2012年06月09日

神仏は妄想である。372

道教の教団らしきものが現れるのは、二世紀前半の、後漢の頃である。

干吉という、道士が、病人にお札と、神に供えた水を与えて、病を治すという方法で、人々の信仰を集めた。
この場合の、神とは、老子である。
老子を神にしてしまったのである。

太平道と呼ぶ。

更に、それを広めたのが、張角という道士。
ここで、面白いのは、病気は、人間の犯した罪の結果であり、天は、人の善悪の行為によって、その命を増減させるというもの。

ゆえに、病気を治し、神に罪の許しを願い、符水、ふすい、という、干吉の呪術の水を飲み、呪術を唱える。
この、現世利益の教えは、後漢末の社会不安に乗じて、下層民の間に受け入れられて、かなりの勢力となった。

更に、支配者層の圧迫に対して、張角は、信者に黄巾をつけ、標識として、ついに後漢王朝の打倒の反乱を起こすのである。

だが、数年で、壊滅する。

宗教というものは、このように、時代時代で、似たようなことを、繰り返すようである。

それから、いよいよ、妄想の一途がはじまる。

五斗米道である。

信者から、米約9リットルを出させた。
今なら、金である。

祈祷による、治癒が中心である。
方法は、前と同じである。

更に、慈善事業なども、手掛けて、後漢末には、数十万人の信者が集うというほどになる。

原始道教は、実に未熟であるが、下層民相手であるから、簡単なものである。

その頃は、神仙説は、まだ、出てこないのである。

そうして、次第に、衰退してゆく。
時代は、進化するのである。

教団として、社会に定着するには、教義の生理が必要であり、儒教と比べると、遥かに、劣っていたのである。

そして、もう一つの要因は、三世紀から、五世紀、三国時代から、南北朝時代にかけての、仏教伝来である。

仏教は、三世紀末から、急速に発展した。
だから、道教も、盛んに、老荘思想を取り入れ、理論を作り上げ、仏教の教義、組織に真似て、教団として、成立させなければならなかったのである。

仏教が与えた影響は、実に大きかったといえる。

道教の最終目標は、不老長寿である。
それが、神仙説であり、道である。

それゆえ、妄想満開になるのである。

神仙になる方法を秩序立てて述べ、その可能性を証明する。神仙思想は、人々の願いを捉えたにしろ、それを信仰し、情熱をかけるまでになるのは、難しい。
民間信仰を超えて、神仙説の根底を、信者に与えるという方法。

道教の教義、理論的基礎の形成が、必要不可欠になったのである。

四世紀に入り、神仙道が、道教の中心となる。

それに携わった、人の名前は、省略することにする。

神仙道には、三つの、重要な方法がある。
第一は、胎息で、神仙道における、特別な呼吸法である。
第二は、房中である。陰陽、つまり、男女の交わりである。房中術を学び、真のセックスをしなければならない。
第三は、服薬である。神を祀り、祈祷をするだけではなく、仙薬を必要とする。
その、仙薬とは、神仙にも、上中下三等級の区別があり、上士は昇天して、天仙となり、中士は、導引長生きができる。下士は、地仙として、千歳の寿命を保つに過ぎないというのである。

神仙道とは、薬を作ることに、成功しなければならないのである。

それから、五世紀に入り、宗教教団として、組織と、体裁を整えた道教を、成立道教、教団道教という。

それは、経誡、けいかい、つまり、哲学的なものに基づく秩序と、組織の成立に重点を置いたものになった。

儀式を、科儀と名付け、祭壇を設けて行う祈祷を整備したのである。

そして、仏教に対抗しうる、宗教となった。
五世紀前半には、すでに社会に勢力を持つことに成功した。

北魏の太武帝は、廃仏事件が起きるほど、熱心な道教信者になったのである。

下層民中心の信仰ではなく、広く上層階級にまでも、確固たる地位を築いたのである。

六世紀の隋、七世紀初頭の唐の時代は、まさに、成立道教の花と開く時代になった。

唐の王室は、老子と同じ姓である、李であったゆえに、老子を先祖とし、道教を同族の宗教とみなし、歴代の天子は、特別の保護を与えたのである。

七世紀において、道教は、国家的宗教として、確立した。

天尊信仰といい、仏像に習い、道像を礼拝する形が完成し、広く一般に普及するのである。

そして、今もって、それは、脈々と中華系に伝わっている。

ただし、問題は、日本に伝えられた道教は、民衆道教時代の、四世紀後半である。
七世紀の道教は、仏教とは違い、間接的道教であったこと。
これが、最大の問題である。

簡単に言えば、日本の道教は、専門家ではない、素人により、大陸から渡来したものであるということを、忘れてはならない。

ところが、当時は、日本に、特別な宗教的教義など無い時代である。

特に怪しく、妖しい道教の毒が伝わっている。
今でも、神仙道による、男女交合の術などという、真面目なアホがいる。




posted by 天山 at 00:05| 神仏は妄想である。第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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