2012年07月20日

性について207

トランスジェンダーの研究は、今、始まったばかりである。
特に、その社会学的意味。

これは、矢張り、その問題に触れない人、関係ない人にとっては、混乱なのである。
しかし、そこから、見えてくるものがある。

確実に社会は、それは世界全体が、ホモソーシャルという、性別二元制と、異性愛主義に基づいて、性差別を行う、社会構造であるということに、尽きる。

研究家たちも、それを掲げている。

男性集団における強固な「男同士の絆」は、そこに内包された男どうしの心情的にも身体的にも性的な結びつきを隠蔽するために、同性愛者というカテゴリーを創作し、本来は「男同士の絆」が持つ同性愛的要素を、否定的にニュアンスでそこに押し付ける。同時に、自分たちの異性愛性をアリバイとして確認しつつ、その欲望を実践する対象として、女性というカテゴリーをも周縁に配置する。
性同一性障害の社会学 佐倉智美

だから、面白いのは、ゲイ差別をする、男にゲイ的要素があるということだ。
ノーマルな男の場合は、全く、同性愛に対して、寛容である。
しかし、同性愛的要素を強く持つ男ほど、同性愛者を、差別する。また、ゲイがゲイを差別するということの方が大きい。

また、もう一つは、ゲイ差別は、宗教の原理に違反するということからの、絶対的差別を受ける。

ユダヤ、キリスト、イスラム教の原理主義者は、ゲイを、殺すのである。

らしさ、というものに、誤魔化される人間である。

男らしさゆえに、男同士の仲間に入る。
男らしくない男は、その中から、排除される。

男らしくない男とは、女のような、あるいは、差別用語としての、オカマと、言われる。

病気としての、性同一性障害、トランスジェンダーの問題が、男と、女の、境界線の問題とも、なり得るのである。

すでに、性転換手術をして、戸籍も、変更したものに対しては、ある程度の、理解を示すようになったと、思われる。
思われるというのは、まだ、多くの偏見と差別がある。

タイ、バンコクには、世界中から、性転換を希望する者の心理、その後の指導などの研究が行われている。

タイは、世界で、一番それが多いゆえに、研究する場所として、適当であるとの、見解である。

しかし、タイでは、性転換手術をしても、戸籍は変更できないのである。
不思議なことだ。

さて、欧米では、ホモソーシャルの感覚が鋭敏になり、自分の息子が年頃になると、抱き締めることも出来ないという。

それほど、恐れているのである。

だが、アメリカでは、軍隊にゲイである者も、受け入れた。
時代の流れである。

更に、同性婚である。
それぞれの州により、格差はあるが、次第に同性婚に向かう。

これは、性同一性障害を考える上でも、大きなことである。

つまり、異質なものを、受けいれる下準備が、着々として、進んでいるのである。そして、それらが、異質でなくなる時代がくる。

生まれついた、性別を変更することが、出来るという、時代である。

生き方の多様性が、認められた時代がある。
それから、今に至る。

性的指向の多様性が、認められる。
それが、社会の目指すところである。

さて、先の、男同士の絆、ホモソーシャルの世界では、それを維持するために、女性蔑視と、同性愛嫌悪がある。
そこには、トランスジェンダーに対する、蔑視と、嫌悪も存在する。

これを、見て行くと、私は、旧約聖書の神を思う。
全く、その神は、ホモソーシャルな神である。

女性蔑視と、同性愛嫌悪であり、更に、人殺しを好むのである。
異教徒は、皆殺しにするという、野蛮な記述が多い。

この父系型宗教が、大きく世の中に、関与している。
欧米列強時代がはじまり・・・

明治維新により、日本も西欧から、学ぶようになり、同性愛行為が、罪であり、病であると、されて、日本の伝統的、同性愛、少年愛行為は、激減した。

私は、同性愛と、トランスジェンダー問題を、同一の問題として、考えている。

人間の性行為が、生殖をのみを、目的とする、古い考え方から抜けて、生き方の問題であると、考えるからである。

だから、セックスをしないという、無性という、存在も、認めることができる。

異常と、正常の間にあるものとは、何か・・・
それは、それぞれの社会が、決めている。
時代と、時代精神が決めている。

少数者を、マイノリティーと呼んで、マイノリティーに目覚める社会活動が行われた時期がある。
そして、政治、行政が、マイノリティーに少しばかり、寛容になり、今では、障害者用の、トイレから、バリアフリーなどは、当たり前の感覚になっている。

長年続いた、性的指向差別も、いよいよ、大詰めを迎えて、それが、社会的に、意志を表明するようになり、更に、存在観を増すようになる。

その時、ホモソーシャルの社会的構造が、どのように変化するのか。
更に、実際、隠れているが、多くの男社会の中で、例えば、軍隊などの中で、男同士による、性行為が、明らかにされている。

結婚もして、妻子ある男が、男と関係する。
彼女がいる男も、男と関係する社会が、訪れている。

性的指向というものが、らしくない、状況に蠢いているのである。





posted by 天山 at 03:02| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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