2012年03月13日

もののあわれについて。552

帥の宮と聞えし、今は兵部卿にて、今の上に御かはらけ参り給ふ。

蛍宮
いにしへを 吹き伝へたる 笹竹に さへづる鳥の 音さへ変わらぬ

あざやかに奏しなし給へる、用意ことに、めでしたし。取らせ給ひて、

主上
うぐひすの 昔を恋ひて さへづるは 木伝ふ花の 色やあせたる

と宣はする御ありさま、こよなくゆえゆえしくおはします。これは御わたくしざまに、うちうちの事なれば、あまたにも流れずやなりにけむ。また書き落としてけるにやあらむ。




むかし、帥の宮と申し上げた方は、今は、兵部卿になられて、今上に盃を差し上げる。

蛍宮
昔のままに、聞える笛の音、それに、鶯の鳴き声まで変わりません。

おめでたく奏上して、お取り成しになる。この心遣いは、見事である。お手に遊ばして、

主上
鶯が、木から木へと渡りながら、昔を慕い鳴いている。木の花の色が、昔より、悪いからだろうか。

と、おっしゃる様子は、この上なく、奥ゆかしい。今日の、御盃は、非公式の、内輪の催しであるから、沢山の人に、その盃が渡らなかったのでしょうか。それとも、筆取る者が書きもらしたのか。

帥の宮は、源氏の、弟である。

源氏の、兄弟と、源氏の子である、帝の三人の、やり取りである。




楽所遠くておぼつかなければ、御まへに御琴ども召す。兵部卿の宮琵琶、内の大臣和琴、筝の御琴院の御まへに参りて、琴は例の太政大臣賜はり給ふ。せめ聞え給ふ。さるいみじき上手のすぐれたる御手づかひどもの、つくし給へる音はたとへむ方なし。唱歌の殿上人あまたさぶらふ。「安名尊」遊びて次に「桜人」、月おぼろにさし出でてをかしき程に、中島のわたりに、ここかしこ篝火どももとして、おほみ遊びはやみぬ。




楽所が、遠くて、はっきりと聞えないので、主上は、御前に弦楽器を持ってこさせる。兵部卿は、琵琶、内大臣は和琴、筝の御琴は、上皇陛下に差し上げて、琴は、いつもの通り、太政大臣が頂戴する。是非にと、仰せがあり、そのような素晴らしい上手な方が、優れた御手の弾き方で、秘術を尽くす、楽の音は、素晴らしいのである。唱歌の殿上人が、多く控えている。「安名尊」を謡い、次に「桜人」を。月が朧に差し出て、趣のある頃、中島の、あちこちに、篝火を焚いて、この御遊びが終わった。




夜ふけぬれど、かかるついでに、大后の宮おはします方をよぎてとぶらひ聞えさせ給はざらむも、なさけなければ、かへさに渡らせ給ふ。大臣もろともにさぶらひ給ふ。后、待ちよろこび給ひて、御対面あり、いといたうさだすぎ給ひにける御けはひにも、故宮を思ひ出で聞え給ひて、かく長くおはしますたぐひもおはしけるものを、と、口惜しう思ほす。大后「今はかくふりぬるよはひに、よろづの事忘られ侍りにけるを、いとかたじけなく渡りおはしまいたるになむ、さらに昔の御世の事思ひ出でられ侍る」と、うち泣き給ふ。主上「さるべき御かげどもにおくれ侍りて後、春のけぢめも思ひ給へわかれぬを、今日なむなぐさめ侍りぬ。またまたも」と、聞え給ふ。




夜が更けた。こういう機会に、大后の宮の、お住まいを避けて、お伺いしないのも、思いやりがないと、帰りにお立ち寄りになる。大臣も、一緒に、お供する。
大后は、お待ち遊ばして、喜び、御対面される。ひどく年を取った様子につけても、主上は、亡くなった、藤壺を思い出し、このように、長生きする方もいるのに、と、残念に思う。大后は、今は、こんなに、すっかり、年を取り、何もかも、忘れてしまいました。恐れ多くも、おいで下さいまして、今更のように、昔の御世が、思い出されることで、ございます。と、泣くのである。
主上は、頼りになる方々も、先立たれ、いつ春になったのかも、はっきりしませんでした。今日は、お目にかかって、心も安らぎました。時々、お伺いいたします、と、申し上げる。

昔の御世、とは、桐壺院の御世である。

さるべき御かげども、とは、桐壺院と、藤壺のこと。





大臣もさるべきさまに聞えて、源氏「ことさらにさぶらひてなむ」と、聞え給ふ。のどやかならで帰らせ給ふ響きにも、后は、なほ胸うち騒ぎて、いかに思し出づらむ。世をたもち給ふべき御宿世は、けたれぬものにこそ、と、いにしへを悔い思す。



大臣も、適当に挨拶をして、源氏は、改めて、お伺います、と、申し上げる。
ゆっくりされず、帰る威勢を御覧になり、大后は、今でも、胸が静まらず、昔のことを、思い出して、どんな気持ちでいるのかと、思う。結局は、政権を取るという、運命は、押し潰せなかったのだ、と、昔を後悔する。

いかに思し出づらむ
どんな気持ちでいるのか、とは、源氏に対する、心境である。
当初は、源氏を嫌い、政権から、源氏を遠ざけたのである。

源氏に対する、意地悪を、今、振り返り、後悔するという。

世をたちも給ふべき御宿世
結局、政権を取るべき、運命だったのだ。

彼女は、主上が、源氏の子であると、知っていたのである。



posted by 天山 at 06:19| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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