2012年02月29日

ビルマの希望に会う3

車は、私がチャーターした。
チェンライから、国境のメーサイまで。一日である。
車代が1000バーツ、運転手が、500バーツである。

タチレクでは、二時間を費やす計画。
おおよそ、五時間程度になる。

この運転手さんは、学校の先生で、後、四年で定年退職だという。
本当に、とぼけている人だった。

両親と、子供三人、奥さんの生活を見ている。
給料では足りないと、土日、運転のアルバイトをしている。
一ヶ月の給料は、六万円程度。

その学校は、チェンライから、三時間以上かかる場所にあるというから、驚いた。

私たちの、活動のあらましを、説明する。
彼は、良く解ったと言う。
大丈夫、車の中で待っていると・・・ところが・・・

兎に角、国境の入り口まで、車が進んだ。
そこで、荷物を下ろして、それでは、二時間後に連絡すると約束をする。

オッケー、オッケー
とは、言うものの、ホント大変な目に遭った。

さて、土曜日であるから、国境は、混雑している。
しかし、外国人専用の出国ブースは、まずまず。
途中で、タイ国籍の夫婦が、戸惑っていたが、その後は、スムーズに流れた。

荷物を持って、国境の橋を渡る。
と、子供たちが、ニコニコしながら、近づく。
前回の、子供たちである。

特に、女の子は、とても嬉しそうだった。
でも、
今回は、上げるものがないから、ね・・・
後で、逢おうと英語で言うと、一人の少年が理解した。
待ってる、待ってる・・・

前回、衣服を上げたので、着ているものは、綺麗だ。
ただ、前回逢わなかった、男の子は、相変わらず、汚れたシャツを着ていた。

次ぎは、ミャンマー入国である。
パスポートを預けて、入国の証明書を貰う。
そして、一人10ドルを払う。

アウンサン将軍と、現在の大統領の写真は、撤去していた。
更に、係官も、軍人ではなくなった。
銃を持つ兵士の姿も無い。

ミャンマー側に出る。
すると、突然の、勧誘である。
トゥクトゥクのおじさん、若者が、一斉に勧誘を始める。

タチレクの見何処の写真を掲げて・・・
それが、また、煩い。
トゥクトゥクでは、小さいので、ミニバスに乗ることにしていた。

だから、私は、あまり煩いので
やかましい・・・
と、怒鳴った。

ヤカマシイ、ヤカマシイ・・・
彼らが、口々に言う。
意味は、解らないだろう。

誰一人、近づかなくなった。

そして、下に降りて、ミニバスを探す。
ミニバスといっても、日本のバン程度の大きさで、両側に座席を作ってある。

ミニバスの止まる場所で、私は、孤児院のパンフレットを出して、ここに行きたいと言う。
ところが、そのパンフレットには、住所が書いていないのである。

運転手たちが、電話をして、場所を尋ねている。
おおよそ、場所が解った。
乗り込む前に、料金を聞いた。

500バーツ・・・
何・・・
なんで、500バーツもするんだ・・・
また、怒鳴った。

観光で回っても、300バーツである。

怒鳴って、馬鹿者・・・
と言った時、一人の青年が、優しく声を掛ける。
あのー日本人ですか・・・
ええ・・・
もし、良かったら、お手伝いします・・・
とても、流暢な日本語である。

彼は、ガイドだった。

私が、車を用意します。300バーツでいいです。ミャンマーの子供たちに、ありがとうございます。

手伝います、という、彼の言葉を信じて、車を任せた。
私は、米や、お菓子、ジュースなどを買いたいと言うと、市場に案内しますと、言う。

それでは、と、走り出した。

コータが心配して、彼に、あなたのお礼は、幾らですか、と、尋ねた。
いいえ、気持ちでいいです。
それで、安心して、任せたのである。

市場に行き、米屋を探した。
彼が先頭に立ち、私たちが、後ろに着いた。

米屋では、古い米が安くて美味しいと聞く。
新しい米は、水を含んで、べちゃべちゃするというのである。

そこで、一俵を買うことにした。
彼は、孤児院に寄付するので、料金を下げて貰ったと言う。

そして、隣の店で、お菓子類を買う。
更に、ジュースや、インスタントラーメンなどである。

市場の中で、すべて用意が出来た。
ただ、米以外は、タイ側で買うと安いと言われた。
ここでは、皆、タイ側から買って売っているという。

買い物は、すべてタイバーツで済んだ。

私が物を選ぶと、彼は、まず値段を聞いてから・・・と、アドバイスする。
安い物だと、思い込んでいるので、それは、正解だった。

安くしない店には、寄付するものだと、言っているのに・・・
と、彼は、憤慨した。

日本の人が、ミャンマーの子供たちのために、こうして来てくれているのに・・・
ありがたい、言葉だった。

兎に角、揃えて、施設に向かう。
私は、国旗を掲げた。

以前と同じように。
手を振る人たちもいる。

施設に行く道々の家は、皆々、貧しい小屋である。
それも、心に刻む。
国境から離れると、皆、貧しい暮らしの中にある。




posted by 天山 at 08:03| ビルマの希望に会う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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