2012年02月28日

ビルマの希望に会う。2

戦争犠牲者の追悼慰霊と、衣服支援の活動が、六年目に入った。

多くの人の知るところとなった。
少しは、名が知れた。
しかし、活動費は、年々減少する。

私は、好きで、ゲストハウスに泊まり、好きで、屋台や、市場で食事をしている。

ボランティアだから、ビジネスクラスに乗り、一流ホテルに泊まり・・・
という、とても考えられない、団体もある。
善意を行うから・・・という、らしい。

そして、支援物資を、ドンと置いて、支援である。
その後のことは、お任せ。

そして、寄付として、大金を得る。
これでは、ボランティア商売、利益追求の会社と、変わらない。

勿論、活動に一番必要なものは、お金である。
第一番である。

命の次に大切なお金を、何に使うかで、その人の価値観が解る。
勿論、わが身のために、使うことも、また、よし。

さて、色々な問題に直面してきた。
曰く、国内での支援が必要な時に・・・
何故、海外なのかと。
だが、それは、いつの時代も、言う。
そういう、人たちがいる。

グローバル化した世界と言いつつ、本当は、グローバルという意味を知らない。
国内も、海外も、変わらないのである。
国内で出来る人は、国内で、海外で出来る人は、海外で・・・

この活動にさえ、嫉妬と、やっかむ人たちがいる。

私の活動を止めるのは、唯一つ、お金である。
お金が尽きれば、止める。止めざるを得ない。

そのものの、価値は、後になって、解ってくる。

私は、国内も、国外も、出来ることをしているだけである。

ということは、すべて自己責任において、行為しているということである。
自己責任・・・
海外で、野垂れ死にしようが・・・自己責任。

さて、今回の目的は、唯一つ、ミャンマー、タチレクの少数民族の孤児院支援である。
そして、初めての、食糧支援をする。
衣類は、おおよそ、70キロを持参した。それも、その施設の子どもたちにだけ。

着いた翌日を、一日休み、タイ北部のチェンライに行く。
一番安い飛行機のチケットを取った。
日本で調べて、日本で取る。
日によっても、時間帯によっても、料金が違うのである。

チェンライに到着して、そこでも、休む。
何故、休むか。
乗り物が一番疲れるからである。
そして、疲れると、駄目。
疲れは、気の緩みを生む。

タイに慣れているといっても、注意が必要である。
何が起こるか解らない。

チェンライには、昨年の12月に三年振りに出かけている。
そして、そこから、バスに乗り、ミャンマー国境の町タイ側の、メーサイに行く。

今回は、車をチャーターした。
何故か。
前回は、普通バスに乗り、散々な目に遭ったから。

現地の人曰く、こんなバスに乗っているから、皆、早死にすると・・・

だいたい、50代で死ぬという。
恐ろしい。

私も、腰から両足にきた。
両足の外側の筋が、引きつるのである。
そして、痛む。

前回泊まった、ゲストハウスに泊まるが、レズの経営者である。
二日泊まったが、メーサイに行く日に、変更した。

レズの経営者の姿勢に、違和感を覚えたからである。
その、金儲けのカラクリである。
彼女は、カラオケ店をしていた。
日本のカラオケ店ではない。売春斡旋である。
そこで、莫大な金を得た。

そして、警察が、営業時間を深夜一時までと、改正した。
商売が出来なくなった。その後に、ゲストハウスをしたのである。
ところが、コータが、そのゲストハウスの裏で、彼女が売春斡旋を続けていることを、突き止めた。

表の顔は、ゲストハウスの経営者で、裏の顔は、売春斡旋である。
勿論、私は、売春を否定しない。
だが、その姑息さに、嫌気が差した。

更に、ゲストハウスなどに泊まる、金の無い客を馬鹿にしているのである。
無意識に、である。
それが、随所に出る。

彼女も、私を避け始めた。
それで、変更である。

次ぎの、ゲストハウスは、更に安い、350バーツ。800円程度である。

エアコンの無い部屋なら、150バーツからある。

食事は、屋台と、市場から買う。
本当に、お金がかからない。
それを、私は、楽しむ。

そして、地元の人たちと、交流する。
それが、楽しい。

日本人を、タイ語で、ニープンと言う。
ニープン、ニープンと呼ばれて、その家の中に招かれることもある。

家といっても、小屋のようであり、その前のオープンリビング、居間である。
言葉が通じないのに、何となく、解る・・・・
不思議なものである、人間とは・・・




posted by 天山 at 03:26| ビルマの希望に会う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。