2012年04月05日

天皇陛下について105

三種の神器とは、何か。
それは、天皇の象徴を表す。

では、その意味は、何か。
今まで、その意味について触れた人がいない。
単に、天皇が受け継ぐもの・・・

三種の神器とは、八紘一宇のことである。
八紘一宇とは、一つの世界であり、世界一家ということである。

戦中、それが、へんてこに解釈されて、とんでもない、意味になった。
世界は、日本が主である。
日本は、特別な国である。
日本人は、特別な民族である。

それを、昭和天皇は、敗戦後に、修正した。
特別な民族と言うものは無い。
皆、民族は、大切なものです。

敗戦後にしか、言えなかったのである。
もし、戦前に言えば、暗殺されただろう。

天皇陛下を、最も、軽々しく扱ったのが、当時の軍部である。
天皇も、人間だ・・・

この、八紘一宇に関して、エール大学神学部長の、パール・S・ビースの言葉である。
人類は五千年の歴史と二度の世界大戦の惨禍を経験した結果、「一つの世界」を理想とする国連憲章をむすんだが、日本の建国者は、二千年の前の建国当初に、世界一家の思想をのべている。これは人類の文化史上、注目すべき発言であろう」
と、言う。日本古典の精神、より。

三種の神器の意味が、八紘一宇であると、理解すると、それが象徴するものが、世界一家の思想であるということが、解る。

古語拾遺より、
神武天皇、じんむのすめらみこと、東の国征、ことむけたまへる年・・・
ことむけ、とは、古事記に、
言向け和平す、ことむけやわす、というように、武力によらず、話し合いによって、平和を招来するということであり、天皇の御言葉が、それ、そのものなのである。

話し合う。
天皇ほど、話し合いを、大事にされた方はいない。
後に書くが、例えば、新羅の国の王から、仏像を贈られた時、欽明天皇は、部族の長たちに、これをどのように扱うか、と、問い掛けている。

蘇我氏と物部氏の争いに発展したのは、歴史の通り。
仏像をめぐり、部族間の覇権争いをするという。

また、その時期が、日本の歴史の中でも、実に重要なポイントになるのである。

さて、大和民族とは、どこの民族だったのか。
それは、神武天皇と共に、過ごしていた、民族である。
大和と、後に、漢語を当てたのは、おほいなるやわらぎ、という意味からである。

いずれ、古代史に関して書くが、最初は、富士山の山麓に住んでいた民である。
これは、正史に無い話なので、後々に書く。

御殿が出来た。
そして、即位される。
辛酉の年、正月朔日、これを太陽暦に直して、二月十一日になる。
建国記念の日である。

門を開きて、四方の国を朝らしめて、天位の貴を観したまひき
みかどをひらきて、よものくにびとをまいのぼらしめて、あまつひつぎのとうときをしめしたまひき
古語拾遺

その、儀式が、今も伝承されている。
天皇即位の義である。

その際に、文武官を任命された。
それが、驚くべき、任命だった。
つまり、天皇は、敵味方という、観念を持たずに、任命された。
詳しく書かないが、それが、明治維新の、新政府にまで、受け継がれたのである。

天皇は、国民に敵も味方も無い。
天皇陛下には、すべて国民である。

神武天皇の、おくり名は、儒教の影響を受けて、神武不殺、という言葉から、成った。その意味は、神の武は、殺さず、である。

天皇は、殺さず。
ただ、言向け和平す、のである。

日本の君主とは、そういうお方が、即位されるのである。

即位されて、三年目に、天皇は、わが祖先の神々の御霊は、常に私の身を守り、事業を助けられた。すでに悪者どもも、皆なびき伏す。海の外も穏やかになった。そこで、天つ神の、御霊をおまつりし、お礼を申したい。

日本書紀には、
天つ神をまつりて大孝を申べたまふべきなり
と、ある。
あまつかみをまつりて、おやにしたがうことを、のべたまふべきなり

祭りの場を、鳥見という山に設けて、天つ神をおまつりされたのである。

祖霊崇敬という、一貫した思いが、現在まで、延々として続くのが、天皇と皇室のあり方である。

御孝行とは、祖霊崇敬に象徴されるということである。

国民は、陛下に習い、同じく、先祖崇敬を持って、孝行を尽すのである。
この、所作を、神道と名づけたのである。
所作であり、思想ではない。
場を造り、祖霊を招き、共に過ごして、終われば、その場を清めるのみ。

一定の場所に建物をおかないのである。
建物に、招き、そのまま祖霊を閉じ込めることはしない。
元の場に、お帰りいただくのである。
これを、今は、古代神道とも言う。
略して、古神道とも言う。

その当時は、神道という言葉も無かったのである。

ただ、大孝である。
おやにしたがふこと

先祖崇敬を、親に従うことと、書けば、意味が違う。
生きている親も親であり、亡き後の親も、親である。
それを総称して、祖霊なのである。

祖霊崇敬以外の、所作は無い。
ただ、祖霊の場所は、自然の中に充満している。

その教えは、自然から聞くことなのである。
ここでは、聴くと、書いておく。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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