなやかに、あな清げとは見えながら、なまめかしう見えたる方の交らぬに、似たるなめりと、げにおしはからるるを、色には出し給はねど、殿見やり給へるに、ただならず。源氏「いでこのかたちのよそへは、人腹立ちぬべき事なり。よきとても物の色は限りあり、人の容貌は、後れたるもまたなほそこひあるものを」とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほえまれ給ふ。梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小うちぎに、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に。思ひやりけだかきを、上はめざましと見給ふ。空蝉の尼君に、あをにびの織物、いと心ばせあるを見つけ給ひて、御料にあるくちなしの御衣、許し色なる添へ給ひて、同じ日着給ふべき御消息、聞えめぐらし給ふ。げに似ついたる見むの御心なりけり。




内大臣が、華やかで、まあ、綺麗だと見えながら、優しく見える所がないのに、似ているらしいと、殿の言葉通りに、推し量られて、それとは、顔に出さないが、源氏が横目で、眺めると、紫の上の心は、穏やかではないらしい。
源氏は、いや、この器量比べは、当人には、腹が立つに違いない。良いものだといっても、物の色には、程度がある。人の器量は悪くても、また、矢張りあるものは、あるのだから、と、あの末摘花の、お召し料に、柳の織物の、結構な唐草の乱れ模様を織り出したのも、とても派手なので、人知れず、微笑まれる。
梅の折枝、蝶や鳥の飛び違い、唐風の白い小うちぎに、濃い紫の艶のあるものを重ねて、明石の御方に。見た目も、気品がありそうなものを、源氏は、憎らしいと御覧になる。空蝉の尼君には、青にびの織物の、品のあるものを捜し当てて、ご自分のお召し料の、くちなし色の衣に、許し色を加えて、皆が、同じ日に、お召しになるようにと、お手紙を、廻される。想像どおりに、似合う姿を見ようという、気持ちなのである。

内大臣とは、紫の上の、父である。




皆御返りどもただならず、御使の禄、こころごころなるに、末摘花東の院におはすれば、いま少しさしはなれ、えんなるべきを、うるはしくものし給ふ人にて、あるべきことはたがへ給はず、山吹のうちぎの、袖口いたくすすけたるを、うつほにてうちかけ給へり。御文には、いとかうばしき陸奥紙の、少し年経厚きが、黄ばみたるに、
末摘「いでや、賜へるは、なかなかにこそ。

きてみれば うらみられけり から衣 かへしやりてむ 袖を濡らして

御手の筋、ことあうよりにたり。
いといたくほほえみ給ひて、とみにもうち置き給はねば、上、何事ならむと見おこせ給へり。




皆の返事は、心を込めてあり、お使いへの禄も、それぞれに気を配り、末摘花は、二条の東の院におられて、少しは区別して、つつましくするべきだが、几帳面にされる方で、するべきことは、疎かにせず、山吹のうちぎの、袖口の、大そうすすけているのを、重ね着もなく、使者に与えた。お手紙には、
どうも、いただくのは、かえって悲しくて

着てみれば、恨めしく思えます。この唐衣は、お返ししましょう。涙で、袖を濡らしまして。

筆跡は、特に古めかしい。
源氏は、しきりに微笑みを浮かべて、すぐに手放さないので、紫の上は、どうしたのかと、覗き込むのである。

ことにあうよりにたり
古風であり、昔の型から、抜けない。




posted by 天山 at 05:41| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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