2012年07月31日

国を愛して何が悪い24

韓国人は、日本が李朝朝鮮を滅ぼし、国王と国を奪ったと非難している。だが、李朝は腐敗が横行し、権力闘争が絶えない時代だった。国民に対する悪政が続き、内部崩壊が決定的となっていたのだ。そこに日本が現れ、瓦解寸前の李朝にとって代ったのである。
黄 文雄

近代中国思想界の、リョウケイチョウ氏も、
朝鮮亡国の原因は日本ではなく朝鮮人自身によるものでると、言う。

滅ぼされたのではなく、自ら、滅んだのだ。

さて、現代韓国人は、それを決して、認めないだろう。
何故なら、彼らにとって、歴史というのは、ファンタジーなのであるから、すべて、妄想に支えられる。要するに、創作する歴史なのであり、そこには、史実というものは、無いのである。

李朝衰亡の主因は、三政紊乱と、言われる。
田政、軍政、還政、である。

つまり、田税、兵役、還穀、である。
それは、農民に対する、収奪制度である。

これ以上の説明はしない。

李朝末期になると、行政は、更に混乱する。
官職の売買が盛んになる。一部の良民は、地方官や官庁と組んで、軍布、その他の徴収から免れる。
土豪に身を託し、軍役から免れる良民も多く、貧農は、苛めの対象となる。

不正をしない良民は、一人で四人分の軍布を負担しなければならなくなる。

末期の、門閥政治は、勢道政治といわれ、めちゃくちゃな政治をしていたのである。

例えば、ある一族が、国家の要職を独占する。一族の関係者、1000名あまりが、起用されるという事態にもなる。

更に、官使の位が売買される。
最も、腐敗と悪政に苦しめられたのが、農民である。

ついに、農民は団結して、官庁を打ち壊し、両班の家を襲い、獄門を開いて、囚人を解放した。
租税、軍布、還穀の帳簿を燃やして、逃散するという、一揆が続いたのである。

1894年の、東学党の反乱が有名である。
この東学党の総大将だった、ゼンホウジュンによると、
朝鮮亡国の二大元凶は、李朝末の、大院君と、高宗の二人にあるという。

大院君は、残虐で、驕慢、猜疑心が強い。権謀術数にのみ長けて、大礼を知らない。
高宗は、惰弱、優柔不断、讒言を好み、びん妃という悪女に操られた。

宮廷や、両班の権利壟断、収奪、更には、朝鮮人の空論、激情、厚顔無恥を痛烈に批判していた。

どうだろうか・・・
今の、韓国人も、そのようではないか。

当時の人たちとの差は、無いのである。

李朝は、骨肉の争いが絶えない時代である。
血で血を洗う争いは、高麗朝でも、新羅朝でも、同じである。

新羅時代では、歴代国王の半数近い、20数名が、非業の死を遂げている。

それを、黄文雄氏は、朝鮮の名物という。

反日、抗日運動で日本の官憲によって死刑にされた者よりも、各党各派の内部抗争によって暗殺、虐殺された者のほうがはるかに多いのだ。これだけ歴史上同じことを繰り返していると、すでにもう立派な党争文化である。
黄 文雄

中国もそうだが、儒教国家というものは、人間集団は、国ではない。氏族や宗教であり、最優先されるのは、国益ではなく、私欲であり、殺し合いが絶えないということが、当たり前なのである。

中国、南北朝時代の南朝の宋では、帝室一族が殺し合い、ついには、後継者がいなくなり、王朝が滅びたケースがあるほどだ。

同じく、儒教を取りいれ学んだ日本には、そんなことは、一切無いのである。
これは、国家の権威者としての、天皇の存在が、実に、和を以って貴し、とする、古代以来の伝統であるといえる。

一時的に、皇室内での、紛争があったが、結局、落ち着いている。
武家が登場して、政治の権力を有しても、天皇の権威は、揺るがないのであり、民は、天皇の勅命さえあれば、為政者を良しと、したのである。

500余年にわたる、李朝史には、王位、世子、王妃、外戚、権臣、士林を巡る、簒奪、士禍、朋党の争いなど、残虐な抗争が、絶え間なく起こっている。

韓国人の、歴史叙述問題、歴史観の問題に対する、神経質さ、不寛容は、日本人には、理解できないものがある。

何せ、正しい歴史認識というものを、持たないのである。
都合の悪いことを、無視するのではなく、無いことにするのである。

そして、偏執した、民族主義に、若者を駆り立てるという、暴挙である。

また、民族の性質がそうであるから、それに乗る若者たち。

事実も、史実も、関係ないのである。
歴史観など、すっ飛ばして、民族主義、独断的民族主義が、盛り上がるのである。

それは、傍から見ると、異常である。
だから、フランス人神父ダレの、朝鮮事情にある、
50人が陰謀を持っていれば、そのうちの49人から漏れる
と、言う記述が、理解できる。

つまり、民族主義を掲げても、実は、裏切りと、抗争が裏にあるのだ。

朝鮮史を見れば、歴然としているのである。
もし、韓国人が、真っ当な国際感覚と、民族主義を持つならば、まず、自国の歴史の誤りを充分に反省し、新しい、韓国の歴史のために、国民に何が出来るのかを、真摯に問うことである。




posted by 天山 at 00:01| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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