2012年06月28日

もののあわれについて569

住み給ふべき御方御覧ずるに、南の町には、徒らなる対どもなどもなし、勢ひことに住み満ち給へれば、けせうに人繁くもあるべし、中宮おはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さて侍ふ人の列にや聞きなされぬ、と思して、少しうもれたれど、丑寅の町の対、文殿にてあるを、他方へ移してと思す。あひ住みにも、忍びやかに心よくものし給ふ御方なれば、うち語らひてもありなむ、と思しおきつ。




お住みになられる所を、思案するのに、南の町に、空いている対などもない。威勢も特別で、どの建物も、使われているゆえに目立つし、人目も多い。中宮のおいで遊ばす町は、このような人も、住めるほど、空いているが、そこに仕える人と、同列に思われるかもしれない。そう思い、少し陰気だが、東北の町の西の対が、文殿なのを、よそに移して、そこへと、考える。相住みでも、あの方、花散里は、控え目で気立ても良くて、話し合っても、いいだろうと、決めたのである。

主語は、源氏である。
玉葛の住まいについて、考えている。




上にも、今ぞかのありし昔の世の物語聞え出で給ひける。かく御心にこめ給ふ事ありけるを、うらみ聞え給ふ。源氏「理なしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞え出でむ。かかるついでにへだてぬことは、人にはことに思ひ聞ゆれ」とて、いとあはれげに思し出でたり。




上にも、紫の上にも、今になって、あの昔の二人の話を申し上げるのだった。こんなに心に秘めている事があったと、恨むのである。
源氏は、無理な話です。生きている人のことだって、問われもしないのに、申しましょうか。こんな機会に、隠さず話すのは、他の人以上に、思っているからです。と、感慨深く思い出している。

あはれげに
何と訳してもいい。
言う言葉が見つからないほどに、心に迫ることを、あはれ、というのである。




源氏「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬ中も、女というものの心深きを、あまた見聞きしかば、さらにすきずきしき心はつかはじ、となむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、また類なくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人のなみには、などか見ざらまし。人の有様とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかに、らうたくもありしかな」など宣ふ。紫「さりとも、明石のなみには、たち並べ給はざらまし」と宣ふ。なほ、北の御殿をばめざまし、と心おき給へり。姫君のいとうつくしげにて、何心もなく聞き給ふが、らうたければ、また道理ぞかし、と思しかへさる。




源氏は、人のことでも、沢山見たことだが、それほどに思わない中でも、女というものの愛執の深さを、沢山見たり、聞いたりしています。決して浮ついた心は、持つまいと思っても、いつの間にか、そう出来ない女も沢山、相手にした。しかし、その中で、しみじみと、ただただ、可愛らしいところは、他に例がないと思えてきます。生きていたら、北の町にいる人くらいには、世話をしたでしょう。人の有様は、色々です。しっかりして、気が利いている所などなかったが、品がよく、可愛らしかった、などと、おっしゃる。紫の上は、そうだとしても、明石と同じようには、されないでしょうと、おっしゃる。まだ北の町のお方を、気に障る者と、お許しにならないのである。だが、姫君のとても可愛く、何心もなく聞いているのが、いじらしく、改めて、大切にされるものと、当然と、思い返すのである。

あはれとひたぶるに
しみじみと、ひたすらに・・・
とても、一筋に・・・

あはれ、の、風景が広がるのである。

紫の上は、明石に対して、まだ、何となく、気が許せないようである。




かくいふは九月の事なりけり。渡り給はむこと、すがすがしくもいかでかばあらむ。よろしき童若人など求めさす。筑紫にては、口惜しからぬ人々も、京より散りぼひ来たるなどを、便につけて呼び集めなどして侍はせしも、にはかに惑ひ出で給ひし騒ぎに、皆おくらしてければ、また人もなし。京は、おのづから広き所なれば、市女などやうのもの、いとよく求めつついて来。その人の御子などは知らせざりけり。右近が里の五条に、先づ忍びて渡し奉りて、人々選り整へ、装束整へなどして、十月にぞ渡り給ふ。




この話は、九月の事だった。お移りする事が、やすやすと、どうして運ぶことか。少しましな、童や、若い女房などを、捜させる。筑紫では、一通りの女房たちも、京から流れてきたことなど、手ずるを辿り、呼び集め、お傍に置いていたが、俄かに飛び出して来たことで、皆を、残してきたので、今は、誰もいない。京は、別に騒がなくても、広い所だから、市女のようなものなどが、上手に捜してきては連れて来る。これこれの、お子様だとは、知らせないで。
右近の里の、五条に、先に、こっそりと移して、女房を選び揃え、衣装なども整えて、十月に、移られた。

すがすがしくも
滞らずに、スムーズと。

散りぼひ来たる
散り散りになって来た。

市女とは、都に置かれた、東西の市ではなく、それ以外の、貴人の家を訪れる、行商女のことで、女房なども、集めて、斡旋する。

物語の中に、玉葛の存在が入るのである。
いよいよ、玉葛系の物語が、はじまる。




posted by 天山 at 00:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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