2012年07月07日

神仏は妄想である。377

道教の、医術は、五つに分けられる。

一つは、辟穀、へきこく。
五穀を食べず、草根、木皮などから、食糧を作る。断穀ともいう。

五穀を避けて、火で料理したものを食べる。すると、おのずから、肉体が清浄になり、精神の自由と、長生きができるというもの。

こんなことをしていると、まず、性格が、変形してしまうだろう。
草食より、悪い。
ベジタリアンという人たちは、どこか、偏るのである。

肉体を、清浄にするのは、水である。
水以外にない。
体の、七割は、水により成る。

さて、次は、服餌、ふくじ、である。
服薬ともいう。

色々な薬の作り方と、その服用の仕方である。
薬とは、仙薬のことである。つまり、不老長生を得るために、それを服用することが、絶対に必要であるとする。

その薬には、上中下があり、上は、仙薬で、これを飲めば、神仙となり、不老長生を得るだけではなく、あらゆる精霊、鬼神を自由に、駆使することができるという。

中薬は、性を養うもので、強壮剤とか、保健薬的にものである。
下薬は、草薬ともいい、病気を治す薬である。

更に、これらには、毒虫、猛獣、悪霊などを払う効果もあるという。

現存する最古の薬物書、神農本草経、には、不老長寿を得る上薬が、百二十種、性を養う中薬が、百二十種、病気を治す下薬は、百二十五種、すべて三百六十五種の、動植物、鉱物性の薬物について、仔細に挙げている。

これは、漢方にも、大きな影響を与えたのである。

そして次ぎは、調息、ちょうそく、である。

一種の呼吸法である。
人間の精神は、一つの気であるという、考え方で、天地万物の根元のエネルギーである、元気と通ずるのである。

ゆえに、気を消耗させず、長生のために、重要であるとした。
吐く息を少なくし、気を体内に蓄積する方法が、調息である。

胎息とも呼ぶ。
これは、今も、至る所で、用いられる。

具体的に言うと、鼻で深く吸い、一端、息を止める。心で、静かに百二十を数える。そして、口から、微かに、吐くのである。
意気を吸う時も、吐く時も、羽毛が微妙だにしないように、静かに、しかも、吐く息は、吸う息よりも、少なくする。

行う時間帯は、夜半から正午までの時間である。
正午から、夜半までの午後は、死気であるから、効果がないという。

そして次ぎは、導引である。
これは、日本でも、導引術として、行われている。

一種の、按摩、マッサージのことである。
目的は、調息と、同じである。

更に一つは、房中、ぼうちゅう、である。
調息、導引と同じく、体内の気を消耗しないための、方法である。

これは、陰陽の気、つまり、男女の気の調和によって、気の損ずるのを、防ぐものである。

セックスの仕方である。
だが、時代が下るにつれて、欲望の浄化という目的が、単なる、性交術といった、淫猥なものになっていった。

今でも、この房中術を学んで、セックスのあり方を説いている人がいる。
交合により、生気を得るというような、何とも、暗示的な要素が強いのである。

例えば、老化を防ぐために、若い女と、交わり、その途中で女が絶頂に達した時の、息を吸わずに、性器を通して、若いエネルギーを取るというような、仕方である。

その際に、射精はしない。

エネルギーを吸い取った後で、射精をするというもの。

房中過多で、死を早めるという。
それは、本当のことだろうが・・・
それでは、マスターベーションで、射精を止めて、それを繰り返して、エネルギーを得ることが出来るかといえば、出来ないのである。

陰陽の交わりが必要なのである。

こういう、道教の方法は、極めて自然に反する行為である。
人間は、自然に消耗して、老化してゆくことが、当然の存在である。
動物も、然り。

だが、永遠に生き続けるというのだから、どこかに、無理が生ずるはずだ。

その中には、現代にも、有効に生かすことが出来る、方法もあるだろうが・・・
特に、漢方などは、今も、有意義に使う事が出来る。

だが、人間は、生まれると、すぐに、死に向かって生きる存在である。
奇想天外どころか、人心を惑わすこと、多々あり。

次ぎは、日本の陰陽師などを、熱狂させた、方術である。
方位学などという人たちもいる。
占いのそれとは、別物である。

だが、占いも、道教の方術に影響を受けているのである。

飛行機で、地球の反対側に行く時代に・・・とは、言え、何か意味がありそうに思えるところが、曲者である。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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