2012年03月12日

もののあわれについて551

ついたちにも、大殿は御ありきしなければ、のどやかにておはします。良房の大臣と聞えける。いにしへの例になずらへて、白馬ひき、節会の日は、内の儀式をうつして、昔の例よりも事そへて、いつかしき御ありさまなり。



元旦にも、大殿、源氏は参賀されず、のんびりしている。良房の大臣と申した方の、昔の例に習い、白馬を引いて来て、節会の日は、御所で行う儀式をし、昔の例より以上の色々な事をして、厳かな、儀式であった。





きさらぎの二十日あまり、朱雀院に行幸あり。
花盛はまだしき程なれど、やよひは故宮の御忌月なり。とくひらけたる桜の色もいと面白ければ、院にも御用意ことにつくろひ磨かせ給ひ、行幸に仕うまつり給ふ上達部、親王たちよりはじめ、心づかし給へり。




二月の二十日過ぎに、朱雀院に行幸がある。
花の盛りは、まだ来ないが、三月は、今上天皇のお母様、藤壺が亡くなった月である。早くから、桜の花の色が見事なので、院におかせられても、特別の準備で、修繕し、手入れをなさり、また、行幸のお供をする、上達部や、親王方をはじめとして、十分に用意された。





人々皆青色に、桜がさねを着給ふ。帝は赤色の御衣奉れり。召しありて太政大臣参り給ふ。おなじ赤色を着給へれば、いよいよひとつものと輝きて見えまがはせ給ふ。
人々の装束、用意、常にことなり。院もいと清らにねびまさらせ給ひて、御さま、用意、なまめきたる方に進ませ給へり。




人々は、皆、青色に、桜襲、さくらがさね、をお召しになる。陛下は、赤色の御衣をお召しあそばした。特別のお召しがあり、太政大臣、源氏も、参上される。同じ赤色をお召しになった二人は、一層そっくりで、輝くばかり、美しく、どちらが、どちらか、解らないほどだ。
人々の衣装も、振る舞いも、いつもとは違う。院も、大変綺麗で、年とともに、ご立派になり、御様子、振る舞い、ひとしお優雅におなりだ。

桜がさね
面が白で、裏が赤である。

なまめきたる
優美である、女性的な美しさをいう。

何とも、優美、みやびな、風景が、見えるのである。
源氏物語の、大きな特徴は、人の心の、機微を書き、戦の描写がないことである。

見事に、あはれ、に、貫かれている。
無常観が、無常美観へと、変転してゆく様が、描かれる。

無常であることが、美しいことであるとは、日本人独特の、心情である。
それが、鎌倉時代を経て、室町に至り、室町文化を開花させた。

そして、無常であり、美しいこと、そのものも、あはれ、なのである。




今日はわざとの文人も召さず、ただその才かしこしと聞えたる学生十人を召す。式部の司のこころみの題をなずらへて、御題賜ふ。大殿の太郎君のこころみ賜はり給ふべきゆめり。臆だかき者どもは、物もおぼえず。つながぬ船に乗りて池にはなれ出でて、いと術なげなり。日やうやうくだりて、楽の船ども漕ぎまひて、調子ども奏する程の山風のひびき、面白く吹きあはせたるに、冠者の君は、かう苦しき道ならでも交ひ遊びぬべきものを、と、世の中うらめしうおぼえ給ひけり。




今日は、専門の詩人を呼ばず、ただ、詩を作る才能が高いという、評判の大学の学生十人を、お呼びになる。式部省の試験の題になずらえて、勅題が出る。大殿のご長男が試験をしていただくからだろう。臆しがちな学生達は、うろたえてしまう。一人ずつ、船に乗って、池に放たれ、途方にくれているようだ。
日も、だんだと、暮れて行き、楽人を乗せた船が、漕ぎまわり、調子を奏すると、折から吹き降ろす山風の響きに、面白く合っている。それを耳にした、夕霧は、こんな辛い思いをしなくても、皆と一緒に、冗談を言ったり、合奏できるはずなのに、と、世の中を、恨めしく思うのである。

太郎君も、冠者の君も、夕霧のことを、言う。




春鶯てん舞ふ程に、昔の花の宴のほど思し出でて、院の帝「またさばかりの事見てむや」と、宣はするにつけて、その世の事あはれに思し続けらる。舞ひはつる程に、大臣、院に御かはらけ参り給ふ。

源氏
鶯の さへづる声は むかしにて むつれし花の かげぞかはれる

院の上、


九重を かすみへだつる すみかにも 春とつげくる うぐひすの声




しゅんあうてん、を舞う時分、昔の花の宴を思い出し、上皇陛下は、もう一度、あれほどの事が、見られるだろうか、と、仰せられる。源氏は、あの当時の、事を次々と思い続けて、胸が締め付けられる思いがする。舞い終わる頃に、大臣が、院に盃を差し上げる。

源氏
鶯の囀る声は、昔のままでございますが、花の陰で、慣れ親しみ一緒に遊んだ当時とは、すっかり時世が変わりました。
上皇さま、

朱雀院
雲を、霞が隔てるように、宮中から、遠くはなれている棲みかにも、鶯が鳴いて、春が来たと、教えてくれました。

その世のことあはれに思し続けらる
その当時のことが、あはれ、に、特に深く心に刻まれた思い出、である。





posted by 天山 at 00:48| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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