2011年12月14日

最後の沈黙を破る。58

大震災、福島原発・・・
政治を批判していた。

そして、批判に、飽きた。

政治は、批判するものだと思っていた。
しかし、今年の九月頃から、心境が変わった。

批判は、もういい。
それより、その批判の的の、政治家になろうと、考えた。

それで、参院選に出馬することにした。

参議院議員が何をしているのか、よく解らないというものもある。
更に、参議院議員が、それを説明することもない。
選挙に受かれば、それで、お仕舞いなのだ。

それでは、私が、参議員になって、それを見て、国民に知らせたいと、思った。

参議員とは、何をしているのだろうか・・・

大半が、遊んでいる。

大枚な税金を貰い、遊んでいるのである。

遊び方は、議員それぞれ。

良識の府といわれるが、彼らに、良識があるのか・・・
解らないのである。

安穏として、議員生活を続けている。

いい気なものである。

私は、だから、議員になって、参議員削減を言う。
更に、議員報酬の削減を言う。
議員になれば、儲けものという、意識を、撲滅する。

議員報酬は、半端ではない。
遊んでいる、参議員が、であるのに。
勿論、すべての議員がと言うのではない。数名程度は、真っ当に、いや、それ以上に仕事をしているだろう。その仕事という意識は、議員の意識による。

良識の府を、任じるならば。天皇陛下に、任命された、数人で、事足りる。

議員に、当選した後で、手のひらを返したように、変わる、議員がいる。

名前は、上げない。
だが、相当に、多くの議員が、手のひらを、変える。

税金、ドロボーといっても、いい。
それは、党派に関係ないのである。

だが、参議院は、衆議院の、採決を確認する意味で、存在する。
参議院で、否決されると、衆議院に、戻される。

勿論、それでも、結果的に、衆議院にて、可決されると、それは、成る。
一応の、手続きである。

つまり、参議院は、とても、無責任な、場所なのである。

そして、衆議院より、批判が、極端に少ない。

命懸けで、参議員をしているという人は、数少ない。
命懸けなど、必要ないのである。

ただ、流れに任せていれば、いい。
それで、解散もない。六年間は、安泰である。

そんな、場所を、持つということ。それが、問題だ。

更に、有名人は、参議員になりやすいのである。
政治的、知識や教養など、なくてもいいのである。

また、それ以上に、馬鹿でも、アホでもいい。
兎に角、有名で、国民が知っていると、いいのである。

こんな、国会議員がいて、いいのか・・・

彼らの、特権は、甚だしいのである。

兎に角、金は貰う、特権は多い。
一度やると、止められないのである。

こんな、議員制度は、いらない。
必要ではない。

だから、私が、出馬して、それを暴露し、更に、必要性がないことを、訴える。

私が、参議員になれば、参議員の定数は、半減する。
私の公約は、議員定数の、削減であり、議員報酬の、削減である。

夏は、涼しく、冬は、ぬくぬくと、議員会館にて、過ごしている。
彼らは、どこにも、出掛けなくても、いいのである。

良識ある人たちだから・・・

ところが、良識など、持ち合わせていない。
良識を持ち合わせていれば、参議員には、ならないのである。

ホント、実に、馬鹿馬鹿しいのである。

一番、彼らの、口癖は、福祉である。
だが、福祉は、参議員になることである。
参議員になれば、死ぬまで、福祉の恩恵を受ける事が出来る。

ほんと、馬鹿馬鹿しい。
国民のことなど、考えなくなるのである。



posted by 天山 at 06:09| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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