2012年07月25日

もののあわれについて572

心の限りつくしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひくらべらるるや。御しつらひより初め、今めかしう気高くて、親兄弟と睦び聞え給ふ御様かたちよりはじめ、目もあやに覚ゆるに、今ぞ三条も、大弐をあなづらはしく思ひける。まして監がいきざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしき事限りなし。豊後の介の心ばへを、あり難きものに君も思し知り、右近も思ひいふ。おほぞうなるは、事も怠りぬべしとて、こなたの家司ども定め、あるべき事ども掟てさせ給ふ。豊後の介もなりぬ。年頃田舎び沈みたりし心地に、俄かに名残もなく、いかでか、仮にても立ち出で見るべきよすがなく覚えし大殿の内を、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行ふ身となれるは、いみじき面目と思ひけり。大臣の君の御心掟の、こまかにあり難うおはしますこと、いとかたじけなし。




思う限りの、数奇を凝らした筑紫の住まいだったが、思いもよらない、田舎のものだと、比べ物にならないほどに見える。部屋のしつらいを始め、今風で、上品で、親兄弟として、親しくしておられる方々の、御様子や、お姿をはじめ、目も眩むほどに思える。今は、三条も、大弐を取るに足りないと、思うほどだった。まして、監の、意気込みや、態度は、思い出すのも、いまいましい。豊後の介の心ばえを、珍しいものと、君も認めて、右近も、そのように思うと、口にする。普通にしていれば、事も行き届かないに違いないというので、こちらの執事連中を決めて、するべきことを、色々、指図される。豊後の介も、家来になった。
長年の、田舎暮らしで、腐っていた心には、急に打って変わって、とうてい仮にでも、出入りできる縁などないと思っていた、お邸の中を、朝晩と、出入りし、人を指揮して、事を取り仕切る身になったのは、非常に名誉なことだと思う。大臣の君の、お心遣いが、細かに行き届き、またとない程、おいで遊ばすことも、恐れ多いのである。




年の暮に御しつらひの事、人々の御装束など、やむごとなき御列に思し掟てたる、かかりとも田舎びたることやと、山がつのかたに、あなづりおしはかり聞え給ひて調じたるも、奉り給ふついでに、織物どもの、われもわれもと、手をつくして織りつつもて参れる、細長、小うちぎの、いろいろ様々なるを御覧ずるに、源氏「いと多かりける物どもかな。方々に、羨みなくこそものすべかりけれ」と、上に聞え給へば、御くしげ殿に仕うまつれるも、こなたにせさせ給へるも、皆とうでさせ給へり。かかる筋はた、いとすぐれて、世になき色あひにほひを染めつけ給へば、あり難しと思ひ聞え給ふ。




年の暮れに、お部屋飾りのこと、人々の、お召し物などを、身分の高い方々と、同列に言いつけられる。器量は、これでも、好みが田舎ぽいところがないかと、山里育ちのように、侮って、考え申し上げ、仕立てたものも、一緒に差し上げるついでに、織物などの、我も我もと、人々の工夫を凝らして、色々織り、持って上がった細長、小うちぎの、色合いの様々を御覧になり、源氏は、とても沢山の品物だ。方々に、恨みの出ないように、分けなければいけない、と、紫の上に、申しげたので、みくしげどの、で、お仕立てしたものも、こちらで、お仕立てしたものも、皆、お取り遊ばした。
こういうことには、とても上手で、この上ない色合いや、綺麗さに、染付けされるので、類ない人だと、あり難く思うのである。

こなたにせさせ給へるも
紫の上のことである。

小うちぎ
貴族の女の上布であり、打ち掛けである。

源氏は、玉葛が、容貌は美しいが、長年の田舎暮らしのことゆえ、好みが、田舎ぽいものかと、考えている。




posted by 天山 at 00:02| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。