2012年05月11日

神仏は妄想である。366

神道の自然に対する思いに関して、書いている。
そこで、ミル、スピノザを引いて、如何に、かの国の言葉の世界と違うのかということを、証明してきた。

結果、神道は、言挙げ、つまり、言葉にすることなく、何度も言うが、所作によって、成り立ってきたのである。

自然は、かしこく、おそれおおい、もの、という思いを、ただ、所作にした。
そして、祭りに託して、農民は、豊穣を土に祈り、漁民は、わだつみに、祈り・・・
すべてを、神として・・・
いや、神という概念もなく、自然を、尊ぶものとして、所作にして表してきた。

これから、スピノザの聖書の解釈について、という、箇所を読むことにする。
というのは、言葉で、語り尽くすという行為には、必ず、このような批判が、多く起こるということを、言うためである。

言葉にすると、後々で、言葉遊びに始終するのである。
そして、それに権威を付与するという、人間の性。

宗教の功罪も、そこにあり。

すべての人は、口では、聖書は神の言葉であって人間に真の福祉や救霊への道を教えるものであると言っている。しかし彼の行いの示すところは口で言うのと全く別である。
スピノザ

何事もそうだが、口で言うことと、行為することが、全く別物というのは、聖書解釈だけではない。
人間とは、そういうものなのであると、得心することだ。

実に民衆は聖書の教えに従って生きることなどまるで念願に置かないように見える。そして余の見るところでは、ほとんどすべての人が、自分の妄想に過ぎないものを神の言葉であると称し、宗教の口実のもとに他の人々を自分と同じ考えに強制することをのみこれ努めている。
スピノザ

とても、激しい、否定と、攻撃である。
既存の思想、そこから生まれる、行為行動に対して、批判するということは、このように、激しいものになる。
主イエスでさえ、殺されるほどの、激しい否定と、批判を繰り返したのである。

次のスピノザの言葉は、今も、その通りである。

あえて言う、余の見るところでは、神学者たちはおおむね、如何にして自分の思い付きや自分の独断を聖書に依ってこぢつけるか、如何にしてそれを神的権威に依って守るかということに心を砕き、聖書や聖霊の精神を解釈するに当っては何をするにもまして軽率かつ大胆にやってのける。
その際もし彼らの心配することがあるとすれば、それは聖霊を誤って解釈して救霊への道からそれはしまいかということではなくて、ただ自分の誤りを他人に指摘されて自分自身の権威を落とし、他の人々の侮蔑の的になりはしないかということだけである。
スピノザ

聖書自体の本質ではなく、我の、権威に心を砕く。
それが、言葉の世界にある、人間の姿である。

言葉にして、発言することで、賞賛される・・・それが、言葉を扱う人の、願いである。それが、誤りでも、いいのである。

だから、
もし人々が聖書について証言するところのことを真に心の底から言っているのだとしたら、人々は今と全然違った生活の仕方をしたであろうし、あれ程多くの闘争で心を激昂させることもなく、あれ程多くの憎しみで相互に争うこともなかったであろう、又聖書を解釈して宗教の中に何か新奇なことを考案しようというあれ程盲目的な、あれ程向こう見ずな欲望にひきずられることもなく、反対に、聖書が最も明瞭に教えることをのみ聖書の教えとして認めたであろう。
最後に又、聖書をその幾多の個所において改竄することをあえてするあの瀆神の徒たちはそうした罪深い行いを止め、彼らの不信の手をそうしたことから引っ込めたであろう。
スピノザ

このように、言葉の世界で、語り尽くせない世界を言葉にすると、結果、このような、主イエスや、スビノザのような、徹底批判が起こるのである。

そして、それは、余りにも、見え透いている。

宗教戦争に明け暮れた西欧の時代。
それは、解釈の違いで、戦争に明け暮れたのである。

そして、何と、勝った者が、その教えに勝利するという、仰天である。
真なるものではなく、力によるもの。
それは、もう、宗教とは、言えないのである。
だが、西欧は、一時期それに、明け暮れた。

恐ろしい、蒙昧である。

然るに野心と冒瀆の横行するところ、遂に宗教は聖書の教えに服従するとこではなくて人間の妄想を擁護することにあるの観を呈している。否、宗教は愛に存せずして人間の間に不和の種を播いたり、激烈な憎しみ「これを彼らは聖なる熱意、烈しき献身と僭称する」を広めたりすることに存するとみられるに至っている。
これらの悪にかてて加えて迷信なるものがある。迷信は人間に理性と自然とを軽蔑し、この両者に矛盾することをのみ嘆賞し尊敬するように教える。だから人々が聖書を益々嘆賞し、尊敬するために、聖書をこの両者―――理性と自然とーーーに最も矛盾するが如く解釈しようと努めるのも不思議ではない。
スピノザ

とんでもない、世界に導いてしまう、解釈の妄想を言う。

それが、言葉の世界を主体とした、西欧の大罪なのである。
言葉にすべきものと、言葉にすべきものではないことを、知らない。

東洋の思想を理解する際に、西欧の人は、極めて迷う。
言葉に出来ないものを、言葉にしないからである。

日本の、言霊と、言葉は神であるという思想を持つ彼らとは、天地の差がある。
それは、説明すれば、同じようになる。
言霊は、言葉自体が動く神である。
言葉は神である。
同じようだが、違う。

根本から違うのである。



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2012年05月12日

神仏は妄想である。367

スピノザは、聖書の解釈をして、自然を観察しない、彼ら、神学者にまつわる者たちに、徹底的に、反論している。

これは、西洋の哲学の常識である。
批判と、反論から成る、言葉の世界である。
だから、日本は、明治期に、それを徹底して、学んだ。

それは、良いことだった。
しかし、それに捉われるようになり、堕落した。
日本の精神が、堕落したのである。

つまり、日本には、思想が無い・・・
言挙げしない、文化だとは、知らないのである。

そして、言葉にしない、文化というものの、偉大さを忘れた。

かくて彼らは聖書の中に深遠な秘義が隠されていると夢想し、他の有益なことどもはさて措いてこうした不条理なものを探求することに精魂をつくす。そして彼らはその妄りに虚構するところをしげく聖霊に帰し、これをあらゆる暴力・あらゆる情熱をもって擁護しようと努力する。
何故なら人間というものは、純粋知性によって考えることはもっぱら知性と理性によってのみ擁護し、これに反して情熱によって信ずることは情熱によって擁護するように出来たものだからである。
スピノザ

これは、宗教全般に言えることである。
情熱だけで、信じる人たちは、情熱だけで、妄想に浸り、他者を、その情熱で引きずり込むのである。

全く、宗教には、知性と理性の欠けらもないという、妄想に駆られるのである。

こうした混迷から逃れ、神学的諸偏見から我々の精神を解放し、人間の妄想に過ぎないものを神の教えと軽信することのないようにするために、我々は聖書を解釈する真の方法について論じ、これを充分説明しなければならぬ。
スピノザ

要約して言えば、聖書を解釈する方法は自然を解釈する方法と異ならないのであり、むしろ完全にそれと合致するのである。
スピノザ

これは、当時としては、画期的な提言である。

聖書がまずあり、それから、自然ではないのである。
自然の解釈が、聖書の解釈と同じであるという。

聖書と自然とを、同じ位相に置くのである。

つまり、聖書の神とは、自然と同じく解釈するということである。
これは、どういうことか。
それ以前の、神学的考察を完全否定することである。

自然が神に造られたのであるなら、当然、自然を観察して、そこに、神の存在を見るということ。
ここに至ると、神道に似る。

神道は、自然が神と、明確にしているのである。

スピノザは、それに進んで、聖書の神というものに対する、理解という。
一神教の考え方は、捨てていないのである。

何故なら自然を解釈する方法がもっぱら自然の歴史を総括し、確実なる所以としてのその歴史から諸処の自然物に関する定義を結論するにあるように、丁度そのように、聖書を解釈するには先づ聖書の真正な歴史をまとめあげ、確実な所以ないし原理としてのその歴史から聖書の著者たちの精神を正しき帰結によって結論するということが必要であるからである。
スピノザ

聖書の会社は、歴史的教養を持って当るべき。
それは、自然を解釈するのと、同じである。

当たり前のことなのだが、当時としては、画期的な提案だった。

まず、聖書ありきではない。
その勝手な解釈ではない。
自然を観察するように、聖書の歴史的背景を鑑みて、解釈すべきであるというのである。

現代で、行われる聖書解釈である。

それが、唯一の道であると、スピノザが言う。

極めて、合理的な聖書解釈の道を示したのである。

スピノザは、それから唯一の神としてある、聖書の神について、云々となる。
この、唯一の神という、観念から、抜けられなかったのが、西洋思想の源流である。

西洋思想は、この唯一との、対決であった。
日本には、それが無い・・・
だから、日本の思想は、云々という人たちがいるが、全く違う。
その源流が違うのである。
その違いを見ずして、西洋思想と、日本の伝統を比較検討すること自体が、誤りである。

それも、スピノザが言うように、である。

その歴史的背景が違うのである。
ようやく、それに気付きはじめた人々がいる。

源流と立場が違えば、相違という、哲学的考察が出来る。
それが、本当の哲学のはじめである。

更に、言葉の、観念自体も違うのである。
あちらの言葉の観念で、こちらの言葉を解釈することは、出来ないのである。

だから、翻訳という、作業は、その相違との戦いである。
翻訳すること自体に、哲学的行為がある。

だが、世界の書物の大半が、日本語に翻訳されている事実は、何を語るのか。
それは、日本語にて、語ることが出来るということである。

それほど、日本語には言葉の観念と、定義が西洋思想を取り入れることによって、豊になったといえる。

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2012年05月13日

神仏は妄想である。368

神の存在と、その神聖性は、奇跡から証明されない、という、スピノザを見てきた。
まさに、当時のユダヤ人、及び、聖書研究、解釈に対する、堂々たる、否定である。

それでは、奇跡は、何故起こるのか・・・
スピノザは、奇跡は無いと、断言する。
それは、自然を観察すれば、理解できることであると。

では、新約聖書の中に書かれる、イエスの奇跡物語は、どうするのか・・・
それについては、聖書の出来かた、その成り立ちについて、別に書く。

スピノザは、後に、カトリックに取り入れられて、利用される。
だが、カトリックも、充分に咀嚼していないのである。

未だに、奇跡を求めているのである。
何せ、カトリックの聖人認定には、奇跡がなければ聖人として、認定されないのである。

更に、聖母マリアの出現・・・
これも、理解に苦しむところである。
ルルドの泉は、世界的に知られた場所であり、今も、奇跡が行われるという。
そして、それを求めて、多くの信者が、巡礼に向かう。

神道には、それが無い。
神様に、願い、病が治った程度である。
だが、それは、それなりに治療して、快癒しても、そうして、神様に、お礼をするという。

神道は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教とは、違い、超越した、神という存在を置かない。置く必要がないのである。
何故なら、神といわれる、存在が、実に実態のある存在なのである。

超越しているのではなく、すぐ傍に存在する。
例えば、天照大神は、皇祖の神である。

そして、この、神という言葉の、観念も違う。
それを一緒くたにして、論じることは出来ないのである。

日本には、唯一神が存在しない。だから、神不在であるとは、カトリック信者であった、作家の言葉であるが、実に、呆れる発言である。

初めから、日本には、唯一の神という、観念が無い。
そして、必要がなかった。
自然が、神なのである。

もっと、言えば、神そのものを見ていたのである。
だから、言葉の世界における観念は、無い。

ただし、全く、神道が、その思想を書かなかったのかといえば、違う。
それは、それは、大枚な、思想を書き続けているのである。

古神道について書く時に、それを紹介する。

スピノザが、聖書解釈と、自然との対比において、同然だというのが、当時の、眼目であったという。

それ以前は、神が主体で、自然は、その被造物として、解釈されていたのだ。
だから、奇跡は、自然を超越していて、そこには、神の介入があるという、解釈が生きていたのである。
それを、妄想であると、判断した、スピノザの勇気は、賞賛に値する。

更に、スピノザは、それを推し進めて、聖書解釈には、自然と同じように、解釈することは、聖書の記述された、歴史が如何なるものであるかを、それが、専ら、どんなものを含むのかという、前進を見せたことである。

現代の聖書研究では、当たり前のことを言うのである。

自然の種種雑多な出来事から諸諸の自然物に関する定義を導き出さねばならぬように、丁度そのように、聖書における諸事物の定義もまた個々の事柄に関して聖書の中に見られる種々雑多な記録から導き出されねばならぬ。
スピノザ

そこから、具体的に、スピノザが解説してゆくのである。

それは、次の機会に譲ることにする。
私は、神道の自然観というものを、紹介している。

西洋の思想が、唯一の神との、対座によるものであることは、充分に理解できた。
それでは、神道の場合は、唯一という、考え方ではなく、多々、自然を通して、人間と共に、ある、特別な存在としての、神意識である。

超越していない、共生してある存在。
全く、西洋の神意識とは、別物である。

更に、神道の神意識は、呼び出せば、即、応答する神意識である。
何故なら、目の前に存在するからである。
更に、それを特別に、お祭りするには、その場を造り上げて、そこに鎮座して頂くという、感覚、意識である。

また、ご神体として、樹木や、石、更には、山そのもの、などを、神として、取り扱うである。

そこには、注連縄を張れば、それで、終わる。
結界である。
それ以上は、神の世界であるという、意識である。

そして、言葉の世界は、無いが、所作がある。
神に向かう際の、所作が明確にしてある。

身を清めて、対座する。
更に、直接に言葉を述べてもいいのである。

祝いの言葉を述べて、神との、交流を図る。
神が、そこに、降臨するという意識で、共に、酒を飲み、共に食べ物を頂くという、感覚である。

神道のみならず、多くの民族的行事の中に、それが、見出される。
神とは、人と共にある存在だという、意識である。

姿は、見えずとも、神の威徳、威光を、感じられるのである。
見事な感性である。

だが、現在の神社神道においては、単なる、儀式と化しているのは、否めない。
所作に、堕落しているのである。

更に、神社という、建物に、依存し、堕落するのである。
そこには、満ち満ちる神の、威徳、威光も無い。

あるのは、神主の、マンネリ化した、堕落のみである。


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2012年05月14日

神仏は妄想である。369

西洋の自然観を、ミル、スピノザによって、少し垣間見た。

ただ今は、神道の自然観であるから、一応、神道の自然観の屁理屈ではなく、そのままを伝える。

高御産巣日神、たかみむすびのかみ
神産巣日神、かみむすびのかみ

造化神、天之御中主神、あめのみなかぬしのかみ、の次ぎに現れる神である。

そこで、学者、宗教家の、妄語は、取り上げない。
本居宣長にせよ、その後の、大本教にせよ、大本教から、数多く出た、新興宗教の教組たち、例えば、世界救世教、生長の家などの、解説、解釈は、批判の対象にも、ならない。

勝手な解釈、勝手な、妄想である。

あれほど、語るということは、神道のことを知らない。
それよりも、大和言葉について、無知なのであるから、取り上げることはしない。

私が言うのは、むすびの神とは、働きのことをして、神と呼ぶ。

生まれるのも、むすび、であり、成長することも、むすび、である。
自然は、その、むすび、に溢れている。

折口信夫も、大変興味深いことを言うが、それも、思いつきである。
それが、アカデミズムにて、ご大層な説として、通るのは、彼が、有名な学者であるから。
ただ、それだけ。

自然は、むすび、に、溢れていると、古代人は、感じたのである。
そして、自然の働きを、むすび、と称して、以後、一切を語らない。

それを、産土神、うぶすなのかみ、として、お祭りした。
自然の働きを、神として、お祭りし、感謝した。

事は、単純明快である。

そして、自然は、人知では、計り知れないゆえに、それを霊の働きと受け入れたのである。

それで、神という、尊い称号で呼ぶことになる。

だが、超越した存在ではない。
人間も、かみ、といえば、守、監、神といい、テリトリーを守り支配するものという意識である。

人間より、上の自然の働き、それを神として、尊びお祭りする。
それが、村祭り、海祭り・・・
自然のあるところは、無いのであるから、至る所で、祭りが行われた。

それは、極めて、信仰の所作に見えるが、信仰ではない。
挨拶である。

尊いものに対する、挨拶であるから、信仰とは、違う。
日本人には、信仰という、邪魔なものは、必要ない。

何せ、自然は、隣どころか、その中に包まれて暮らして生きているのである。
自然との、共生、共感以外の何ものでもない。

これに、特別な意味をつけるということは、邪心である。

折口信夫は、
産土の神は、天照大神の系列とは系列がちがうので、その点をはっきりしておかないと、考えが行き詰まってしまう。
という、それは、縁結びの神のことである。
その、縁結びの神と、産土の神は、別物であるという。

産土の神に対する信仰が、薄くなり、その後、縁結びの神の信仰が、入ってきたので、この両者は、別にして、話さなければならない。
と、どうでもいいことを言う。

霊学から言えば、縁結びの神とは、産土神の眷属である。

折口は、産土の信仰が消えたという前提で、話を進めているが、全く、違う。
産土神の信仰は、最初から無いのである。
何故なら、一緒であるから、意識せずとも、いいのである。

生きていること、自体が、産土の行為である。

人間が生まれて存在していること、が、産土であり、自然の働きも、産土の行為である。

古神道を名乗る、大本教をはじめ、そこから、派出した、多くの新興宗教の教組が語ることは、単なる妄想である。
よく解らない信者を、言葉遊びで、騙しているのである。

意味づけ・・・
それによって、如何に信じる者が、騙されるか。

むすぶ、とは、掬ぶとも書く。
ここから、折口は、この掬ぶという、文字にかけて、新発見のようなお説を語る。

水を掬ぶは、信仰的に言うと、人間の身体の内へ霊魂を容れる・霊魂を結合させるということらしい。

ことらしい・・・
そして、大そうなことを語る。

つまり、水の中へ霊魂を容れて、それを人間の身体の中へ容れるというのが、産霊の技法だったことになり、そういう意味で、むすぶと言う言葉が、水を掬って飲む動作にも用いられているのである。
現在では、そうした産霊の精神的な内容は、失われてしまっている。
とのこと。

産土を、産霊と、書くことなど、作為的である。

失われてしまったのではない。
すでに、そういうことを、意識せずに、身につけたのである。

当たり前のこととして、身につけた。
それが、民族の精神のあり様である。
だから、信仰などという、言葉にしては、誤るのである。

所作を身につけたのである。

さて、神道でも、古神道でも、何故、言葉遊びに始終するようになったのか。
それは、中国からの、書物による。

最も、影響を受けたのが、道教である。
実に、訳の解らない、道教という、宗教か、屁理屈か・・・

600年代に、大量の書物が入っている。
その中に、道教、儒教の物、多数あり。

小野妹子が、遣隋使として、隋に出掛けたのが、607年であるから、その前に、大量に書物が入っているのである。
それらが、奈良から、平安にかけて、日本の言葉に、大きな影響を与える。

更に、生活にも、である。
その、道教というものを、少し見ておかなければ、理解できない。


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2012年05月15日

霊学58

パーソナリティの研究においては、攻撃開始の根拠地を見つけることがむずかしいために、そのほとんどは、すでに棄てられてしまっている、暗い荒れ果てた老朽理論の奇妙な陣立てに頼ることになる。
コーエン

日本の心理学愛好家たちは、それを無批判に取り入れて、騒ぎを大きくし、何ら、それを日本的に解釈しなかった。

今でも、賢い馬鹿たちは、老朽化した理論で、何やら言うのである。
そして、心理的には・・・

それに対して、コーエンは、明確に、
かなり気のきいた陣立てのうち二つのものは、全く簡単に「inter personal」という表現にハイフンがあるかないかによって、それと見分けることができる。「inter-personal」と「interpersonal」かである。
ハイフンで結ばれている・・・にあっては、人はおのおの個人的な行動の「法則」に支配され、そして事情によっては他者に関係をもつ、一つの自己充足的な存在であると考えられる。これはたんに、J、S、ミルのいう個人主義にすぎない。彼によれば、社会のなかの人間といっても、それは、個人的に人の法則に由来し、またこれに帰着させることのできるもの以上の性質をもつものではない。そしてこのようなドグマが、いわば独立独行の人間についての心理学の礎石を与えたのであった。
ハイフンのない・・・は、反対に、個々の人という概念は形而上学的なものであって、このような単一の存在についての経験的知識は得られないのだ、という態度をとる。
われわれは、単に人と人との間の関係について知りうるにすぎない。したがって、「interperson」から始めるべきであり、個人から取り掛かってはならないのである。
と、言う。

心理学が、何故起こりえたのか・・・
物理学、化学、地質学、数学、発生学、それと伝染病学、これらがおのおの心理学への刺激の源となったのである。
コーエン

経済学でさえも、その効用をもったのである。

心理学の歴史は、そのような類推に基づいた、着想の流れと考えられる。

だが、一つの領域で妥当する考えが、別の領域に影響を与えるようになるまで、時間的遅れがある。その時、すでに、その考えが、本家本元で棄てられてしまっていることがある。

日本の心理学者で、早くから、それに気付いていた一人に、岸田秀がいる。

パーソナルとは、日本語では、性格と言われる、
その、性格の傾向と対策・・・

性格分析が、いかにお粗末であるかは、知られた事実である。
大雑把なことを言えば、遠からず、当るのである。

占い師と、変わりないのである。

岸田秀のエッセイの中に、
要するに、性格とは当人の「大袈裟に言えば」世界認識における盲点を表しているのであって(したがって、もしすべてを見通す全知全能の神が存在するとすれば、彼は無性格であろう)すなわち、ポジティブなもの「実体」ではなく、ネガティブなもの「欠落」であって、彼には何が見えていないかを知ることが、彼の性格を理解する鍵である(そして、言うまでもないことだが、他人の性格を判断するわれわれ自身の世界認識にもどこかに盲点があるのだから、他人の性格を判断してその「歪み」を正してやろうとするのは、馬鹿が馬鹿を指導するようなものである)。したがって、ポジティブなもの「実体」ではない性格を、血液型とか、リビドーの内向または外向とか、いろいろな衝動の力関係とか、大脳皮質に形成された条件反応とかの実体的なものによって説明しようとするのは、何かが欠けていることでできている穴という現象を「穴とはいかなる物質でできあがっているのか。丸い穴の物質組成と四角い穴のそれとはどう違うか」という観点に立って研究しようとするのと同じであって、まさに荒唐無稽である。
と、ある。

これを、大真面目に、学問として、取り扱う人たちの、神経が知れないのである。
実に、神学に似た、妄想であるとしか、いいようが無い。

心理学を学ぶと、何かが、解った気分になるというのが、いい。
解った、つもりである。

そして、そこから、生まれる臨床心理士という、人たちも、解ったつもりで、人の悩みを聞いている。
そして、回復に向かいつつあるなどという、妄言を吐く。
本当は、彼らではなくても、誰でも、出来ることなのである。

要するに、話しを、よく聞く。
それだけで、人は、その人なりの、人に成ってゆくのである。

少しばかり、道に迷ったのであり、専門家といわれる人たちの、存在などは、いらないのである。

暇な、爺さん、婆さんでも、できるのである。

心理学の方法によって、立ち直ったという学者が、事例を書くが、治らなかった人の方が多いのである。

そして、治らなかった人は、二度と足を運ばないから、解らないのである。

昔、精神分析で、うつ病を治療するのに、どれほどの時間を費やしたか。
しかし、治らないのである。
ところが、坑うつ剤、一粒で、めきめきと、改善に向かった。

何のことは無い、脳内物資のゆえであり、いくら精神分析をしても、治るわけがない。
ただ、それに意味があるとしたら、暇をもてあました、金持ちの奥様くらいであろう。

そんな暇の無い人たちは、早々に、病院に行き、坑うつ剤を処方されて貰った方が上々である。

親はなくとも、子は育つ。
実に、明言である。

心理学がなくとも、人間は、成長するのである。
しかし、もし、心理学を学ぶとすれば、そこに、大海に船出するほどの、覚悟が必要であるということ。

常人には、出来ないことである。
いずれ、無意識について、書き始めるが、ユングは、狂う寸前までいった。
そして、その狂いを止めるために、東洋思想と、オカルトに目覚めた。

心理学というもの、単独では、知りえないものである。
つまり、心理学書だけでは、危ういのである。

人間の心などという、魑魅魍魎の巣に、入り込むなど、よほどの馬鹿でない限りは、しない。


posted by 天山 at 05:50| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

霊学59

心的事象を、物理的事象を支配しているのと同じような法則に従うものとして考え始めた人びとのなかに、トマス・ホップスがいた。ニュートン誕生の年、1642年に出された「市民論」のなかで、ホップスは次のように書いている。「だれしも自分にとって善なるものを追求し、悪しきものを避けるよう強いられているが、これは、石が落下しなければならないのと変わりないくらいの必然性によるものである。」このニュートン流の比喩的表現は、物理科学によって刺激された、心理学における以後の多くの類推に先駆であった。これらの類推の一つが、連合の原理を生み出したのである。こうしてこの原理は、初めから物理学における重力に対する心的な対応者として考えられてきたように思われる。
コーエン

その他、諸々の心理学の発生がある。
心理学が初めから、心理学としてあったのではないということ。

心理学は、生まれたてのものである。
しかし、それは、それ以前の学問の多くから、ヒントを得てきたものである。

心というものを捉えるには、古代バビロニアまで、遡ることが出来る。

最たる、古いものは、天文学的心理学である。
つまり、星占い・・・
今でも、星占いは、人間分析をしている。
分析に明け暮れて、星占いは、ついに、心理学と競合するようになり、しまいに、合体して、心理占星術とまで、至った。

それほど、心理学というものは、どうにでもなるものなのである。

コーエンを続ける。

心の力学、つまりその静力学や動力学という考えは、ヘルバルトによって心理学に導入された。彼は、観念とは、完全に自由な状態と完全に制止の状態との両極の間を移動できるものであり、そして常に自由の方向に向かおうとしているものであると考えた。重力が物理的力学の基本的原理であるのとちょうど同じように、心的力学の根本原理は観念の「運動」である。同じようなもくろみを抱いて、オストヴァルトは、エネルギー論の考えを人間の幸福についての科学的研究にまで拡張しようと試みた。
コーエン

このようにして、心理学を解体してみると、より一層、心理学の位置が明確になる。

単なる、思いつきの心理学が、いかに多いかがわかるというもの。
更に、ハウツー物による、適当な心理学の著書の数々である。

占いと同じように、当るか、当らないか・・・
これでは、終わっている。
しかし、真面目にそのようなことを、大学などで、教えている学者という、教授たちは、何を教えているのだろうか。
大半は、習ったことを教えている。
哲学者と同じように、海外の学者の著作の紹介をしているのである。

何の発見も無い、無能な人たちが、心理学という、学問として、学者と思い込んで、教えている。また、習う学生も、知った風な気分になって、おしまい。

何せ、・・・心理学の多いこと。
誰がどのように名付けているのか、兎に角、心理学の前に題名をつける。
題目のように、それを繰り返しているのである。

一々上げる必要もないほど。

心理学という学問には、ベースがあるということだ。
ベースの無い心理学というものは、皆無である。

面白いのは、宗教心理学・・・
笑ってしまう。
そのうちに、瞑想心理学、セックス心理学、ゲイ心理学、果ては、レディーボーイ心理学・・・
いくらでも、出る出る。

という心理学の、商売化である。
更には、それをマスターして、心理カウンセラー・・・
ちなみに、私も、家庭生活総合カウンセラーという、肩書きを持つ。
一体、何・・・

カウンセラーと、クライアントとは、心理カウンセラーとしての、言葉だったが、今では、何でも、カウンセラー、つまり、相談員である。
クライアントとは、相談者である。

これほど、世俗に侵された学問も珍しい。
科学的という、言葉で人を惑わせるモノ多数。そして、心理学では、云々・・・

学者たちは、笑うだろうが、身から出た錆びという。
そして、皆々、それに影響されて、分析の嵐である。
分析をよくする者、分析に溺れるのである。

「心的化学」の考えは、J・S・ミルを魅了し、彼はこれをもってその父J・ミルの好んだ心的力学に代えた。観念は化学に似た仕方で結合する、と彼は考えた。このようにして、観念は、水素が酸素と結合して水になるように、なにか新しいものを生み出す。プリズムの分光色が、すばやく連続して見せられると、一つ一つの光線が白ではなくても白色を「生じさせる」のと全く同じように、単一の諸概念が混ざり合うことによって、より複雑な観念を生み出すのである。
心的化学は、中世紀以後の錬金術者の治金術的心理学を思い起こさせる。錬金術者にとって、金属とその諸性質は、象徴的な霊的意味をもっていたのであった。こうして、ジョン・ボーディジは、その「ソフィア」のなかで次ぎのように述べる。

「したがって、また、わたしがあらゆる毒害と俗悪さを根本から完全に浄化するべく・・・
わたしの空虚なつまらぬ欲望と、この世の享楽の毒害が、その火によって燃え尽きてしまい、わたしの鉄や錫や不純物のすべてがこの炉の中で完全に溶かされてしまうまで、自分の意志を、潔めの火であるその「賢者の」溶鉱炉に全くまかせきった。こうしてわたしに純金としての精神が現れ、わたしのうちに新しい天と新しい地とが創造され、形づくられるのを知ることができたのである」

それが、先に書いた、古代バビロニアの天文学的心理学に通じるのである。

心的生活についての「地質学的」類推は、児童発達に関する成層化理論に例示される。この説は、心は、養分摂取過程、感覚過程、運動過程に対応する低い層と、記憶や推理のような機能に応ずるより高い層とから構成されており、子供が成長するにつれて形づくられてゆく連続的な層をなしていると考える。
コーエン

それは、また、フロイトにも、用いられた。

更に、パーソナリティーが、地質学的層に比較しうるような層の構成されたものとして述べられている。

あらゆる手法を取り込んで、心理学というものが、成り立ってきた。
そして、臨床として、用いられて、その面目が立ったのである。

勿論、最初は実に、単純なものだった。
例えば、心理カウンセラーの原理は、共感と受容である。

そんなことは、言われるまでもないことであるが、学問である心理学が言うのだからと・・・
その言葉を崇めた。

相談員が、相談者と、共感せず、話しを受容しないで、どうする・・・
理解せず、受け付けなければ、何も始まらない。


posted by 天山 at 00:15| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

霊学60

彼は、ダブリンのムロスにあるセント・ニコラス寺院に属するセント・メアリ教会付属の牧師であったが、「天国の算術」を見出すことに熱心で、1859年に出された彼の論文は、代数とその計算法を、形而上学的、道徳的、社会的、そして政治的な問題、さらに教会に関する事柄にまで適用しようと意図したものであった。彼は詩篇第18番を計算法の用語に翻訳し、次のようなことを論証した。

ダビデの教育上の優秀さとか資質―――彼の敬虔さ信心深さ、謙虚さなどーーーの増加量は非常に大きなものだったので、彼の生来の才能と地位とに乗ずると、その積は、量において王位や名誉や権力などに、つまり天上の属性に匹敵するほど偉大なものである。
コーエン

面白いのは、それを、家庭問題にも、及んだという。
例えば、女中の行為の変化が、この家庭の色々な成員に与える影響を、計算するという・・・

ところが、グレック氏のこれらの功績は、パーソナリティーの「測定」においてもっと大きな手柄をたてようとして躍起になっている今日の熱狂者たちによって、とっくに追い越されてしまっている始末である。
コーエン

ところが、である。
蒙昧は、続く。

真っ当な人も現れたが、真っ当ではない人の方が多い場合は、真っ当ではないものが、正しいとされるし、心理学に、真っ当か、正しいかなど、問うこと自体が、誤りなのである。

簡単に言えば、どうでも、いいものに作ることが、出来るのである。

アメリカの牧師である、マフィーという人の、法則がある。
有名である。
それを真っ当か否かと、論ずることは、出来ない。
ただ、信じる人たちが、信じている。

マフィーが、とても、偏屈で、人の、ど肝を抜く、逆説の主であるかが、よく解るのである。
そこに、ベースになるものが、新約聖書である。

それで、愛好家たちは、当っていると、占いのように、使用する。
そうだ、そうだ・・・
そして、マフィーの法則にすっぽりと、自分を嵌めてしまうのである。

それで、一丁出来上がりになる。

一世紀前に、プールは、数学的概念を借りて、次いでこれを新しい対象に適用する場合に、その用法を支配している法則が不変のままであると考えるのは、誤りであると警告した。パーソナリティーを統計学的な武器でもって征服しようとする見当違いの試みにあっては、この警告はひろく無視されてきているのである。
コーエン

つまり、パーソナリティーについて、というものが、いかに、偏狭であるかということだ。

心理学用語を多用して、パーソナリティーを語る人たちが、後を絶たない。
統計学的な武器で・・・
その通り、統計学なのである。

その統計に、人を当て嵌めようとする、馬鹿な心理学愛好家たちである。
児童心理、発達心理には、それなりの、統計的な考え方が、ある程度、当てはまる。しかし、それが、すべての人にということは、無理がある。

だから、それらの心理学的考察には、誤りがある。
統計学的判断により、通常と違うとして、異常と判定された場合に、どうするのか・・・
矯正が必要なのか・・・

私は、必要ないと、思う。

この、必要ないは、確信である。
新しい子供たちが、既存の心理学の枠に入り切れると思うか・・・

それは、時代性と、時代精神を、無視していることになる。

まだ少年であるものが、企業を作る時代である。
それを、どのように解釈するのか。

心理学で言うところの、成長の過程を、超越して、成長する、子ども達である。
つまり、私は、心理学というものは、いつも、流れている、流動的であるという。

解ったような、解説は、もう、無しである。
人間を扱う、特に、心を、扱うものは、常に流れているのである。

ということは、心理学というものは、定説が無いという学問であるということだ。

定説を作らない、作れない学問、それが、心理学である。
基準も、設けられないのである。
だが、基準も設けられないということは・・・

困る。
それで、学者となって、大枚な金を得ている、大学の教授などは、どうする。
それは、それでいい。

百年前の、心理学を講義していればいいのである。
そういう時代もあったという・・・

学問は、謙虚でしか、有り得ないし、また、学問は、変容するのである。
解らないことは、解らないのである。

新しい世界を、生きる人の、心理など、誰が解るのか。
解るというのは、単なる、傲慢である。


posted by 天山 at 00:08| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

霊学61

心理学の、もっとも新しい「類推的」な研究方向のなかに、特に目につくものが二つある。知的発達に関するピアジュのきわだった学説は、「発生学的」心理学といってよかろう。この説は心的構造の出現と発達および成熟を、発生学者が身体構造の発達を記述するような仕方で跡づけるからである。
ピアジュは動物学からその研究を始めた人である。彼は自伝のなかで、動物学で得た心の習慣は、彼が心の研究に転じたときもよく役に立ったと語っている。ここで彼は「一種の知識の発生学」を発見したのである。
コーエン

実に、面白いことである。
別の部門からの、心理学への、挑戦が、新しい画期的な心理学理論を生み出すという・・・

最初から、心理学に取り付かれると、視野の狭い、心理学至上主義になる。
そして、世の中に、心理学用語を多用させるようになり、更には、それが、混乱を引き起こす原因になる。

心理学を信じてしまう人たちに、多い。
その分析をもって、すべてを知っていると、勘違いする人たち。

心理学の専門家を、マスコミが上手に使えないこともある。

ライオネル・ベンローズ教授が心理学に導入した「伝染病学」からの類推にもまた、一方における感染の伝播と他方観念の伝達との間の類似に基づいた、かなりの関心をひく新奇な考え方がある。身体的な伝染病学における三つの主要な要因、すなわち、感染源、伝播の媒体、およびこれにさらされた住民の感受性に対応して、心の伝染病学には、1、観念の質、2、伝達のいろいろな媒体、3、受け手の心の状態がある。このような心的伝染病は、熱狂、流行、信仰の復興運動、戦争熱、ダンス熱とか、学界の成長の形で現れるであろう。
コーエン

これで、宗教、カルトなどの、心理学的アプローチが出来る。
このような、教養が、脱洗脳などの、手法に生かされるはずだ。

この分析により、数多くの宗教の、誤りも、指摘することが、出来るようになる。
更に、逆に、宗教の拡大路線に関する、考察もである。

更には、商法に関する、アプローチもある。
心理学が、人間の生活全般に渡って、如何様にも、利用できるものになるのは、その心理学以前の、教養である。

心についての「経済学」は、意識を一定量の物理的エネルギーの生産と分配と消費によって統制されるものとする、フロイト流の考え方に明らかにみられる。この統制は、最小の努力で最大の利益を得ようとする経済学的な原理に従うものとされる。この観点はいろいろな心的現象を説明し理解するのにあずかって、きわめて大きな助けとなることが明らかにされてきている。
コーエン

この時代に、明らかに、されてきているというのだが、現代は、もっと明らかになっているだろう。
更に、細分化して、心理学の、あらゆる分野で利用されているはず。

意識を、物理的エネルギーの生産と消費と、捉える考え方は、実に有意義だろう。
それを、心的現象を説明する方法にする。

それが、説得力を持つのである。

だが、これは、あくまでも、心理学のみに限る。
それ以上の分野、例えば、精神病理学などと、一緒にしないことである。

今は、心理学というものの、定義である。

限りなく、学問としての、心理学であり、占いに似たものではない。
つまり、簡単に人の心理を分析するな、ということである。

コーエンは、最後に、と、
「神経生理学」があるが、これは心についての類推の完全なよりどころと考えられるまでになっているものである。
と、言う。

これは、主観的経験のあらゆる形式、つまり、意識、意志、感情、情動、欲望、思考など。それは、単なる副次的現象であり、それを「科学的」に研究するためには、神経生理学にあますところなく「還元」されなければならないのである。
と、している。

ところが、心理学的世界がそれみずからの権利で、そして自身の言語でもって研究されうるということを否定しているのは、じつは神経学者ではない。罪があるのは、ラッセル・ブレーンが、「自身の心の非存在をこと細かに説明することで生計を立てている」と表現した哲学者たちにそそのかされた、自称「心理学者」たちである。
コーエン

現在も、この自称心理学者が、多く、世に憚るのである。
大学で、心理学を講義しいてるから、心理学者なのではない。

彼らは、誰かの、考え方を、伝えているだけである。
それなのに、心理学者であると、信じている。

教訓的なことは、フロイト自身が、初めは生化学的な、そして神経生理学的な還元主義に傾いたが、後にこれをやり遂げる望みを棄てて、純粋な心理学である彼の体系を発展させたということである。
コーエン

それは、心の研究は、大脳の解剖学的研究から完全に分離されなければならないということである。
と、なるのである。

大脳の解剖学的研究・・・
それは、精神医学によって、生かされるべきものである。

すでに、脳と、心との区別を持っていたということである。
つまり、脳は、心ではないのである。

フロイトは、平衡の考えを、自己の体系の基礎に置いた。
それは、クロード・ベルナールが最初に、示唆した、平衡の概念である。

ベルナールの、還元主義が、心理学に持ち込んだものである。

ベルナールは、身体が安定した状態を維持しようとする傾向をもつという、意味において、厳密に生理学的なもの以上の意味をそれにもたせようとしたのではなかった。フェヒナーが、その「恒常性の原理」において、この平衡の概念に心理学的な内容を与えたのである。

そして、デルブフが、「緊張の法則」として、生体が適応している最適な刺激水準の何らかの変化によって、平衡の喪失が起こると述べて、これと、緊張―弛緩の連続をあげるヴィトンの説と、同じ言葉を少し変えて、述べたものである。
と、いうことだ。

1895年、フロイトが、プロジェクトに、慣性の原理として、現れたものが、後に、快原則となり、それは同じ考え方である。

平衡の原理は、それが起こってきた生理学でどんな価値をもとうとも、恒常性、安定性、ホメオスタシスあるいは負のフィードバック、その他何と呼ばれようとも心の領域におけるその説明的価値は限られている。個人的行動、あるいは社会的行動いずれについても、完全な説明を与えることはできない。それは、安定性と、変化に対する抵抗という重要な要素を言い表すのには役立つが、不安定性と変化への衝動が人間の生活において果たす役割については何事も伝えはしない。
コーエン

これは、とても、大切なことである。

人間の行動は、恒常性に対してまさに対立命題となる原理を認めずには理解されない。
コーエン

つまり、人間は、いつも、不動ではない、不安定であり、更に、多くの衝動を抱えて、それが、行動を促すのである。

更に、人間は、今までの殻を破り、新たに、生まれようともするのである。

コーエンは、実に烈しい否定と烈しい言葉で、過去の研究を裁断する。

行動を説明しようとする、還元主義者は、人間の、恒常性の原理ではないと、言う。

そして、還元主義に対して、決然として、反論する。

人間は、人生において、不安定を求め、更に、平衡を去ろうとする。
つまり、観念の枠では、捉えられないものなのである。

コーエンは、心理学を学ぶ前に、として、延々として、過去の心理学に対する、蒙昧を叩き潰しているのである。
だから、もう一度、コーエンの最初の、心理学に対する、烈しい、書き込みを読み直して欲しい。

まだまだ、コーエンの文を続けるが、私は、心理学が、時代と共に、変転して行く様を見る。
過去の事例が、必ずしも、現在に当てはまるのではないということ。
その観念により、人を分析するのは、誤りであると言うことだ。

心理学が、学問として、認知されるならば、学問に必要な、進化し続けなければならない。

日本の心理学者のように、文献を紹介して、少しばかり何かを付け足して、終わるようなものではないのである。

人間は、常に、新しい者なのである。
平安時代の、物の怪を笑えないのである。

100年後に、現代の心理学が、平安時代のもののように、笑われる・・・かも


posted by 天山 at 06:52| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

伝統について53

大原の 古りにし郷に 妹置きて われ寝ねかねつ 夢に見えこそ

おおはらの ふりにしさとに いもおきて われいねかねつ いめにみえこそ

大原の、もの寂しい古里に、妻を置いて来て、眠ることが出来ずにいる。夢に見えて欲しいものだ。

妻を恋うる思い。
古りにし郷とは、物寂しい、などの意味。

素直に寂しいのである。

夕されば 君来まさむと 待ちし夜の なごりそ今も 寝ねかてにする

ゆふされば きみきまさむと まちしよの なごりそいまも いねかてにする

夜が訪れると、あの方がいらっしゃる。と、思いつつ、待っていた頃の夜が、懐かしい。今でも、すぐに寝られないのだ。

女の歌である。
男の訪れを待つ、女の気持ち。

これは、現代の演歌である。
なごりそ今も・・・
名残惜しい気持ち・・・私は、懐かしいと訳した。

相思はず 君はあるらし ぬばたまの 夢にも見えず 祈誓ひて寝れど

あいおはず きみはあるらし ぬばたまの いめにもみえず うけひてねれど

私ばかりが、あなたを慕う。あなたは思ってくれないようです。ぬばたまの夢にも、見えないのです。うけいをして、寝たのに。

祈誓、うけひ・・・
相手の思いが夢になり、現れると考えた時代である。

祈り、誓う、うけひ、という。神道用語ともなる。

石根踏む 夜道行かじと 思へれど 妹によりては 忍びかねつも

いわねふむ よみちゆかじと おもへれど いもによりては しのびかねつも

男の歌である。
岩を踏むような、危険な夜道は歩くまいと思うが、妻を思うと、我慢が出来ない。

危険な夜道を、覚悟して、妻の元に通う、男心である。
恋とは、危険を顧みずするもの・・・
当時は、命懸けの恋をした。

忍びかねつも
心を深くする。堪えて思うこと。

人言の 繁き間守ると 逢はずあらば 終にや子らが 面忘れなむ

ひとごとの しげきまもると あはずあらば ついにやこらが おもわすれなむ

人の噂が煩い合間を縫って、逢わずにいたら、あの子は、私の顔を忘れてしまうだろうか。

人の噂・・・
当時の情報は、それだった。
その噂を避けて、逢わずにいる。
そのうちに、相手は、私のことを忘れるのではないかと、心配する。

当時は、母親が、娘の相手を、決めた。
だから、母親に気に入られなければならない。そして、人の噂・・・

母親も、それを嫌うのである。
男は、大変だった。

ら、というのは、親愛の接尾語とある。
子ら
多数を言うのではない。

posted by 天山 at 06:37| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

天皇陛下につて109

第十五代の、応神天皇(270年から310年)
この天皇は、父を知らない。だが、母は、古代史で有名な、神功皇后である。

その御誕生は、九州の、宇美であった。
ご成人するまで、母皇后が摂政を勤める。

応神天皇の御代、儒教の渡来が注目される。
その16年、285年、百済から、王仁、ワニが来日し、論語十巻と、千字文一巻を携えてきた。

その前年に、百済王が、アチキを日本に派遣し、良馬二匹を応神天皇に献上している。
アチキは、学問に優れていたため、天皇は、皇太子の家庭教師にした。

そして、天皇は、アチキに、
ところで、百済には、アチキ以上の学者もいるのかと、
質問された。

アチキは、即座に、王仁と言うものがいますと、答えた。
このことから、朝廷では、改めて、百済に使いを送り、王仁を招いたのである。

後に、アチキも、王仁も、日本に帰化している。

その他にも、百済からは、機織、裁縫の上手な工女を送ってきた。
更に、鍛冶の職人、酒、醤油を作る者たち。

そして、シナの始皇帝の子孫だという、弓月君、ゆづきのきみ、の来朝、帰化である。
彼は、長いこと、百済に住んでいた。

応神天皇の威徳を慕い、一家一族百二十七県の民を引き連れてきたのである。

彼は、養蚕と紡織の技に優れていた。
そして、波多公、はたのきみ、という、姓を賜わっている。

これを見ていると、当時の大陸、半島は、いつも乱れていたことが解る。
人民の住みにくい風土であった。
それに反して、日本は、平和で安心して住むことが出来たのである。

漢人の、アチノオミという者も、十七県の親類を率いて、来日し、帰化している。

さて、応神天皇の御子、大さきぎの尊と申し上げるのが、第十六代の仁徳天皇である。

皇太子は、うじのわきいらつこ、である。が、彼は、帰化した王仁について、学問されるうちに、大きな疑問を持たれた。
弟の身分で、兄を越えて、天子の位に就くのは・・・との、思いである。

皇太子は、大さきぎの尊の弟だったのである。
これが、応神天皇お隠れの後で、表面化する。

皇太子は、
兄君こそ、ご即位されるべきですと、主張した。
だが、兄は、
父君が決めたことであるから、それを破っては、子の道にもとる
と、譲らないのである。

そのために、天皇の御位が、三年間、空位となった。

兄の尊は、難波に、皇太子は、宇治に、お住まいになった。

ある時、漁師が鮮魚を献上しようとして、宇治に、持参した。
すると、皇太子は、
天皇は私ではない。難波にいらっしゃる、兄君こそ、天皇であらせられる。そちらに届けるように
と、仰せられる。

次に、漁師が、難波へ行くと、
いや、私は、違う。宇治にいらっしゃる方が天皇である。
宇治へ届けよ。

鮮魚が行ったり来たりしているうちに、腐る。
漁師は、泣いてしまったという。

そこで、思い余った皇太子は、自分がこの世にいなければいいのだと、命を縮めてしまうのである。

驚いたのは、兄である。
宇治に掛け付け、皇太子の遺骸にすがり、嘆いた。
ご遺骸を、宇治の山の上に葬られ、難波にお帰りになる。

そして、御位に就かれたのである。

皇居は、高津宮である。
今までは、大和が多かったが、天皇ははじめて、摂津にお移りになられた。

その即位の儀は、実に質素だったという。

住まいも、荒壁のまま、柱にも天井にも、飾り無く、屋根の茅も、そのままで、切り揃えることもしなかった。
それは、庶民の負担を考えられたからである。

ご即位四年の、春二月、天皇は、お側の人々に、仰せられた。
高いところに登って四方を見るが、民の煙が立たない。これは、貧しさのためではないか。都に近いところでも、このようである。遠い国は、もっと酷いのではないか・・・

翌三月、詔、みことのり、が、くだった。
三年間、税金、労役を課すことはしない。

しかし、そのため、御殿は荒れ放題、雨は漏れ、風も容赦なく、御衣、褥を濡らした。星が、屋根の破れから、見えたという。

その三年間に、豊作が続いた。
仁徳天皇は、高台に再び、登られ、民の煙が盛んに見えた。

良かった。私は富んだ。これで大きな心配がなくなった。
と、仰せられると、皇后が、
何を富んだと、仰せられますのか・・・

あの、民の煙である。人々が富んだためである。天子というものは、民をもって、元としなければならぬ。いにしえの聖の君は、一人でも、こごえるものあれば、顧みて、己をせめた。今、仮に、民が貧しいとすれば、それは、私が貧しいと同じである。今、民が豊になった。それは、私が豊になったことと、同じである。

この、お言葉を、後の人が、歌に詠んだ。
高き屋に
のぼりて見れば
煙立つ
民のかまどは
にぎはひにけり

また、民の方は、荒れ放題の、御殿を見て、
これは、申し訳ないこと。皆、豊になりました。税も、労役も、お申し付けください。
と、申し出たが、いやもう少し、もう少しと、それから、三年を経て、やっと、それをお許しになられたのである。

日本書紀に、その時の民の働き振りが出ている。
ここにおいて百姓うながされずして、老を助け幼を携えて、材を運び茅を負ひ、日夜と問はずして力を尽して競い作る


posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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