2012年07月24日

もののあわれについて571

御年の程かぞへ給ひて、源氏「親子の中の、かく年経たる類あらじものを、契りつらくもありけるかな。今は物うひうひしく、若び給ふべき御程にもあらまじを、年頃の御物語など聞えまほしきに、などかおぼつかなくは」とうらみ給ふに、聞えむ事もなく恥づかしければ、玉葛「足たたず沈みそめ侍りにける後、何事もあるかなきかになむ」と、ほのかに聞え給ふ声ぞ、昔人にいとよく覚えて、若びたりける。ほほえみて、源氏「沈み給ひけるを、あはれとも今はまた誰かは」とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御答と思す。
右近に、あるべき事宣はせて、渡り給ひぬ。




お年を数えて、源氏は、親子の間で、こんなに長く逢わなかった例はないでしょう。悲しい縁でありました。今では、恥ずかしがったり、子供のような年でもないでしょう。これまでの、積もる話をしたいが、どうして、よそよそしいのです。と、恨み言を言うが、玉葛は、申し上げることもなく、顔も上げられず、足もまだ、立たないうちに落ちて行きましてから後は、何もかも、頼りないことで、と、微かに、申し上げる声は、昔の人に、よく似て、若々しいのだった。源氏は、微笑んで、落ちていらしたのを、お気の毒とも、今は、私の他に、誰がいましょう、と、頭の悪くない、返事だと、思う。
右近に、心得ることを、おおせられて、源氏が出てゆかれた。

あはれとも今はまた誰かは
この、あはれ、は、沈み給ひける、を、あはれ、と思うのである。

心が痛い、あはれ、なのである。

足たたず沈みそめ侍り
和漢朗詠集、巻下、日本紀宴歌
かぞいろは いかにあはれと 思ふらむ みとせになりぬ 足たたずして

あるべき事、とは、六条の院で暮らすための、こと。




めやすく物し給ふを、うれしく思して、上にも語り聞え給ふ。源氏「さる山がつの中に年経たれば、いかにいとほしげならむと侮りしを、かへりて心はづかしきまでなむ見ゆる。かかるものありと、いかで人に知らせて、兵部卿の宮などの、このまがきの内好ましうし給ふ心乱りにしがな。好き者どもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見ゆるも、かかるもののくさはひのなき程なり。いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人の気色見集めむ」と宣へば、紫「あやしの人の親や。先づ人の心はげまさむ事を先に思すよ。けしからず」と宣ふ。源氏「まことに君をこそ、今の心ならましかば、さやうにてもてなして見つべかりけれ。いと無心にしなしてしわざぞかし」とて、笑ひ給ふに、面赤みておはする、いと若くをかしげなり。
硯ひき寄せ給うて、手習ひに、

源氏
恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなるすぢを 尋ね来つらむ

あはれ」と、やがてことりごち給へば、げに深く思しける人の名残なめりと見給ふ。




難の無いことを、嬉しく思い、紫の上にも、お話しする。
源氏は、そのような田舎に長く暮らしていたので、どんなに可哀相な様子だろうと見くびっていたのに、かえって、こちらの方が、気恥ずかしい思いです。こんな子がいると、ぜひとも、皆に知らせて、兵部卿の宮などが、この邸を気にすることなど、心を騒がしたい。好き者たちが、とても真面目な顔をして、この辺りに、姿を見せるのも、このような、種になる女が、いなかったからだ。何やら、世話を焼いてみたくなる。知らない顔をする男の、やり方を見てやりたいものだ、と、おっしゃると、紫は、変な、親御ですこと。まず第一に、人の心をそそるような事を先に、考えるなんて。いけません、と、おっしゃる。源氏は、本当に、あなたを、私が今のような気持ちだったら、そのように扱ってみたかったものです。全く考えもしなかったことだ。と、笑うと、紫は、顔を赤らめて、とても、若く綺麗である。
硯を引き寄せて、手習いに、

源氏
恋いつづけてきた、この身は、昔のままだが、あの娘は、どういう縁を辿り、尋ねてきたのだろう。

あはれ、と、独り言をおっしゃる。紫は、お言葉通りに、深く愛していらした方の、忘れ形見なのだと、思うのである。

後撰集より
いづくとて 尋ね来つらむ 玉かづら 我は昔の 我ならなくに

あはれ、との、独り言に、万感の思いを、託す。

兵部卿の宮は、源氏の、弟である。

その弟の心を、玉葛によって、乱してやりたいと、言うのである。




中将の君にも、源氏「かかる人を尋ね出でたるを、用意してむつびとぶらへ」と宣ひければ、こなたに参うで給ひて、夕霧「人数ならずとも、かかる者侍ふと、先づ召し寄すべくなむ侍りける。御わたりの程にも、参り仕うまつらざりけること」と、いとまめまめしう聞え給へば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。




夕霧の君にも、源氏は、これこれの人を見つけ出したのだが、気をつけて、仲良くしなさい、と、おっしゃるので、参上されて、夕霧は、人数にはいらなくとも、こんな者がいますと、真っ先に、および付ければ、よろしかったのです。ここに、お移りの時にも、お伺いしませんでした、と、とても、生真面目に申し上げるので、くすぐったいまでに、事情を知っている人は思うのである。

かたはらいたきまで
黙って聞いていられない程に、気の毒な程に・・・

何故、すぐに、教えてくれなかったのですか・・・
と、夕霧は、源氏に言うのである。

我が妹ではないか・・・

物語が、どんどんと、面白くなってゆく。



posted by 天山 at 00:08| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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