2012年07月19日

伝統について55

慰もる 心は無しに かくのみし 恋ひや渡らむ 月に日にけに

なぐさもる こころはなしに かくのみし こひやわたらむ つきにひにけに

慰められる心もなく、このように恋しい思いを、持ち続けるのだろうか。月に日に、いっそう募る思い。

かくのみし
このようにして・・・

月日が経てば、経つほどに、恋焦がれるのである。
片恋か・・・

いかにして 忘れむものそ 吾妹子に 恋はまされど 忘らえなく

いかにして わすれむものそ わぎもこに こひはまされど わすれらえなく

どのようにして、忘れられるものだろうか。吾妹子に、恋はまさりゆくが、忘れることなどはないのだ。

益々と、恋心激しくなる。
忘れるなんて、出来るものか。

遠くあれど 君にそ恋ふる 玉鉾の 里人皆に われ恋ひめやも

とおくあれど きみにそこふる たまほこの さとびとみなに われこひめやも

遠く離れているけれど、あなたをこそ、恋する。近くの、玉鉾の里人は、誰一人、恋しくなどと、思わないだろう。

里の人は、誰も知らないだろう。
私がこんなに、恋しく思う心を。
また、身近に、男がいても、恋するは、君一人である。

一人で、耐える恋心である。

験なき 恋をもするか 夕されば 人の手まきて 寝らむ児ゆえに

しるしなき こひをもするか ゆうされば ひとのてまきて ねらむこゆえに

恋しても、しようがない。夜になると、他の男の手を枕に寝ているだろう、あの子のために・・・

失恋・・・片恋・・・
これは、辛い思いだ。
他の男と、伴寝をしている、恋する女。

百世しも 千代しも生きて あらめやも わが思ふ妹を 置きて嘆くも

ももよしも ちよしもいきて あらめやも わがおもふいもを おきてなげくも

百年も、千年も、生きることがあろうか。短い命だと、思う妻を抱いて嘆くことだ。

置きて、とは、離れている状態であり、このままの状態を嘆くのである。
出来れば、百年も、千年も、一緒にいたい。

万葉の歌は、直情的である。
そして、それは、性愛である。
野生的な、本能的な、心情を吐露する歌。

技巧無し。
ただ、思うが如く、口にする歌。

このような、歌集を残してくれたというのは、僥倖である。
似たような歌ばかり・・・
当たり前である。

人の心に大差は、無い。
また、万葉時代も、今も世も、人の心に大差は無いのである。

皆同じ 悩みを抱えて 生きるごと 万葉歌人 今もありては





posted by 天山 at 00:00| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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