2012年06月30日

国を愛して何がわるい16

朝鮮半島が、中国の属国として決定的になったのは、七世紀の、統一新羅の時代からである。

新羅は、唐の後押しで、三国を統一することが、できた。
そのために、当然、新羅は、属国として、唐に忠誠を誓った。

以後は、半島の王朝交替などにより、多少の強弱はあったが、朝鮮は、中国歴代王朝の、属国に甘んじていたのである。

更に、この宗属関係は、決して、中華帝国が一方的に強要したものではない。半島の王朝は、権威権力を含めた、政権確立と、政治安定のために、中華王国による、冊封を必要として、進んで属国になったのである。

朝鮮王朝の、尊中華は、半端なものではなかった。
事大主義だけではなく、属国願望が強烈だった。

935年、新羅を滅ぼして、統一王朝を建てた、高麗王朝の朝貢使は、朝貢と、冊封を要請してきていたのである。

宋は、北方の強敵に誤解されないかと、高麗の朝貢に難色を示したほどである。

更に、李朝朝鮮の始祖である、李成桂は、1392年、高麗の王位を簒奪し、国号を朝鮮と改めて、明王朝によって、冊封されたのである。

しかし、明は、満州人の清に滅ぼされる。
その時、李朝は、明への忠誠を守り、反清復明を唱えて、討伐を企てた。
だが、清の軍により、徹底的に蹂躙され、完全に、清の属国になった。

すると、李朝朝鮮は、今度は、民に矛先を向けて、明人を虐殺するという。

清の冊封体制は、17世紀末から、18世紀にかけて、完成された。

ここで解ることは、その頃から、中華思想というものが、いかに、誇大妄想敵だったかということである。

つまり、清王朝では、満州人の祖国である、満州と、他の地域を異なる支配体制をとった。中国本部は、満州人の植民地に等しい性格をもっていたのである。

そして、本部以外の、地域に対しての、朝貢関係を規定していた。
それが、以下である。

満州は、天領して、入植禁止。
モンゴル、回部、のちの、新疆ウイグル、チベットなどは、藩部とされ、将軍、大臣を置く、従属関係の半自治区である。
朝鮮、ベトナム、シャムなどは、朝貢国、属藩とする。
ビルマ、ネパールなどは、準朝貢国。
ポルトガル、オランダ、イギリス、イタリア、バチカンなど、貿易関係にある西夷は、朝貢貿易による、朝貢国とみなす。
日本、東南アジアの、諸海港都市などは、貿易関係を持つ、互市国、朝貢国以外の国家、とする。

どうだろうか・・・
呆れて口も聞けない。

こうして、勝手に、決めているのである。
何様のつもりなのか・・・

それが、今も、脈々と生きている、中華思想である。

19世紀に至るまで、清帝国が、天下唯一の、国家主宰者であると、妄想していたのである。

だから、その清との戦いを行った、日中戦争での、日本の勝利は、耐え難く、忍び難いものだったはず。

そして、それにより、朝鮮も、独立を得たのである。

日清戦争後に、下関条約が結ばれる。

その第一条には、清国からの朝鮮の独立が明記されている。
つまり、朝鮮が属国であったという、証拠である。

原文
清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス
である。

この、第一条が、何故、朝鮮の独立を明記したのか・・・
それは、日本にとって、朝鮮の独立が、日清戦争の最大の、目的の一つだったからだ。

当時の、日本の国益である。

当時の、世界情勢は、清国は、イギリス、フランスなどの列強に蹂躙され、ロシアは、アジアの権益を狙い、南下の野望を抱いていた。
朝鮮が、衰退の激しい清国の属国であれば、やがては、列強の判図となり、日本にも、その脅威が及ぶことになる。

これを、日本のアホな学者も、侵略戦争のはじまり、などと、たわけたことを言うが、それでは、そのまま放って、置けば、どのようになったのか・・・

中国も、朝鮮半島も、列強により、食い尽くされていた。
そして、今は・・・

戦争は、清国が、日本を仮想敵国と想定し、朝鮮半島の支配を、宗属関係から、保護属邦関係へと強化し、威嚇を繰り返したのである。

危機感を募らせた日本は、自国存立のため、朝鮮独立を画策し、そのために、清国との対立が深まり、戦争へと、突入したのである。

そして、それは、世界的な世論も、同調していたということである。

当時の、国際的常識では、アメリカ政府の言う、
朝鮮は清帝国の属国国家であり、半島における何世紀にもわたる封建的国家としての支配は、清国によって承認された
と、その宗属関係を、認めているのである。

歴史的事実は、史実である。

それを単に否定することは、主観的なものであり、認められないのである。

何せ、当の、朝鮮半島でも、独立の気運が高まっていたのである。
李朝朝鮮末期に、開化派が登場して、事大主義の対抗勢力として、独立派と称され、清国からの、独立を獲得しようとしていたのである。

事大主義とは、大に仕える、属国派という意味である。




posted by 天山 at 00:00| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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