2012年03月16日

もののあわれについて。555

この町々の中の隔てには、塀ども廊などを、とかく行きかよはして、け近く、をかしきあはひにしなし給へり。
九月になれば、紅葉むらむら色づきて、宮のお前も言はず面白し。風うち吹きたる夕暮れに、御箱の蓋に、いろいろの花、紅葉をこきまぜて、こなたに奉らせ給へり。




この町々の、境には、幾重にも、塀や渡り廊下などを造り、あちらこちらと、行けるようにして、近しき仲になるように、作ってある。
九月になり、あちこちに、紅葉が色づいて、中宮のお庭先は、実に面白く、見事である。秋風が吹く夕暮れに、御箱の蓋に、色々な色の花、紅葉を取り混ぜて、こちらの方に、差し上げた。

硯入れの箱の蓋である。
こちらの方とは、紫の上である。




大きやかなる童の、濃きあこめ、紫苑の織物かさねて、赤くち葉の羅のかざみ、いといたう慣れて、廊、渡殿の反橋を渡りて参る。うるはしき儀式なれど、童のをかしきをなむ、え思し捨てざりける。さる所に侍ひなれたれば、もてなし有様、ほのかには似ず、好ましうをかし。




大柄な童女が、濃い紫のあこめを着て、紫苑の織物を重ねて、赤くち葉の薄物のかざみを着て、物慣れた様子で、廊、渡り殿の反り橋を渡ってくる。格式のある儀式なのだが、童女の可愛らしさを、見捨てることが出来ないで、お使いになる。そういう所に、いつもお仕えしているので、立ち居振る舞い、姿も、他の童女とは違い、感じが良く、風情がある。




御消息には、

中宮
心から 春待つ園は わが宿の もみぢを風に つてにだに見よ

若き人々、御使もてはやすさまどもをかし。御返りは、この御箱のふたに苔敷き、巌などの心ばへして、五葉の枝に、

紫の上
風に散る 紅葉はかろし 春の色を 岩根の松に かけてこそ見め

この岩根の松も、こまかに見れば、えならぬ作りごとどもなりけり。かくとりあへず思ひ寄り給へる、ゆえゆえしさなどを、をかしく御覧ず。お前なる人々もめであへり。




お手紙には
中宮
心から、春を待つお庭では、こちらのほうの紅葉を、せめて風の便りにでも、御覧ください。

女房たちが、お使いを、口々に誉める様子が、好ましい。
お返事は、この御箱の蓋に、苔を敷き、石で巌の感じを出して、そこに五葉の松を置き、その枝に、

紫の上
風に散る紅葉は、軽いものです。この岩根の松の、永久に変わらないように、変わらず、いつも見事な春の色を見たいものです。

この岩根の松も、良く見ると、上手にこしらえてある。こういうものを、即座に考える趣向によさを、中宮は、感心して、御覧になる。お前に控える女房たちも、皆、感嘆したのである。

えならぬ 
言うに言われぬ。素晴らしい。
これは、あはれ、の、言葉に、通じる。
えならぬ あはれにて
言うに言えない、思いである。




大臣「この紅葉の御消息、いとねたげなめり。春の盛りに、この御答は聞え給へ。このごろ紅葉を言ひくたさむは、立田姫の思はむ事もあるを、さししぞきて、花の陰に立ち隠れてこそ、強きことは出で来め」と聞え給ふも、いと若やかに尽きせぬ御有様の見所多かるに、いとど、思ふやうなる御住まひにて、聞えかよはし給ふ。




大臣、源氏は、この紅葉のお手紙は、何とも憎らしいものです。春の花の盛りに、このご返事を、差し上げることです。今秋の盛りに、紅葉を悪く言っては、立田姫がどう思うか。それもあり、ここは、譲り、花を盾にとってこそ、勝ち目のあるいい方も出来ましょう、と、おっしゃるのも、若々しく、素晴らしい姿で、ご立派であるが、この邸で、ますますお手紙のやり取りをされるのである。

立田姫
春の神様である。




大井の御方は、かう方々の御移ろひ定まりて、「数ならぬ人はいつとはなく紛らはさむ」と思して、神無月になむ渡り給ひける。御しつらひ、ことの有様劣らずして、渡し奉り給ふ。姫君の御ためを思せば、大方の作法も、けぢめこよなからず、いとものものとくもてなさせ給へり。




明石の御方は、こうして、方々の引越が終わってから、自分のような、人の数にも、入らない者は、と、密かに行おうとの思いで、十月に、引越された。部屋の飾り、引越の次第を、今までの方々に負けないようにと、引越される。姫君の将来を思い、その作法も、扱い方も、大して差をつけずに、たいそう、重々しく扱われる。

作者の思いが入る。解釈では、源氏が主語というが・・・
渡し奉り給ふ
源氏が、そのように行ったのである。

いつも、源氏なのか、作者なのかと、迷うのである。

乙女の段を、終わる。




posted by 天山 at 00:17| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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