2012年05月31日

もののあわれについて565

筑紫人は、三日籠らむと心ざし給へり。右近は、さしも思はざりけれど、かかるついでに、のどかに聞えむとて、籠るべきよし、大徳呼びていふ。御あかし文など書きたる心ばへなど、さやうの人はくだくだしうわきまへければ、常のことにて、右近「例の藤原の瑠璃君といふが御為に奉る。よく祈り申し給へ。その人、この頃なむ見奉り出でたる。その願もはたし奉るべし」といふを、聞くもあはれなり。法師「いとかしこき事かな。たゆみなく祈り申し侍るしるしにこそ侍れ」といふ。いと騒がしう、夜一夜行ふなり。




筑紫の連中は、三日間、参籠しようと、心積もりしている。右近は、それほどまで思わなかったが、こうした機会に、ゆっくりと話をしようと思い、参籠の理由を、大徳を呼んで言う。願い文など、そうした人は、こまごと知っているので、いつものように、例の、藤原の瑠璃君という、お方のために、奉ります。よく祈り、お願い申し上げてください。その人は、近頃、お捜ししました。そのお礼参りも、済ませるつもりです。と言うのを、耳にするのも、嬉しい。
法師は、まことに目出度いことです。怠りなく、お祈り申し上げます、と言う。そして、とても騒がしく、一晩中、お勤めするのである。

これは、仏に対して、奉るという。

聞くもあはれなり
この、あはれ、は、嬉しいのである。

お勤めが、騒がしいとは、熱心に経を上げるということ。




明けぬれば、知れる大徳の坊におりぬ。物語心やすくとなるべし。姫君のいたくやつれ給へる、はづかしげに思したるさま、いとめでたく見ゆ。右近「おぼえぬ高きまじらひをして、多くの人をなむ見あつむれど、殿の上の御容貌に似る人おはせじとなむ、年頃見奉るを、またおひ出で給ふ姫君の御さま、いと道理にめでたくおはします。かしづき奉り給ふさまも、並びなかめるに、かうやつれ給へる御様の、劣り給ふまじく見え給ふは、あり難うなむ。




夜が明けたので、知る大徳の坊に上がる。積もる話を、心おきなくという思いである。姫君は、大そう、質素になさり、恥ずかしがっている風情は、とても、美しく見える。
右近は、思いもかけない、高貴な方にお仕えして、沢山の方を見てきましたが、お邸の、奥方様の、ご器量に並ぶ方はいらっしゃらないと、長年、拝していましたが、そのほかに、年頃になられる、姫君のご様子、いかにも、当然のことと、美しくあります。大切に、お育てしている様子も、またとないほどですが、こうして、質素になさる、姫君が、負けないくらいに、見えるのは、驚くほかにありません。

右近が、姫と乳母と話すのである。

あり難きなむ
思いがけず、珍しい。




大臣の君、父帝の御時より、そこらの女御后、それより下は残るなる見奉り集め給へる御目にも、当帝の御母后と聞えしと、この姫君の御容貌とをなむ、よき人とはこれを言ふにやあらむと覚ゆる、と聞え給ふ。見奉りならぶるに、かの后の宮をば知り聞えず。姫君は清らにおはしませど、まだ片なりにて、おひ先ぞおしはかられ給ふ。上の御容貌は、なほ誰かならび給はむとなむ見え給ふ。殿もすぐれたりと思しためるを、言に出でては、何かはかずへのうちには聞え給はむ。われにならび給へるこそ、君はおほけなけれとなむ、戯れ聞え給ふ。見奉るに、命のぶる御有様どもを、またさる類おはしましなむや、となむ思ひ侍るに、いづくか劣り給はむ。物は限りあるものなれば、すぐれ給へりとて、いただきを離れたる光やはおはする。ただこれを、すぐれたりとは聞ゆべきなめりかし」と、うち笑みて見奉れば、老人もうれしと思ふ。




大臣様は、父帝の御時代から、大勢の女御や、后をはじめ、それより下は、残ることなく、ご存知である御目にも、今上の御母君であらせられる方と、この姫君の器量とを、美人とは、このような方を言うのではないかと、思われると、おっしゃっています。
拝見して、比べてみますと、その后の宮は、知りませんが、姫君は、美しくあらせられますが、まだ小さく、これから先、どんなに美しくなりますかと、思われるお方です。お邸の、奥方さまのご器量には、やはり誰が、及ぶでしょうと、思われます。殿様も、美しいと思っていますが、口に出しては、数の中に加えて、申し上げましょうか。拝見しますと、命も、延びるお二方の御様子。ほかに、こんな方がおいで遊ばすかと、思っていましたが、この姫君は、どこが劣っていましょうか。物には、限界がありますから、美しくても、頭から、光が射したりしましょうか。ただ、こういう方こそ、美しいと申し上げるべきです。と、微笑み、拝見しているので、老人、乳母も、嬉しく思う。

まだ片なりにて
まだ、未熟である。

このような、くどい書き方は、紫式部の手ではないと、思う。
敬語の、オンパレードである。
勿論、それは、紫式部も、同じだが。

皇室が、舞台であるから、当然なこと。
ここから、敬語の原点が探れる。




乳母「かかる御有様を、ほとほとあやしき所に沈め奉りぬべかりしに、あたらしく悲しうて、家かまどをも棄て、男女の頼むべき子どもにも、引き別れてなむ。かへりて知らぬ世の心地する京に参うで来し。あが御許、はやくよきさまに導き聞え給へ。高き宮仕へし給ふ人は、おのづから行きまじりたる便りのもし給ふらむ。父大臣に聞し召され、かずへられ給ふべきたばかり、思し構へよ」といふ。恥づかしうおぼいて、後向き給へり。




乳母は、こんな御器量を、すんでのところで、辺鄙な所に、埋もれさせるところでした。勿体無く、悲しくて、家かまども棄てて、男や女の頼りになるはずの、子ども達にも、袂を分かち、かえって、知らない国のような、京にやって参りました。あなた様、早く、良くして、導いてください。高貴な所に宮仕えされている方は、自然と、行き来する便りも、あるでしょう。父の大臣のお耳に入り、お子様の一人にして下さるようにと、思案してください、と言う。姫君は、恥ずかしく思い、後を向いている。

乳母は、姫君のことを、早く源氏に知らせて、子の一人として、認めて欲しいと言うのだ。
この、姫君を、玉葛、という。




posted by 天山 at 00:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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