2012年04月25日

伝統について52

あづきなく 何のまが言 今更に 小童言する 老人にして

あづきなく なんのまがごと いまさらに わらはことする おいひとにして

何の役に立つことではない、何と言う、戯言を言うのか。今更、子どもじみたことを、大人であるのに。

これは、片恋の、つまり、片思いの恋人に対する、呪いの言葉のようである。
自嘲ぎみに、相手に対する、当て付けか。

相見ては いく久さにも あらなくに 年月のごと 思ほゆるかも

あいみていは いくひさしさにも あらなくに としつきのごと おもほゆるかも

逢ってから、それほど年月を経ていないのに、何年も月日を過ごしたように思われる。

何と言うことは無い歌。
しかし、多くの人に、共感される歌である。

大夫と 思へるわれを かくばかり 恋せしむるは あしくはありけり

ますらをと おもへるわれを かくばかり こひせしむるは あしくはありけり

立派な男と思っている。それなのに、これほど、恋しくさせるととは・・・
良くないことだ。

あしくはありけり
良くないことである。つまり、こんなに辛くさせることは、である。

かくしつつ わが待つしるし あらぬかも 世の人皆の 常ならなくに

かくしつつ わがまつしるし あらぬかも よのひとみなの つねならなくに

このように、恋に苦しみ、待ち望む、その願いが叶って欲しい。世間の人は、皆、命が当たり前にあるわけではないのに。

何時死ぬか、解らない。
恋に死ぬかもしれないのに・・・

人言を 繁みと君に 玉梓の 使も遣らず 忘ると思ふな

ひとことを しげみときみに たまづきの つかひもやらず わするとおもふな

人の噂が煩いので、あなたに、玉梓の使いをやりません。でも、忘れていると、思わないで下さい。

玉梓とは、美しい、梓を持つ、使いの意味。

当たり前といえば、当たり前の感覚。
皆、同じ気持ちを持つのだろう。
だから、口伝えに、語り継がれて、このように、残った歌の数々。

何も、特別なことではない、普通のことを、歌にしている。
だから、それが、貴いのである。

万葉集が、何か難しいものと、思うのは、間違い。
ただ、解釈する人たちが、難しく語るのである。

こんな気持ちを歌にする。
歌詠みをするという、文化が、日本の古代にあったという、事実である。

彼ら、つまり、私たちの、祖先の歌である。
とても、身近に感じられるのがいい。

この、伝統に、心を寄せて、三十一文字に、思いを託してみる。
歌の道・・・
これが、日本人の伝統であった。
その伝統の上に、今、現在の日本がある。

だから、歌詠みをしてみるのである。
下手、上手は、問わない。それは、人が勝手に、判定するものである。
生きる証に、歌を詠む。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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