2012年05月01日

もののあわれについて557

幼きここちに、母君を忘れず、折々に、玉葛「母の御許に行くか」と、問ふ給ふにつけて、涙絶ゆる時なく、女どもも思ひこがるるを、船道ゆゆし、と、かつはいさめけり。面白き所々を見つつ、「心若うおはせしものを、かかる道をも、見せ奉るものにもがな。おはせましかば、われらは下らざらまし」と、京の方を思ひやらるるに、かへる波もうらやましく、心細きに、ふなごどもの荒々しき声にて、「うら悲しくも遠くに来にけるかな」と、謡ふを聞くままに、二人さし向ひて泣きけり。




幼い心に、母親を忘れず、何かの時に、お母様のところへ行くのと、尋ねるにつけて、涙の絶える間もなく、娘たちも、女君を慕うのを、船旅に不吉だと、涙を抑えて叱るのだった。美しい風景をあちこち見ながら、気の若い方だった、こうした所を見せることが出来れば。生きていられれば、私どもは、筑紫などへ下りはしない、と、京のことが思いやられて、寄せては返す波までも、羨ましく、心細くなる時、舟子どもが、荒々しい声で、うら悲しくも、遠くに来にけるかな、と、歌うのを聞くなり、娘二人は、差し向かいで、泣くのだった。




船人も たれを恋ふとか 大島の うら悲しげに 声の聞ゆる

来し方も 行方も知らぬ 沖に出て あはれいづくに 君を恋ふらむ

ひなの別れに、おのがじし心をやりていひける。




船頭も、誰を恋しく思うのか。大島の浦で、裏悲しい歌声が響く。

来た方向も、行方も、分からない海原に出て、本当に、どちらに向かい、あの方を恋うているのか。

辺鄙な所に来た寂しさで、それぞれが、慰みに言う。




金の御崎過ぎて、「われは忘れず」など、世とともの言ぐさになりて、かしこに至り着きては、まいて、遥かなる程を思ひやりて、恋ひ泣きて、この君をかしづき物にて、明かし暮らす。夢などに、いとたまさかに見え給ふ時などもあり。同じさまなる女など添ひ給うて、見え給へば、なごりここちあしく、なやみなどしければ、なほ世になくなり給ひにけるなめり、と思ひなるも、いみじくのみなむ。




金の岬を過ぎると、私は忘れません、などと言うのが、明け暮れの言い草になり、かの地に着いてからは、ひとしお、遠く離れたことを思い、慕い泣く、この若君を主人として、日を過ごした。夢などに、稀に、女君が見えることもある。同じような姿の女の方などが、傍にいる夢を見るので、覚めた後は、気分が悪く、病気になったりするので、矢張り、お亡くなりになったらしいと、思えてくるのが、たまらいのである。

金の岬とは、現在の福岡県、玄界灘町にある。岬の向こうに、大島がある。




少弐任はてて、のぼりなむとするに、遥けき程に、ことなる勢ひなき人は、たゆたひつつ、すがすがしくも出で立たぬ程に、重き病して、死なむとするここちにも、この君の十歳ばかりにもなり給へるさまの、ゆゆしきまでをかしげなるを見奉りて、少弐「われさへうち捨てて奉りて、いかなる様にはふれ給はむとすらむ。あやしき所におひ出で給ふもかたじけなく思ひ聞ゆれど、いつしかも、京に率て奉りて、さるべき人にも知らせ奉りて、御宿世に任せて見奉らむにも、都は広き所なれば、いと心安かるべし、と思ひいそぎつるを、ここながら命たへずなりぬること」と、うしろめたがる。男三人あるに、少弐「ただこの姫君京に率て奉るべき事を思へ。わが身の孝をば、な思ひそ」となむ言ひ置きける。




少弐は、任期が終わり、京へ、上ろうとする。遠く離れたところで、たいした勢いもない、この人は、ぐずぐずして、すぐに出発しないうちに、重い病気にかかって、死にそうになりつつも、この若君の、十歳ばかりになった、お姿の、こわいほどに美しい様子を拝して、私まで、見捨ててしまい、どのような姿で、さ迷うことになるだろうか。片田舎で、御成人になるのも、勿体無く、思う。早く、京にお連れして、知らせるべき方に、知らせ、御運に任せて、お世話をしようと思うが、都は広く、田舎に連れたことは、わかるまいと思い、仕度をしていたのに、この地で、命が尽きてしまうとは、と、気にしている。男の子が三人いるのに、何よりも、この姫君を、京にお連れすることだけを、考えるのだ。私の葬式のことなど、気にするな、と遺言するのである。

わが身の孝
亡くなった人の、回向、葬式などのこと。




その人の御子とは、たちの人にも知らせず、ただ、孫の、かしづくべき故あるとぞ言ひなしければ、人に見せず、限りなくかしづき聞ゆる程に、にはかに亡せぬれば、あはれに心細くて、ただ京の出で立ちをすれど、この少弐の、中悪しかりける国の人多くなどして、とざまこうざまにおぢ憚りて、我にもあらで年を過ぐすに、この君、ねび整ひ給ふままに、母君よりもまさりて清らかに、父大臣の筋さへ加はればにや、品高く、うつくしげなり。心ばせおほどかに、あらまほしうものし給ふ。




これこれの人の、お子様だとは、邸の誰にも知らせず、孫で、大切にするわけがあると、言い繕い、人には、見せず、この上なく大切に、育てているうちに、少弐が亡くなり、悲しくて、心細く、ひたすら、上京の仕度をするのであるが、この少弐と、仲の悪かった、土地の人が大勢いて、あれやこれやと、怖くて、気が気でないままに、年を送る。この姫君は、大きくなるにつれて、母君よりも、一層美しく、父大臣の血を引いているせいか、気品があり、可愛らしい。気立ても、鷹揚で、理想的な方でいらっしゃる。

姫君の乳母の目である。
いよいよ、この物語が、これから展開してゆく。
源氏物語の、もう一つの流れ、玉葛系の物語である。



posted by 天山 at 01:01| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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