2012年07月21日

性について208

性同一性障害について、書いている。
ところが、先に進めないのである。

あまりに、資料が少ないせいもある。

更に、出版されるものの、大半が、告白本である。

例えば
私は現在、性同一性障害(GID)であることをカミングアウト、つまり公表している。
本当は、性同一性障害、という言葉は嫌い。なんだか障害というと可哀想なイメージがあるでしょう?それ以外にしっくりくる呼び方が見つからないから仕方ないけど、私は病気っぽくて嫌。自分が病気だとか障害がある、という感覚はない。だから、別な言葉をいつも探しているんだけど・・・なかなかピントくる言葉が見つからない。
ちなみによく混同される言葉をあげて説明するならば「ゲイ」は同性愛者の意味。私の場合は、自分は女性として男性を好きになるから、同性愛とはちがう。つまり「ゲイ」ではない。
わたし男子校です 椿姫彩菜

とても、解りやすい。
解りやすくて、逆に、解らなくなる。

簡単に言えば、体は、男で、心は、女。
だから、性同一性障害と、判定された。

では、どうして、性同一性を破壊されたのか・・・
疑問である。

生まれ持ってのもの。
そう言うしかない。

それで、性転換をして、女になったので、法律により、性別を変更できる。
これで、おしまいになる。

確かに、障害と判定されるまでは、同性愛のカテゴリーに入れられた。
男が、男を好きになるから。
でも、心が女だから、違う。その通りである。

時代が進み、許容範囲が広がった。
一応、そのように、理解する。

さて、また、混乱することになるが・・・
私が、タイによく出掛けて、性同一性障害の人たちから、話を聞くと、更に複雑なことになる。

性転換を目指して、毎日、辛苦して働く、カトゥーイたち・・・
だが、中には、こんな人もいる。

心は、女よ・・・でも、性転換したいと、思わない・・・
だって、折角チンチンあるのよ・・・
それを、取る必要は無いの・・・

男の体のままで、女装して、男と愛し合う、それで、満足しているという。

だが、ゲイではないのである。

ある種、何かを超えている。

丁度、その修行中に出会った、若者と、ホテルで話すチャンスがあった。
綺麗に化粧をしている。
全く、女性である。

彼? 彼女は、性転換を望む意識は、希薄である。
それには、性転換をした男たちの、様々な、苦悩、苦痛を見聞きしていることが、大きかった。

ホルモンのバランスにより、酒を飲むと、おかしくなる者。
術後から、性格に異変が出てくる者。

兎に角、それは、精神的にとても、大変なことであると、言う。

それならば、性転換をせず、安定した気持ちのままで、男の人と愛し合いたいという。
そして、今は、体を売って生活している。

同じ考えの、カトゥーイは、海外の男から気に入られて、愛人になり、優雅に暮らすという。
だから、性転換しなくても、やって行けるという。

性行為は、アナルセックスである。
極めて、同性愛行為に近いのであるが、矢張り、違うのである。

タイ人は、その点、実に曖昧でもいいのである。

だが、日本の場合を見ると、上記のように、明確にしたい、明確にする。

更に、中には、性転換を出来ずにいると、精神的に、荒み、自暴自棄になる、タイプもいる。
23歳だという、彼? 彼女に出会った。
睡眠薬を常習していた。
だが、25歳で、性転換をしてから、精神的が安定し、とても、優しい女性に、変身していた。

昔、障害は、個性だと言う言葉が流行った。
そして、今も、それは通用するようである。

彼ら、いや彼女たちも、それが、個性なのである。

これから、研究が盛んになり、更に、深く、その心理を追求する人たちが現れるだろうし、また、スムーズに、その個性を発揮できるような社会になることを、願う。

実は、少数派である。
そして、それは、認知されたかに見える、同性愛者にも言える。

人は、百人百様の性のあり様を持つものだ・・・

ノーマルといえども、矢張り、人それぞれの、セックスの好みを持つと、同じである。

バリアフリーが、当然の如くに行われるようになった。
この問題の当事者たちにも、社会がバリアフリーを設けることである。



posted by 天山 at 02:23| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。