2012年06月26日

もののあわれについて567

ふと聞え出でむも、まだ上に聞かせ奉らで、とり分き申したらむを、後に聞き給うては、隔て聞えけり、とや思さむ、など思ひ乱れて、右近「今聞えさせ侍らむ」とて、人々参れば、聞えさしつ。大殿油など参りて、うちとけ並びおはします御有様ども、いと見るかひ多かり。女君は、二十七八にはなり給ひぬらむかし。盛に清らにねびまさり給へり。少し程経て見奉るは、またこの程にこそ、にほひ加はり給ひにけれ、と見え給ふ。かの人をいとめでたし、劣らじ、と見奉りしかど、思ひなしにや、なほこよなきに、幸のなきとあるとは、隔てあるべきわざかな、と見あはせらる。




すぐに、お話しするのも、まだ、奥様の耳に入れず、早速、殿様に、申し上げては、後で聞いて、隠していたと思われるだろうか、などと、あれこれと心配し、右近は、すぐにお耳に入れますといって、人々がお傍に来たので、申し上げるのを、止めた。
大殿油を点けて、くつろいで一緒におられるお二方は、とても、見事である。女君は、二十七、八におなりだろう。女盛りで、いよいよ美しくある。少し日をおいて、拝見すると、またその間に、美しさが増していると、思われる。あの方を、とても立派だ、劣らないと拝見したが、気のせいか、矢張り、紫の上は、この上なく、運のないのと、あるのとでは、違いのあるものだと、つい見比べてしまう。




大殿籠るとて、右近を御脚まいりに召す。源氏「若き人は、苦しとてむつかるめり。なほ年経ぬるどちこそ、心交はして睦びよかりけれ」と宣へば、人々忍びて笑ふ。女房達「さりや、誰かその使ひならひ給はむをばむつからむ。うるさき戯言いひかかり給ふを、わづらはしきに」など言ひ合へり。源氏「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎ、はたむつかり給はむ、とや。さるまじき御心と見ねば、あやふし」など、右近に語らひて、笑ひ給ふ。いと愛敬づき、をかしきけさへ添い給へり。今は公に仕へ、いそがしき御有様にもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯言を宣ひ、をかしく人の心を見給ふあまりに、かかるふる人をさへぞ、たはぶれ給ふ。




お休みになられると、右近を、脚さすりに、お召しになる。
源氏は、若い人は、面倒だと、嫌がるようだ。やはり、年寄り同士は、気が合うね、とおっしゃるので、皆は、くすくすと、笑う。女房達は、そうですわ。お使いくださるのを、誰が嫌がりましょう。変な冗談で、からかわれるのですから、困ります、などと、話し合っている。
源氏は、紫の上は、年寄り同士が仲良くし過ぎたから、ご機嫌を悪くされるだろうと思う。そんなところのない、御心とも思えないから、危険だよ、などと、右近に話されて、笑う。とても、愛敬があり、とぼけていらっしゃる。今は、朝廷に仕えるのに、お忙しくもない様子で、世の中に対しても、のんびりとした気持ちのままに、ただ、取り留めない冗談を言う。面白がり、人の心を試されるあまり、こんな年のいった人にも、ふざけるのである。




源氏「かの尋ね出でたりけむや、何様の人ぞ。尊き修行者語らひて、いてきたるか」と問ひ給へば、右近「あな見苦しや。はかなく消え給ひにし夕顔の、露の御ゆかりをなむ、見給へつけたりし」と聞ゆ。源氏「げに、あはれなりける事かな。年頃は何処にか」と宣へば、ありのままには聞えにくくて、右近「あやしき山里になむ。昔人もかたへは変らで侍りければ、その世の物語し出で侍りて、堪へがたく思ひ給へりし」など聞え居たり。源氏「よし、心知り給はぬ御あたりに」と、隠し聞え給へば、上、紫「あなわづらはし。眠たきに、聞き入るべくもあらぬものを」とて、御袖して御耳塞ぎ給ひつ。源氏「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」など宣へば、右近「必ずさしもいかでか物し給ひしか」と聞ゆれば、源氏「をかしの事や。誰ばかりと覚ゆ。この君と」と宣へば、右近「いかでかさまでは」と聞ゆれば、源氏「したり顔にこそ思ふべけれ。われに似たらばしも、後やすしかし」と、親めきて宣ふ。




源氏は、その捜し出したというのは、どんな人だ。尊い修行者と話が合い、連れて来たのか、と、問い掛ける。右近は、まあ、人聞きの悪いこと。あえなく、お消えました、夕顔の露のゆかりの方を、お見つけしました。と、申し上げる。源氏は、本当に懐かしい話だ。永い間、どこにいたのだ。と、おっしゃるが、ありのままに、申し上げにくく、右近は、辺鄙な山里でございます。昔の人々も、幾人か、変わらずに、おりましたので、あの頃の、話をしまして、たまらない思いがしました。などと、申し上げる。源氏は、よしよし、事情を知らない方の前だから、と隠すのである。紫の上は、まあ、嫌だこと。眠たくて、耳に入るはずもありません、と、お袖で耳を塞ぐのである。源氏は、器量などは、あの昔の夕顔に劣らないのか、などと、おっしゃる。右近は、きっと、あれほどではいらっしゃるまいと、思っていましたが、この上なく美しく、ご成人されたように、お見受けしました。と、申し上げると、源氏は、面白いこと。誰くらいだと、思うか。こちらとでは、とおっしゃる。右近は、まさか、そんなには、と申し上げる。源氏は、得意に思っているようだな。私に似ているとしたら、安心だ、と親のようにおっしゃる。

こちらとでは、とは、紫と比べると、どうだと、問うている。
右近は、紫より上だと、暗に示唆しているのである。

何とも、面白い会話である。




かく聞きそめて後は、召し放ちつつ、源氏「さらばかの人、このわたりに渡い奉らむ。年頃もののついでごとに、口惜しうまどはしつる事を、思ひ出でいるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなき事になむ。父大臣には何られむ。いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、交りたらむが、なかなかなる事こそあらめ。われはかうさうざうしきに、覚えぬ所より尋ね出だしたるもてなさむ」など語らひ給へば、かつがついとうれしく思ひつつ、右近「ただ御心になむ。大臣に知らせ奉らむとも、誰か伝へほのめかし給はむ。いたづらに過ぎものし給ひし代りには、ともかくも引き助けさせ給はむ事こそは、罪かろませ給はめ」と聞ゆ。源氏「いたうもかこちなすかな」と、ほほえみながら、涙ぐみ給へり。




これを聞いてからは、右近一人をお召しになり、源氏は、そういうわけならば、あの人を、ここへ、お連れ申そう。長年、何かあるたびに、残念にも、行方知れずにしたことを、思い出していた。嬉しいことに、居場所を聞き出して、逢わずにいるとは、つまらぬ話だ。父の大臣には、なんで知らせることがあろう。とても沢山の子で、賑やかな様子。数ならぬ身で、これから初めて仲間に入るのは、大変なことだろう。私は、こんなに子供が少ないのだから、思いがけない所から、捜し出したのだとでも、言おう。好き者どもに、気をもませる種にして、大事に大事にしよう、などと、おっしゃる。ただ、一方では、嬉しく思いつつ、右近は、御心のままに、大臣にお知らせしても、あなた様の他に、どなたが、内大臣のお耳に、入れましょうか。空しくお亡くなりになりました、御方の代りに、どういうふうにでも、お手を差し延べ遊ばすことが、罪を軽くすることになりましょう、と、申し上げる。
源氏は、酷く、人のせいにするんだね、と、微笑みつつ、涙ぐんでいる。

物語の、名場面かもしれない。
亡き夕霧の子を、右近が探し出したのである。




posted by 天山 at 00:02| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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