2012年06月27日

もののあわれについて568

源氏「あはれに、はかなかりける契となむ。年頃思ひわたる。かくて集へる方々の中に、かの折の心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも、見果つる類多かめるなかに、言ふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。思ひ忘るる時なきに、さてものし給はば、いとこそ本意かなふ心地すべけれ」とて、御消息奉れ給ふ。かの末摘花の、いふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人の有様、うしろめたくて、先づ文の気色ゆかしく思さるるなりけり。




源氏は、あはれに、儚い縁であったと、これまで思ってきた。こうして、集まる方々の中に、あの時の気持ちほどの、愛着を持った人はいない。長生きして、私の変わらない心を、見届ける人々の、沢山いる中で、あっけなく、死んでしまい、右近だけを、形見に見ているのは、残念なこと。忘れることはないが、そういう姫がいれば、本当に願いの叶う気持ちがするだろう、と言い、お手紙を差し上げる。
あの、末摘花の期待はずれだったのを、思い出して、このように落ちぶれて、大きくなられた人のことが、心配で、まず、返事の様子を知りたかったのである。

あはれに
様々な意味を込めている。
夕顔との、一連の出会いのことと、その死・・・

幾らでも、形容できる言葉である。




物まめやかに、あるべかしく書き給ひて、端に、
源氏「かく聞ゆるを、
知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に おふる三稜の すづは絶えじを

となむありける。御文、自らまかでて、宣ふさまなど聞ゆ。御装束、人々の料など、さまざまあり。上にも語らひ聞へるなるべし。御しげ殿などにも、まうけの物召し集めて、色あひしざまなどとこなるを、と、選らせ給へれば、田舎びたる日どもには、ましてめづらしきまでなむ思ひける。




丁寧に、それに相応しく、お書きになり、終わりに、源氏、このように申し上げますことを、
何ゆえか、知らないが、やがて、誰かに聞いて、解るでしょう。三島江に生えている、三稜、みくり、の筋のように、御縁が続いています。

と、書いてある。お手紙は、右近自身が、出向いて、おっしゃることなどを、申し上げる。お召し物、女房達の物など、色々な贈り物がある。上にも、お話ししたのだろう。みくしげどの、などでも、用意している品物を、数々取り寄せて、色合い、出来具合の良いものを、と、選ばれたので、田舎風になった人々の目には、見たこともないと思うのだった。

上にも、とは、紫の上である。




正身は、ただかごとばかりにても、実の親の御けはひならばこそうれしからめ、いかで知らぬ人の御あたりには交らはむ、とおもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞え知らせ、人々も「おのづから、さて人だち給ひなば、大臣の君も尋ね知り聞え給ひなむ。親子の御契は、絶えて止まぬものなり。右近が、かずこにも侍らず、いかでか御覧じつけられむ、と思う給へしだに、仏神の御導き侍らざりけりや。まして、誰も誰もたひらかにだにおはしまさば、」と、皆聞え慰む。




本人は、ほんの一言だけでも、実の親の気持ちによるものであれば、嬉しいが、どうして、知りもしない人の所に、出掛けて行けるだろう、と思う様子で、嫌がっていたが、この際、なすべきことを、右近が、諭すので、お付の一同も、こちらから、何もなさらなくても、そうして、ご身分のあるお方らしく、姫様がおなりになられたら、大臣様も、聞いてくださるでしょう。親子のご縁というものは、絶えることなく、切れないもの。
右近が、物の数ではありませんが、何とかして、お目にかかれるようにと、申したのでさえ、仏神のご加護があったのでは、ありませんか。まして、どなた様も、ご無事でいらっしゃったら、きっといつかは、と、皆が慰めるのである。




先づ御返しを、とせめて書かせ奉る。いとこよなく田舎びたらむものを、と、恥づかしく思いたり。唐の紙のいとかうばしきを取り出でて、書かせ奉る。

玉葛
数ならぬ みくりや何の すぢなれば うきにしもかく 根を止めけむ

とのみ、ほのかなり。手は、はかなだちて、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心おちいにけり。




何よりも、お返事をと、無理に書かせる。とても、酷く田舎ぽくなっているだろうと、恥ずかしく思う。唐の紙に、よい香を焚き染めたものを取り出し、書かせるのである。

玉葛
物の数ではない、この身は、どのような訳で、みくりが水底に根を下ろすように、この辛い世の中に、生まれてきたのでしょう。

と、のみ、薄く書いてある。文字は、力が入らず、弱弱しいが、品良く、見苦しくは無いので、安心したのである。

主語が無いゆえに、前後の文で、理解する。

よろぼはし
よろよろし易い、崩れやすい、という意味。

あてはかにて口惜しからねば
品が良く、見苦しくはないので・・・

御心おちいにけり
安心する。

大和言葉の美しさである。

物語を読み続けると、自然に、それらの言葉が身に沁みるのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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