2012年04月23日

まだ悲しいプノンペン10

兎に角、疲れ果てて、私は暫く、部屋にある、フリーの水を飲みつつ、タバコをふかした。
もう、夜の11時を過ぎて、真夜中になる。しかし、外は、これからが始まり。
店の音楽が、部屋まで響く。

水が必要なので、私は、着替えて、ホテルの前のコンビ二に出た。
兎に角、水である。
脱水症になったら、大変。

重い足取り。
ホテルは静かだが、道に出ると、バー、その他諸々、昼間のような明かりである。

この辺りは、第二の夜のスポットである。
そして、益々、盛んになっている。

諸外国からの、観光客・・・
とても賑やか。

水を買うと、さっさと、部屋に戻る。
屋台の食べ物を買う気にもならない。
食欲など無い。

そして、寝た。
眠るしかない。

朝は、七時頃に目覚めた。
日本時間で、九時である。
早速、日本に電話する。
プノンペンでは、電話が出来なかったので、話す事が多い。

八時の朝食は、ホテル代金に含まれている。
八時少し前に、ロビーに降りるが、もう少しだと、言われて、ホテルの前の外にある、テーブルに腰掛て、タバコを吸う。

幸運だったのは、バイキングである。
好きなだけ食べられる。
880バーツも払ったのであるから、と、二食分を食べるつもり・・・
だが、限界である。

そこで、色々な国の人と、話しをすることに。

特に、印象に残ったのが、インド人のグループで、北インドで活動する、バンドの人たちと、そのガイドで、インドの旅行会社の人。

ボーカルの人が、自分の歌を聴かせてくれた。
ああ・・・
インドだ。
インディーという。

あの、独特の節回しである。
そして、皆さんと、英語で会話する。
何となく、通じる。

私が、日本の古い歌を歌うというと、とても、興味を持った。
聴いてみたいと言う。
私は、少し、万葉集の朗詠を聴かせた。

オッー、グッド、グッド・・・
インドの節回しと、似ているね・・・

旅行会社の人は、トウキョウに友人がいて、少し日本語が出来ると言う。
彼が、部屋に戻り、名刺などを持ってきて、私に渡す。
インドに来たら、連絡くれ・・・できることを協力するよ・・・

私は、インパールに行きたいと言った。
どうして、インパールなんだ・・・
日本軍が、インパールでイギリスと戦った場所です・・・
そこで、私は、祈りたいと言った。

国内線があるという。
コルカタ、旧カルカッタから、出掛けることが出来るということが、解った。

30分ほど話して、私は、部屋に戻った。
そして、今日のうちに、別のホテルに移動すると、決めた。

それで、同じホテル系列の、一本道を別にした、ホテルにしようと思った。同じホテル系列だと、移動のための、トゥクトゥクがサービスになる。更に、こちらよりも、料金が安いのである。

そして、フロントに言う。
ところが、さて、移動しようとロビーに降りて、トゥクトゥクを待つが、一向に来ない。
何度か、フロントに言う。
少し待って・・・

そして、最後に、ボーイが、トゥクトゥクが見つからない・・・
ああーーー
タイ人の適当さである。

いいよ、アイム・ウォーキング・オッケーと、私は、バッグを二つ肩に掛けて、出掛けた。そして、道を一つ越えようとした時、ふっと目に入ったホテルの文字。
へー、こんな所に、ホテルあったのか・・・

そこで、フロントに。
ところが、人がいない。
ホテルの入り口の両替の店の人が出てきて、大声で、誰かを呼ぶ。
中々、来ない。

漸くやってきた、お姉さん・・・
とても、アホぽっくて、楽しい。
600バーツよ。今は、繁忙期なの。そうじゃなきゃ、400バーツよ・・・

オッケー、それじゃあ、部屋を見せて・・・
階段か・・・と、お姉さんが、二階の部屋にするはよ・・・
部屋を見ると、以外に広くて、ダブルベッド・・・

ここにすると、決めた。
だが、私の部屋は、ホテルの真ん中の吹き抜けに面して、そこにテーブルと椅子・・・
要するに、踊り場である。
そして、周囲の部屋を見て、ああ、ラブホテル用になっていると、思った。
矢張り、そうだった。

しかし、客は、私が寝ている時に来て、目覚める前に、ホテルを出るから、誰にも会わないのである。
私のように、泊まる人は、三名・・・

それでも、私は、ホテルの人たちが、適当で、気安く、そこに三泊した。

その、お姉さんから、色々な情報も仕入れたのである。




posted by 天山 at 00:00| まだ悲しいプノンペン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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