2012年01月26日

カンボジアの悲劇2

バンコク経由で、シェムリアップに向かう。
何故か。
その方が、安いから。

二人で、90キロ程度の支援物資である。しかし、シェムリアップには、40キロのみ、持参できる。
だが、搭乗手続きの際に、46キロと出た。
しかし、何も言われない。つまり、許可してくれた。

対応したのは、男の子といってよいほど、若い。
コータがその対応に、ゲイであろうと、言う。
タイ語を聞けば、ゲイとか、カトゥイ、レディボーイとかが、解るという。
私には、その微妙な語感は、解らない。

兎に角、オーバーしたが、持参できると、喜んだ。
一時間で、到着という、これまた、早い。
国際空港であったから、入国が必要である。
勿論、タイからも、一度、出国する。

あらかじめ、ビザをネットで取っていたので、スムーズである。

シェムリアップは、バンコクより、暑かった。
ホテルまでの、トゥクトゥクを捜す。
空港の前は、タクシーの勧誘が煩いが、ここでも、同じく。

私は、一言
トゥクトゥク・・・
大声で言うと、誰も、それ以上は、勧誘しない。

そして、トゥクトゥクの止まる場所まで進む。
そこにいた、トゥクトゥクは、すべて予約済みであり、誰かが、あちらに止めてある、トゥクトゥクを呼びに行ってくれた。

遅いので、遅いと、大声を出すと、皆、真似して、オソイ、オソイと、言う。

やってきた、トゥクトゥクのお兄さんに、7ドルと、言うと、オッケーと答えた。
そして、荷物を積み、乗り込む。
その時、あれっ、7ドルは、タクシーの料金だと思い、もう一度、料金を尋ねた。
すると、解ったらしく、タクシー料金と同じと、答える。

そこで、やり取りするのが面倒で、良しとした。
その、運転手が、今回の私たちの支援に、関わるのである。

世界遺産、アンコールワットの町。
観光客が多い。

だが、私は、観光は、一切しない。
勿体無い・・・折角、出掛けたのに・・・
そんなことは、無い。それ以上に価値のあることを、するために、来ている。

ゲストハウスの安い所に向かう。
四泊する予定である。

私は、今日、明日と、休憩時間にした。
そして、三日目に、支援活動をする。

二日も、休むのである。
疲れるから。
前回の旅で、いよいよいと、私の体力の衰えを感じたのであり、更に、足に負担がかかり、無理は禁物。

町の中心部から、少し離れた場所にある、ゲストハウスである。
到着して、運転手に、私たちの計画を話した。
協力出来るか、否か。
二時間で、10ドル、と、提案した。
すると、オッケーであり、ありがとうと、言うのである。支援に対する、ありがとう、である。

町の外れから、貧しい人たちの部落を案内するという、約束をして別れた。

ゲストハウスに入る。
あらっ、何と、チェンライで、出会った、韓国人の青年がいる。
あーーー
と、互いに、驚き。

彼は、あれから、ラオスに入り、川を下って、カンボジアへ来たと言う。
ただ、そのゲストハウスは、大半が、というより、全員、老いも若きも、日本人客である。

ドミトリーという大部屋があり、そこに寝泊りする、若者たちである。

個室を使う、客は、少ない。

ツインルームを頼む。
従業員は、皆、無愛想である。
その訳が、後で解る。

階段の下で、寝ている従業員もいた。

兎に角、部屋に入り、一息である。
荷物の整理をする。
手荷物を入れて、四つ。
それらを、開けて、まとめる。

男女、子供用と、均等に入れて来た。
そして、靴と、文具である。
まあ、後で忘れることも、多々あるが・・・

兎に角、後は、休むのみ。
で、私は、早速、マッサージの店を捜す。
ガイドブックを見る。
マッサージ店のある場所には、多くの店があるのが、普通だ。

コータは、バンコクで、二時間ほど、受けたので、その日は、行かないと言う。
私は、盲人のマッサージ店を見つけた。

早速、そこに行くことにした。
盲人は、技が勝負であるから、旨い。
一時間、5ドルである。400円。安いのも、いい。
そして、案の定、上手かった。



posted by 天山 at 00:00| カンボジアの悲劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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