2012年06月25日

もののあわれについて566

右近「いでや、身こそ数ならねども、殿も御前近く召し使はせ給へば、物の折ごとに、いかにならせ給ひにけむ、と聞え出づるを、聞し召し置きて、われいかで尋ね聞えむ、と思ふを、聞き出で奉りたらば、となむ、宣はする」と言へば、乳母「大臣の君は、めでたくおはしますとも、さるやむごとなき妻どもおはしますなり。先づ、まことの親とおはする大臣にを、知らせ奉り給へ」などいふに、ありし様など語り出でて、右近「世に忘れ難く悲しきことになむ思して、かの御かはりに見奉らむ、子も少きがさうざうしきに、わが子を尋ね出でたると、人には知らせてと、そのかみより宣ふなり。心の幼かりけることは、よろづに物つつましかりし程にて、え尋ねても聞えで過しし程に、小弐になり給へる由は、御名にて知りにき。まかり申しに、殿に参り給へりし日、ほの見奉りしかども、え聞えで止みにき。さりとも姫君をば、かのありし夕顔の五条にぞとどめ奉り給へらむとぞ思ひし、あないみじや、田舎人にておはしまさましよ」など、うち語らひつつ、日一日、昔物語念誦などし暮らす。




いいえもう、私など、取るに足りない者ですが、殿様も近くに、お使いくださいますので、何かの時に、姫君は、どうなりましたでしょうと、申し上げ、それをお聞きくださり、何とか捜しだしたいが、消息を聞きだしたら、と、仰せられます。と言うと、乳母は、大臣様は、ご立派であらせられても、そんなご立派な、奥方様がおいで遊ばすとのこと。それよりも、本当の親御様であられる、大臣様に、お知らせ申してください、などと言うので、昔の事情などを話して、右近は、本当に忘れられず、悲しいことに思い、あの方の代わりに、お世話しようと、子供も少なく、物足りないし、自分の子を探し出したと、人には、思わせるようにして、と、その当時からおっしゃっているのです。分別のなかったことには、何かにつけて、遠慮が先に立つことで、お探し申し上げることも出来ずに、過ごしていたところ、小弐になりましたことは、お名前で知りました。赴任のご挨拶に、お邸においでになった日、少し拝見しましたが、申し出ることもできませんでした。それでも、姫様は、あの昔の夕顔の五条に置き申し出ることも、出来ませんでした。ああ勿体無いこと。田舎者として過ごしていらしたら、どんなことになったでしょう。などと、話をしつつ、一日中、昔話や、念誦などして、暮らす。




参りつどふ人の有様ども、見下さるる方なり。前より行く水をば、初瀬川といふなりけり。右近、
ふたもとの 杉のたちどを 尋ねずは 布留川のべに 君を見ましや

うれしき瀬にも」と聞ゆ。




お参りにやってくる人々の姿を、見渡せる場所にいる。前を流れる川は、初瀬川という。
右近は、
この、二本の杉の立っている所に来なければ、古い川のここで、あなた様に、お会いできなかったでしょうか。
嬉しいことです、と、申し上げる。




玉葛
初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ

とうち泣きておはする様、いとめやすし。容貌はいとかくめでたく清げながら、田舎びこちごちしうおはせましかば、いかに玉の瑕ならまし、いで、あはれ、いかでかくおひ出で給ひけむと、おとどをうれしく思ふ。母君は、ただいと若やかにおほどかにて、やはやはとぞたをやぎ給へりし、これは気高く、もてなしなど恥づかしげに、よしめき給へり。筑紫を、心にくく思ひなすに、皆見し人は里びたるに、心え難くなむ。暮るれば御堂に上りて、またの日も行ひ暮らし給ふ。




玉葛
昔のことは、知りません。今日の巡り逢いに、この身までも、流れるように、涙を止められません。

と泣いている様子は、とても、好ましい。器量は、こんなによく、綺麗でも、田舎の人のように、ごつごつとしていたら、どんなにか、玉の瑕に、思われることだろう。いや、本当に、どうして、こんなお育ちになったのであろうか。と、右近は、乳母に感謝したく思う。母君は、実に若やいで、おっとりとし、なよなよと、柔らかくいらしたが。この方は、気高く、所作なども、こちらが恥ずかしくなるほどで、奥ゆかしくていらっしゃる。筑紫という国を、心憎いと思うが、他の知る人は、皆、田舎者であるし、訳が解らない。日が暮れたので、御堂に上がり、次の日も、勤行で、過ごすのである。




秋風、谷より遥かに吹きのぼりて、いと肌寒きに、物いとあはれなる心どもには、よろづ思ひ続けられて、人なみなみならむ事もあり難きことと、思ひ沈みつるを、この人の物語のついでに、父大臣の御ありさま、腹腹の何ともあるまじき御子ども、皆ものめかしなしたて給ふを聞けば、かかる下草たのもしくぞ思しなりぬる。出づとても、かたみに宿る所も問ひ交して、もしまたおひ惑したらむ時々と、あやふく思ひけり。右近が家は、六条の院近きわたりなりければ、程遠からで、言ひ交すもたづき出で来ぬる心地しけり。




秋風が、谷から、遥かに吹き上げて、とても肌寒い。思い乱れた人々には、何もかもと、次々と心に浮かんできて、人並みの生活が出来るようになるのは、大変なことだと、悲観していたが、この右近の話のついでに、父の大臣の御様子や、あちこちの女の生んだ、何ほどのこともない、お子様たちが、皆、一通りの者として、育てていることを聞くと、こんな日陰の身にも、望みがあるように、思える。寺を出るときは、互いの住所を尋ねあい、もしも、また、姫の行方がわからなくなった時は、と、右近は、心配に思う。
右近の家は、六条の院に近い辺りであるから、遠くも無く、相談するにも、便りが出来た気がするのである。

皆ものめかしなしたて
一人前に育てているのである。
父大臣とは、源氏のこと。

物いとあはれなる心ども
色々と心配する様であり、それの、極限の状態である。

絶望にある時も、いとあはれなり、なのである。
言葉に出来ないほど、心が極まる状態に、あはれ、という言葉を置く。




右近は大殿に参りぬ。この事をかすめ聞ゆるついでもや、とて急ぐなりけり。御門引き入るるより、けはひことに広々として、まかで参りする車多く迷ふ。数ならで立ち出づるも、眩き心地する玉の台なり。その夜は、御前にも参らで、思ひ臥したり。またの日、よべ里より参れる上臈若人どもの中に、取り分きて右近を召し出づれば、おもだたしく覚ゆ。大臣も御覧じて、源氏「などか、里居は久しくしつるぞ。例ならず、やまめ人の、ひきたがへこま返るやうもありかし。をかしき言などありつらむかし」など、例のむつかしう、戯など宣ふ。右近「まかでて、七日に過ぎ侍りぬれど、をかしき事は侍り難くなむ。山路し侍りて、あはれなる人をなむ見給へつけたりし」源氏「何人ぞ」と問ひ給ふ。




右近は、源氏のお邸に参上した。
この話を、ほのめかし申し上げる機会でもあれば、と思い、急いだのだ。御門に車を入れるなり、感じが広々として、退出したり、参上する車が沢山通る。数にも入らない身で、出入りするのは気が引ける思いがする、素晴らしい御殿である。その夜は、御前にも上がらず、思案しつつ寝た。次の日、昨夜、里から参上した上臈や、若女房たちの中で、取り分けて、右近をお召しになったので、名誉に思う。殿様も御覧になり、どうして、里下がりを長くしていたのだ。いつもと違い、一人者が、見違えるほど若くなることもあるから。面白いことなどあったのか、などと、いつものように、意地悪く冗談を言う。右近は、下がりまして、七日あまりになりましたが、面白いことは、なかなかございません。山里に行きまして、珍しい人を見つけました、と言うと、源氏は、どんな人か、と問いかけられる。

あはれなる人をなむ
単なる人であれば、あはれなる人とは、言わない。
特別の意味を込めて言うのである。

これには、源氏も、身を乗り出す。
また、物語が面白くなるのである。




posted by 天山 at 00:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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