2012年05月30日

もののあわれについて564

老人は、ただ、「わが君はいかがなり給ひにし。ここらの年頃、夢にてもおはしまさむ所を見むと、大願を立つれど、遥かなる世界にて、風の音にても、お聞き伝へ奉らぬを、いみじく悲しと思ふに、老の身の残りとどまりたるもいと心憂けれど、うち棄て奉り給へる若君の、らうたくあはれにておはしますを、よみぢのほだしに、持てわづらひ聞えてなむ、またたき侍る」と言ひ続くれば、昔、その折、いふかひなかりし事よりも、答へむ方なくわづらはしと思へども、右近「いでや、聞えてもかひなし。御方は早う亡せ給ひにき」と言ふままに、三人ながらむせかへり、いとむつかしくせきかねたり。




老人、おいびと、ただ、御方様は、どのようになりましたのか。この長年、夢にでも、おいで遊ばす所を見たいと、大願を立てますが、遥か離れた田舎で、風の便りにさえ、聞く事が出来ないのを、酷く悲しく思うので、老いた、この身が後に残り、情けなく、残された、若君の、可愛くて、いとおしくいらっしゃるのが、あの世へ行く、妨げになり、どうして上げたらよいのかと、困り果て、目を閉じらずにいます。と、言い続ける。当時、話しをした時より、答えようもなく、困ったことだが、右近は、いえいえ、申し上げても、何にもなりません。御方さまは、もうお亡くなりになりました。と言うなり、三人が、涙にむせ返り、溢れる涙を抑えかねている。

老人とは、大弐の妻、姫君の乳母である。




日暮れぬ、といそぎたちて、御明かしの事どもしたためはてて、急がせば、なかなかいと心あわただしくして立ち別る。右近「もろともに」といへど、かたみに供の人のあやしと思ふべければ、この介にも、事の様だに言ひ知らせあへず。われも人もことにはづかしくもあらで、皆おり立ちぬ。右近は、人知れず目とどめて見るに、中にうつくしげなるうしろでの、いといたうやつれて、卯月のひとへめくものに、着こる給へる髪のすき影、いとあたらしくめでたく見ゆ。心苦しう悲しと見奉る。




日が暮れてしまうと、あわてて、灯明の用意など整えて、人々が、急がせるので、再会したために、かえって、せわしない感じで別れる。右近は、一緒に行きましょうと言うが、お互いに、供の者が、変だと笑うであろうから、この豊後の介にも、事情さえ説明することも出来ずに、お互いが、気兼ねもなくなり、一同、外に出た。
右近は、そっと注意して見ると、人々の中に、美しい後姿で、とても忍んだ姿で、四月の頃の、単衣のようなものの下に、着込めて、髪の透けて見えるのを、勿体無いほど、立派に見えるのである。それを、たまらない思いで、いたわしいと、拝するのである。

着こめ給へる髪のすき影
長い髪を垂らして、その上から、薄物を着ているが、下の髪が透けて見えるのである。




すこし足なれたる人は、疾く御堂に着きにけり。この君をもてわづらひ聞えつつ、初夜行ふ程にぞ上り給へる。いとさわがしく、人詣でこみてののしる。右近が局は、仏の右のかたに、近き間にしたり。この御師は、まず深からねばにや、西の間に遠かりけるを、右近「なほここにおはしませ」と、尋ね交し言ひたれば、男どもをばとどめて、介にかうかうと言ひ合わせて、こなたに移し奉る。




少し歩き慣れている、右近は、早く御堂に着いた。乳母たちは、この姫君を介抱するのに、困りつつ、初夜の勤行の頃に、寺へ上がった。とても騒がしく、人々の御参りで、混雑している。右近の局は、本尊の右のほうで、近くにいる。一行の御師は、まだ地位が高くないせいか、西の間で、遠くだったのを、右近が、構いません、こちらへ、と捜しあってて、言うので、男たちは、そこに置いて、介にこれこれだと、打ち合わせして、こちらに移して上げるのだ。




右近「かくあやしき身なれど、ただ今の大殿になむ侍ひ侍れば、かくかすかなる道にても、らうがはしき事は侍らじと、頼み侍り。田舎びたる人をば、かやうの所には、よからぬ生者どもの、あなづらはしうするも、かたじけなきこと」とて、物語いとせまほしけれど、おどろおどろしき行ひのまぎれに、騒がしきにもほされて、仏をがみ奉る。右近は心の中に、「この人をいかで尋ね聞えむと申し渡りつるに、かつがつかくて見奉れば、今は思ひのごと、大臣の君の、尋ね奉らむの御心ざし深めるに、知らせ奉りて、幸あらせ奉り給へ」など申しけり。




右近は、こんなつまらない者ですが、今の大臣の御宅にお仕えしていますので、こんな少人数の道中でも、変な目に遭う事もありませんと、心丈夫に思っています。田舎めいた人を、このような所では、たちの良くない者どもが、小ばかにするのは、勿体ないことです、と言い、話しをもっとしたいが、やかましい勤行の声に紛れ、騒がしい辺りの様子に、混じり、仏を拝むのである。右近は、心の中で、このお方を、なんとかして探し出そうと、御願いしてきたところ、やっとのことで、こうして、お会いする事が出来たので、今は思いの通り、ご主人さまの、探し出そうとする御心が強いゆえ、お知らせして、御幸せにして、差し上げたいと、祈るのである。




国々より、田舎人多く詣でたりけり。この国の守の北の方も詣でたりけり。厳しく勢ひたるをうらみて、この三条がいふやう、「大悲者には他事も申さじ。あが姫君、大弐の北の方ならずは、当国の受領の北の方になし奉らむ。三条らも、随分にさかえて、かへり申し仕うまつらむ」と、額に手をあてて念じ入りて居り。右近、いとゆゆしくも言ふかな、と聞きて、右近「いといたくこそ田舎びにけれな。中将殿は、昔の御おぼえだに如何におはしましし。まして今は、天の下を御心にかけ給へる大臣にて、いかばかりいつしき御中に、御方しも、受領の妻にて、品定まりておはしまさむよ」といへば、三条「あなかま、給へ。大臣たちもしばし待て。大弐の御館の上の、清水の御寺、観世音寺に参り給ひし勢ひは、帝の御幸にやは劣れる。あなむくつけ」とて、なほさらに手をひき放たず、拝み入りて居り。



国々から、田舎の人が、多く参っている。この国の、守の北の方も、参っているのだった。大した勢いなのを羨んで、この三条の言うことは、観音様には、他の事は、御願いしません。私の、姫様を、大弐の北の方でなければ、この国の受領の北の方して差し上げますように。三条らも、それなりに、出世して、お礼いたします。と、額を手に当てて、一心に祈るのである。
右近は、縁起でもないことを言うと、酷く田舎じみてしまったようですね。中将さまは、昔の御声望でも、どんなにしていらっしゃったか。今は、それ以上に、天下を御心のままに、なさっている大臣さまです。親子であられるのに、こちらさまが、受領の妻になるなんて。と言うと、三条は、いえいえ、止めてください。大臣とかも、暫く、置いてください。大弐の御宅の奥方が、清水のお寺、観世音寺に御参りなさったときの勢いは、帝の行幸に劣っていましたでしょうか。本当に嫌なことと、言って、一層、手を下ろさずに、一心に祈るのである。

大悲者
大慈悲者という意味で、観世音菩薩をいう。

ここで言う、中将とは、昔の源氏の位である。
いつかはしき御中、とは、いかめしい御間柄、親子であるということ。

ここでは、下女である、三条の心意気が、書かれている。
大臣などという、位は、信じられない、想像できないのだ。




posted by 天山 at 00:41| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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