2012年03月14日

もののあわれにいて。553

尚侍の君も、のどやかに思し出づるに、あはれなること多かり。今もさるべき折、風の伝にもほのめき聞え給ふこと絶えざるべし。后はおほやけに奏させ給ふことある時々ぞ、御たうばかり年官年爵、何くれのことに触れつつ、御心にかなはぬ時ぞ、命長くてかかる世の末を見ること、と取りかへさまほしう、よろづを思しむつかりける。老いもておはするままに、さがなさもまさりて、院もくらべ苦しくたへがたくぞ、思ひ聞え給ひける。




尚侍、かんの君も、ゆったりした気持ちになり、昔の事を思い出すと、あはれなること、多かり。
今でも、都合の良いときには、わずかのツテに、こっそりと、お手紙を贈りになることが、続いている。大后は陛下に申し上げることのある折々、御下賜の年官年爵、その他色々なことにつけて、自分の思い通りにならないときは、長生きをして、こんな酷い目に遭うなんて、と、もう一度、院の御代にしたいと、何につけても、機嫌が悪い。年を取るに連れて、根性の悪さも、酷くなり、院も、ご機嫌を取りにくく、辛抱できないで、困っている。

あはれなること多かり
胸を痛めることが、多い。
辛く、切ないことが、多い。




かくて大学の君、その日の文うつくしう作り給ひて、進士になり給ひぬ。年つもれるかしこき者どもをえらせ給ひしかど、及第の人わづかに三人なむありける。秋の司召に、かうぶりえて、侍従になり給ひぬ。かの人の御こと、忘るる世なけれど、大臣の切にまもり聞え給ふもつらければ、わりなくてなども対面し給はず。御消息ばかり、さりぬべきたよりに聞え給ひて、かたみに心苦しき御中なり。




こうして、大学に学ぶ君、夕霧は、あの試験の日の詩文を見事に作り、進士になった。長年、修業した才学のある者だけを、選んだのだが、及第したのは、三人だった。秋の、定期異動に、従五位になって、侍従になられた。あの方のことは、忘れる時はないが、内大臣が、熱心に監視しているのも辛いので、無理をして会うことは、せずに、ただ、お手紙を適当な時に、差し上げるだけで、互いに、気のかかる御仲である。

かの人
雲井雁のこと。




大殿、静かなる御住まひを、同じく広く見所ありて、ここかしこにておぼつかなき山里人などをも、つどへ住ませむの御心にて、六条京極のわたりに、中宮の御ふるき宮のほとりを四町を占めて、造らせ給ふ。式部卿の宮、明けむ年ぞ五十になり給ひけるを、御賀のこと、対の上おぼし設くるに、大臣もげに過ぐしがたき事どもなり、と、思して、さやうの御いそぎも、同じくは珍らしからむ御家居にてと、いそがせ給ふ。




大殿は、落ち着いた、住まいを、同じことなら、広く立派にして、別居していては、心配な、山里に住む人なども集めて、住まわせようというつもりで、六条京極のあたりに、中宮の昔の邸がある、近所を、四町手にいれ、造られる。
式部の宮は、あくる年、五十になられるので、御賀のことを、対の上が、準備しているが、殿様も放っておくわけにはいかないと、思い、その準備も、同じするなら、新しい邸で、と、早速完成させようと、される。

式部卿とは、紫の上の父親。
山里人とは、明石の女である。




年かへりては、ましてこの御いそぎの事、御としみのこと、楽人舞人の定めなどを、御心に入れていとなみ給ふ。経仏法事の日の御装束、禄どもなどをなむ、上はいそがせ給ひける。東の院にも、分けてし給ふ事どもあり。御なからひ、ましていと雅かに聞えかはしてなむ、過ぎし給ひける。




新年になると、昨年以上に、祝いの準備、精進落としの事、楽人や舞人の選定などを、熱心になさる。経や、仏像の装飾、法事のお召し物、沢山の禄などを、対の上は、用意される。東の院でも、分担して、されることが多い。紫との仲は、今まで以上に、まことに優雅なお手紙をやり取りし、日を送っている。

対の上とは、紫のこと。
東の院とは、花散里である。




世の中ひびきゆすれる御いそぎなるを、式部卿の宮にも聞し召して、年頃世の中にはあまねき御心なれど、このわたりをばあやにくになさけなく事に触れてはしたなめ、宮人をも御用意なく、憂はしきことのみ多かるに、つらしと思ひ置き給ふ事こそはありけめ、と、いとほしくもからくも思しけるを、かくあまたかかづらひ給へる人々多かる中に、取りわきたる御思ひすぐれて、世に心にくくめでたきことに、思ひかしづかれ給へる御宿世をぞ、わが家まではにほひこねど、面目に思すに、またかくこの世にあまるまで響かしいとなみ給ふは、おぼえぬよはひの末のさかえにもあるべきかな、と喜び宣ふを、北の方は、心ゆかずものしとのみ思したり。女御の御まじらひの程などにも、大臣の御用意なきやうなるを、いよいようらめしと思ひしみ給へるなるべし。




世の中が、大騒ぎする用意であることを、式部卿の宮の、耳にも入り、長年の、世間には、恵み深い方ではあるが、宮の事となると、困ったことに、酷いことで、何かにつけて、恥しめて、こちらに仕えている者たちにも、おかまいなく、嫌な事ばかり、次々とあり、昔、自分のしたことで、酷いと思っていることがあるのだろうと、残念にも、辛くも思っていたが、このように、大勢の関係がある、女が多い中で、特別の寵愛があり、とても奥ゆかしい方、結構な方として、大事にされている、紫の上の運を、自分の家までは、響いてこないが、嬉しいことだと思っていた。その上、このように、身に余る程の、大騒ぎで、準備をしてくれるとは、思いもよらない、晩年の名誉である。と、喜びの言葉もあるが、北の方は、ただただ、不満、不快に思っている。ご自分の娘を、女御として、入内させた時にも、大臣が、好意を示さなかったので、以前よりも、一層、恨めしいと、思い込んでいるようである。

思ひかしづかれ給へる御宿世
これは、紫の上が、主語である。
作者が、紫の上に、給へる、と、敬語を使うのである。

かくあまたかかづらひ給へる人々多かる中に
源氏が、関わった女関係である。
その中でも、紫の上は、特別な存在になったという。

式部卿は、故藤壺と、兄妹であり、紫の上の、父親である。




posted by 天山 at 06:21| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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