2012年05月28日

もののあわれについて562

住みつくべきやうもなきを、母おとど明暮嘆きいとほしがれば、豊後「何か、この身はいとやすく侍り。人ひとりの御身に代へ奉りて、いづちもいづちも罷り失せなむに咎あるまじ。われらいみじき勢ひになりても、わが君を、さる者の中にはふらし奉りしては、何心地かせまし」と語らひ慰めて、豊後「神仏こそは、さるべき方にも導き知らせ奉り給はめ。八幡の宮と申すは、かしこにても、参り祈り申し給ひし松浦・箱崎同じ社なり。かの国を離れ給うとても、多くの願立てて申し給ひき。今、都にかへりて、かくなむ御験を得て、罷り上がりたると、早く申し給へ」とて、八幡にまうでさせ奉る。そのわたり知れる人に言ひ尋ねて、五帥とて、早く親の語らひし大徳残れるを、呼びとりて、まうでさせ奉る。




都に住む手立てのないことを、母が朝に夕に嘆き、申し訳ないと、気の毒がるので、豊後が、なあに、私は何とも思いません。姫君御一人にお代わりして、どこへなりと、流れて行き、行方も知れずになっても、誰も何も言いません。私たちが、豪奢な身になっても、姫君を、あんな者どもの中に置いては、どんな気持ちがしましょうか、と、言葉を尽して語り、安心させる。神仏こそは、こんな時に、良いようにしてくれるでしょう。近い所で、八幡宮と申すのは、向こうでも、参ってお祈りした松浦と箱崎と、同じ神社です。あの国を離れる時も、沢山の願いを立てて、お祈りいたしました。今、都に帰り、そのお陰を頂いて、都に上れましたと、早くお礼をおっしゃいませ、と言って、八幡に、お参りさせるのである。
その辺りのことを知る人に、色々と尋ねて、五帥の中に、ずっと以前に付き合いのあった、高僧が、まだ生きているので、呼んで来て、お参りさせる。

まうでさせ奉る
お参りを申し上げる。
つまり、敬語の複雑な言葉になるので、お参りさせて差し上げる・・・とか・・・
今では、使えない、敬語のあり様である。

さる者の中にはふらし奉り
さる者とは、監ような者で、はふらす、とは、落ちぶれるという意味で、その中にいれば、落ちぶれるというのである。

八幡の宮とは、石清水八幡宮のこと。




豊後「うち次ぎては、仏の御中には、長谷なむ、日の本の中には、あらたなる験あらはし給ふと、唐土にだに聞えあんなり。まして、わが国のうちにこそ、遠き国の境とても、年経給ひつれば、わが君をばまして恵み給ひてむ」とて出だし立て奉る。ことさらに、徒歩よりと定めたり。ならはぬ心地にいとわびしく苦しけれど、人のいふままに、物も覚えで歩み給ふ。「いかなる罪深き身にて、かかる世にさすらふらむ。わが親、世になくなり給へりとも、われをあはれと思さば、おはすらむ所に誘ひ給へ。もし世におはせば、御顔見せ給へ」と仏を念じつつ、ありけけむさまをだに覚えねば、ただ親おはせましかば、とばりの悲しさを嘆きわたり給へるに、かくさしあたりて、身のわりなきままに、とりかへしいみじく覚えつつ、からうじて、椿市という所に、四日といふ巳の時ばかりに、生ける心地もせで、行き着き給へり。




豊後は、次に、み仏の中では、長谷が、日本のうちで、あらたかなご利益を得られると、唐土まで評判になっています。わが国のうちで、遠い辺鄙な所といえ、長年過ごしていらっしゃるのだから、姫君は、一層の、お助けがありますでしょう。と言い、初瀬に立たせて差し上げる。
わざと、歩いて行く事に決めた。慣れない身には、とても情けなく、苦しいが、人の言うままに、夢中でお歩きになる。
姫は、どのような罪深い身で、こうした辛い世間をさ迷っているのだうろか。母様は、この世に、いないとしても、私を可哀相だと思うなら、居られる所に、お連れ下さい。もし、生きているならば、お顔を見せてください、と仏に祈りつつ、昔の面影さえ思い出せず、ただ、母様がいればと、悲しく思い続けているが、この、差し当って、今の難儀に、改めて辛く思いつつも、やっとのことで、椿市という所に、四日目の、巳の刻頃に、生きた心地もせず、辿り着いたのである。

突然、姫が、主語の文になるのである。




歩むともなく、とかく繕ひたれど、足の裏動かれず、わびしければ、せむ方なくて休み給ふ。この頼もし人なる介、弓矢持ちたる人二人、さては下なる者、童など三四人、女ばらある限り三人、壺装束して、ひすましめく者、古き下衆女二人ばかりとぞある。いとかすかに忍びたり。大御明の事など、ここにてしくはへなどする程に、日暮れぬ。家あるじの法師、「人やどし奉らむとする所に、何人のものし給ふぞ。あやしき女どもの、心に任せて」とむつかるを、めざましく聞く程に、げに人々来ぬ。




歩くのでもなく、あれこれと、手当てをしたが、足の裏が傷み、動かれない。我慢できずに、仕方なく、お休みになる。
この頼りにしている、介と、弓矢を持った者二人、それに下男や童などが、三、四人、女たちは、皆で、三人、壺装束をして、ひすまし風の者のほか、年寄ったはした女二人ばかりが、一行である。
とてもひっそりと人目を避けて、来ている。お灯明の準備などを、ここで予定以上に整えているうちに、日が暮れた。宿の主人の法師は、他の方を泊める積もりなのに、どなたがおいでいなのか。けしからぬ女どもが、勝手なことをして、と文句を言うのを、嫌な気持ちで、聞いていた。そうすると、人々がやって来た。





これも徒歩よりなめり。よろしき女二人、下人どもぞ、男女かず多かんめる。馬四つ五つ牽かせて、いみじく忍びやつしたれど、清げなる男どもなどあり。法師は、せめてここに宿さまほしくして、頭掻き歩く。いとほしけれど、また宿りかへむも様あしく、わづらはしければ、人々は奥に入り、外に隠しなどして、かたへは片つ方に寄りぬ。軟障など引き隔てておはします。この来る人も恥づかしげもなし。いたうかいひそめて、かたみに心使ひしたり。




この人たちも、歩いて来たようだ。卑しからぬ女が二人、供の者も男女数多くいるらしい。馬を、四、五ひかせて、特に目立たぬようにしているが、身綺麗な男などもいる。法師は、どうにかして、ここに泊まらせたい様子で、頭を撫でつつ、おろおろしている。気の毒に思うが、宿を変えるのは、大変で、面倒なので、人々は、奥に入ったり、他の部屋に隠れたりして、残りは、隅のほうに寝る。襖などを間に仕切り、姫がいらっしゃる。新しく来た人も、気を使うような相手でもない。とても、ひっそりとして、互いに、遠慮しているのである。

ここが、名場面となるのである。
この、相手が、姫の母である、夕霧に仕えた、右近である。
玉葛の一つのクライマックスなのだ。




posted by 天山 at 00:08| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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