2012年05月06日

国を愛して何が悪い7

韓国は、文明国のなかで独自の文字創出がもっとも遅かったこともあり、世界各国の文字を参考にして、集団的創作によって表音文字の創出をしたと思われる。
黄文雄

唐の時代から、日本の仮名文字、西夏文字、契丹文字、女真文字、パスパ文字、アラビア文字、突厥文字、ウイグル文字、チベット文字、インドの梵字などのサンスクリット系の文字が流入していた。

ハングルは、それらを参考にしたのである。

なぜ朝鮮だけが独自の民族文字をつくるのに、こんなに時間がかかったのだろうか。それは、千年属国の伝統を墨守し、事大主義に徹していたため、創造性に欠けてしまったからだ。また、中華帝国の誤解や嫌悪を避けるためでもあっただろう。
黄文雄

ところが、作った、ハングル文字は使わず、公文書は、漢文で書かれた。
宗主国への遠慮からであろう。

世宗が三年をかけてハングル28文字を作った時に、両班、ヤンバンから猛烈な反対が起きた。
その一人である、崔万理の反対理由は、実にくだらない、屁理屈である。
日本やモンゴル、チベットなどには独自の文字があるが、それは野蛮な地域だからだ。我々が独自の字をもったら、彼らと同様に野蛮人になってしまう。そのうえ、我々は中国を宗主国として仰いでいるのだから、新しい文字をつくることは中国からしてみれば謀叛であり、怒りを買う恐れがある。

属国精神から、抜け切れないのである。

更に、ハングルの使用には、中華王国の是認が絶対不可欠な条件だった。
世宗の側近も、猛反対したのである。

韓国の若者は、このような歴史を教えられているのか。
自分たちの、先祖が、中華帝国に対して、どれほどの、権威を見ていたか。

結果は、ハングルは、婦女子専用になった。
無学な庶民が用いるという。

日本の漢字カナ混じり、そして、平仮名の登場でも、最初は、女物であった。
が、それを使い、日本の心情を縦横無尽に書き付けた、世界初の小説、源氏物語がある。

更に、和歌は、すべて平仮名によって、詠われた。

公文書は、漢字でも、日本人は、うまく使い分けしたのである。
文学・・・漢字カナ混じり、そして、平仮名である。

15世紀に創出された、ハングルが正式に使用されはじめ、そして、ハングルという名称が考案されたのは、20世紀に入ってからである。

恐ろしい蒙昧は、これだけではない。

李朝までの朝鮮では、両班が使う漢字が貴く、国語である朝鮮語は愚民の言語として、蔑視された。

更に、正音庁に所蔵されていた、諺文口訣、日本の送りカナに似た読み方の記号などは、10代の燕山君によって、ことごとく、焼き払われたという。

1504年、学問の府であった、成均館が遊蕩の場とされてしまい、ハングルの教授と学習が禁止された。
正音書籍を燃やし、ハングル使用を厳禁とし、正音を使用しているのを知っていながら告発しないような場合まで、罪としたのである。

次ぎの、中宗は、1506年に即位する同時に、諺文庁までも、閉鎖し、ハングルは、完全に廃止されたのである。

ハングルが、再びこの世に、出るのは、日帝36年の朝鮮総督府時代を待たなければ、ならなかった。

朝鮮事情を書いた、ダレ神父の中に象徴されている。
中国と朝鮮の間には、学問研究と科挙において二つの明確な相違点がある。その一つは、朝鮮における学問はまったく民族的なものではないという点である。読む本といえば中国のもので、学ぶ言葉は朝鮮語ではなく漢語であり、歴史に関しても朝鮮史はそっちのけで中国史を研究し、大学者が信奉している哲学体系は中国のものである。
写本はいつも原本より劣るため、朝鮮の学者が中国の学者に比べてかなり見劣りするのは、当然の帰結である。
これよりもっと大きなもう一つの差異は、朝鮮では自らの特権に過度に執着し、特権維持のために絶対権力を発揮する多くの両班が、国王と人民との間に存続している点である。

現在の、韓国人若者たちは、これを学んでいるのだろうか。

私は、色々な国に出掛けて、韓国人たちが、国旗を振り回し、太鼓を叩き、韓国人であることを、矜持する行為を見ているが、彼らは、自国の歴史を、真っ当に学んではいないと、思う。

学んでいれば、もっと、謙虚であるはずだ。

日本が、敗戦してから、勝手な歴史解釈を、子ども達に教えて、奇想天外な韓国史を、作り上げたのだろうと、思えるのである。

その先祖たちは、
朝鮮の学者たち自身も、自国の文献に何ら信用を置いておらず、また決して研究対象にする事なく、中国の歴史書だけを読むことにしている。
ときどき朝鮮語で書かれた簡略な歴史本に出くわすこともあるが、それは婦女子の気晴らし用の真偽取り混ぜた奇譚集に過ぎない。学者たちはといえば、それを開いて見ることさえ恥辱だと思っている。
ダレ神父

また、別な人も、
朝鮮人は自分の固有のハングル文字を軽蔑して、中国文字である漢字のみをひたすら尊重するおかしな国民である。

こんな国だったことを、韓国人は、知っているのだろうか。
そして、それを、尊重するように、指導した、日本のことを、知っているのか。

日本は、朝鮮の文字を奪ったなどという、全く、逆のことを、平然と言う。
度し難い国と言われても、反論できないだろう。

朝鮮民族は、大切な一つの民族である。
だが、世界に、多く民族が存在する。
今のまま、朝鮮、韓国が、世界史のはじまりだ・・・・
などという、蒙昧な言葉は、慎むべきであり、謙虚になるべきである。

朝鮮と、日本は、長い付き合いが、ある。
それだけでも、歩み寄り、友情を深めることが、新しい時代の精神となる。

時代性と、時代精神を忘れると、先に進めないのである。



posted by 天山 at 00:23| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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