2011年12月25日

希望のビルマへ11

私が、パタヤに着いた日は、12月5日である。
それは、仏陀生誕祭と共に、タイ国では、国を上げての重要な日、国王生誕祭である。

禁酒、更に、派手なお祭り騒ぎは、禁止であり、歓楽街のパタヤでも、同じく。
ショーハブなども、中止である。
ただし、外国人には、酒を出す。そして、いつもより、音量は小さめである。

その夜、花火が上がった。
国王生誕祭の、式典がはじまったのである。

全国で、国王の誕生を祝う、式典が行われた。
どこに行っても、テレビは、国王生誕祭の様子を映す。

国王は、入院中であらせられ、すべての式典では、皇太子が勤めていた。
ただ、国王の姿が映ったときがあったという。
私は、見ることが出来なかった。

翌日も、テレビは、式典が行われていた。
僧侶たちが、延々と読経するのである。

私も、部屋でテレビを見ていた。

さて、今年最後の、旅は、パタヤにて、コータは取材で、私もまた、道にいるカンボジアの流民の様子を探る。

翌日、出掛けた際に、母子の物乞いに出会った。
カンボジア人である。
身振り手振りで、話しをする。

六人の家族は、カンボジアにいるという。
今、その子を連れて、物乞いに来ている。

四歳になる、男の子は、左目の下が、赤く腫れていた。

国王誕生日のお祝いということで、私は、20バーツをカップに入れた。
男の子は、その紙幣にキスをし、更に、私に投げキスをする。
その様が、とても、可愛らしい。

それで、部屋に戻ったが、男の子の、左目の腫れが気になり、矢張り、翌日に、もう一度会いに行った。

そして、私は、母親に薬を買うと言った。
ドラッグストアー・・・オッケー
母親が頷く。

子どもの方が、薬屋を覚えていたが、その店は、夜の開店である。
男の子は、口に手をやる。
食べ物が欲しいのだ。

それで、私は、先に、コンビニに連れて行くことにした。
向こう側にあるコンビニに向かう。
その時、私は、その子を抱き上げて、道を渡った。

コンビニに入ると、その子は、すぐにおもちゃを指す。
駄目・・・食べ物だよ・・・

子どもの嬉しさが伝わってくる。
普段は入れない場所である。

選ばせたが、中味より、見た目の派手なものを、選ぶ。
しかたなく、その派手な袋のキャンディを買う。
そして、私は、勝手に、パンと、ジュースを選んだ。
すると、その子は、ヨーグルトを指すので、それも買う。

楽しくて、しかたないその姿・・・
母親の元に一度、連れて行く。
母親は、立ち上がって、私たちの様子を見ていた。
矢張り、心配したのだろう。
子どもさらいがいるのである。

さて、もう一度、ドラッグストアを捜して、行く。
今度は、母親も安心してか、立ち上がらない。

暫く、歩いた。
漸く、見つけたが、その店には、子供用の薬がないと言う。
また、歩く。
大きな通りは、子どもを抱き上げて通る。

体を洗っていないせいか、臭い匂いがする。

病院を見つけて、薬屋を聞くと、教えてくれた。
漸く、子供用の薬が置いてある。
男の子の目を見せて、薬を頼む。

飲み薬と、点け薬を買う。
98バーツである。
その方法を教えて貰い、その子を連れて母親の元に戻り、飲み薬と、塗り薬の説明をする。
その場で、飲み薬を飲ませた。
これで、一安心である。

母親は、タイ語で、何度も礼を言う。

私は、ただの目の腫れ物から、目が潰れた子どもを知っているので、兎に角、安心した。
貧しい人たちは、簡単に治る病も、治せないのである。

ただ、私の体力も限界で、街を歩き回ることは、出来なかった。
バスの旅が、相当に、体に堪えている。

後は、マッサージしかない。
コータと、男子のいる、マッサージ屋に出掛けた。
ボーイマッサージと言うと、ボーイがつく。

また、単なるボーイマッサージの店も、新しく開店していた。
来る度に、店が変わったり、マッサージ嬢が変わるのである。

翌日は、ボーイマッサージに一人で、出掛けた。
ボーイマッサージは、エロもあるので、注意。
その店は、タイマッサージの本格的な店である。



posted by 天山 at 00:27| 希望のビルマへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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