2012年04月30日

もののあわれについて556

玉葛
たまかづら

年月隔たりぬれど、あかざりし夕顔を、つゆ忘れ給はず。心心なる人の有様どもを見給ひ重ねるにつけても、「あらましかば」と、あはれに、口惜しくのみ思い出づ。




年月を経ても、飽きることなく、夕顔のことを、少しも忘れず、様々な人の有様を、次々と御覧になっても、生きていたらと、愛しく思い出し、悔やんでいるのである。

夕顔の回想である。
主語は、源氏。

あらましかばと、あはれに
今生きていたら、と、哀しく思うのである。




右近は、何の人かずならねど、なほその形見と見給ひて、らうたきものに思したれば、古人の数に仕うまつり慣れたり。須磨の御移ろひのほどに、対の上の御方に、皆人々聞え給ひしほどより、そなたに侍ふ。心よく、かいひそめたる者に、女君も思したれど、心のうちには、「故君ものし給はましかば、明石の御方ばかりのおぼえには劣り給はざらまし。さしも深き御心ざしなかりけるをだに、落しあぶさず、取りしたため給ふ御心長さなりければ、まいて、やむごとなき列にこそあらざらめ、この御殿移りの数の内には交ひ給ひなまし」と思ふに、あかず悲しくなむ思ひける。




右近は、何ほどの者ではないが、矢張り、その形見として、愛しいものに思い、古くからの女房として、その後ずうっと、お仕えしている。須磨へ移る時には、対の上の所に、女房一同を頼みになった時から、そちらに仕えている。
人の良い、おとなしい者と、女君も思っているが、右近は、心のうちでは、亡き女君が生きていれば、明石の御方のご寵愛くらい、負けずにいたと思う。さして、深く気に入ることのなかった方さえ、打ち捨てず、お世話するという、優しい心の方なのだから、まして、亡き君なら、重い身分のお方と同列とは、ゆかないにしても、今度の転居された方々の中に、入られただろうにと、思うと、たまらなく、悲しく思うのである。

右近は、夕顔の女房である。
今は、紫の上に仕えている。
ここで、作者は、三人称で、書く。




かの西の京にとまりし若君をだに、行方も知らず、ひとへに物を思ひつつみ、また今さらにかひなき事によりて、「わが名もらすな」と、口がため給ひしを、憚り聞えて、尋ねても音づれ聞えざりしほどに、その御めのとの夫少弐になりて行きければ、下りにけり。




あの西の京に、残っていた、若君さえ、行方もわからず、あの出来事を、ひたすら胸に納め、また、今となっては、どうにもならないことで、私の名を出すなと、殿様が口止めされたので、右近は遠慮して、尋ねて、事の仔細を報告することもないうちに、若君の乳母の夫が、大宰の少弐になって、赴任したので、下っていった。

若君とは、夕顔の子である。




かの若君の四つになる年ぞ、筑紫へは行きける。母君の御行方を知らむと、よろづの神仏に申して、夜昼泣き給ひて、さるべき所々を尋ね聞えけれど、つひにえ聞え出でず。「さらばいかがはせむ。若君をだにこそは、御形見に見奉らめ。あやしき道に添へ奉りて、遥かなるほどにおはせむ事のかなしきこと。なほ父君にほのめかさむ」と思ひけれど、さるべき便りもなきうちに、「母君のおはしけむかたも知らず。尋ね問ひ給はばいかが聞えむ。まだよくも見なれ給はぬに、幼き人をとどめ奉り給はむも、うしろめたかるべし。知りながら、はた、率て下りねと許し給ふべきにもあらず」など、おのがじし語らひあはせて、いとうつくしう、ただ今から気高く、清らなる御さまを、ことなるしつらひなき舟にのせて、こぎ出づるほどは、いとあはれになむ覚えける。




あちらの、姫様が四つになる年に、筑紫へ下ったのだ。
母君の、行方を知ろうと、知る限りの神仏にお祈りして、夜昼と泣き慕い、心当たりの、ここかしこを、探して、回ったが、とうとう聞き出すことが出来なかった。
この上は、しょうがない。せめて若君だけでも、形見として、お世話しようと、思ったが、しかし、不便な旅、遠いところへ連れて行くのも、気の毒だ。矢張り、父君のお耳に入れようと、と、思ったが、いい機会もなく、母君のおいでになった先も、解らないが、尋ねられたら、どうしよう。まだ、良く馴染んでいないのに、幼い方を、傍に置いておくことも、心残りでしょう。我が子と知りながら、それでは、連れて行けとは、お許しされない、などと、相談がまとまり、とても可愛らしく、今から気品があり、綺麗な方を、さしたる用意もない舟に乗せて、漕ぎ出した時には、とても、愛しく思えてくるのだった。

突然、夕顔の遺児の、若君の話しである。
夕顔の巻を参照してください。

源氏物語は、それぞれ、独立した、話しとして、読むことも出来る。
前後している、巻もある。

この、玉葛は、独特の描写である。
何故・・・
突然、源氏や、その子たちの、話しではなく、夕顔の話しなのか・・・

更に、その遺児の若君に、まつわる、話しである。

他の巻とは、文の様子が異なる。つまり、筆が違う。
これは、夕顔の巻から、ヒントを得て、他の人が、書き綴ったものであろうか。

研究者は、別系統の話が、二つあると言う。
その一つは、紫の上系統であり、その一つは、玉葛系統である。

つまり、多くの人の手によって描かれたということである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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