2011年12月08日

天皇陛下について。96

皇室があったために独裁主義や資本主義や侵略主義や帝国主義が起こってきたように言うのは、みな心の底に邪見がひそんでいることを証明するようなものであって、そのような馬鹿げた史観や史論が横行しているところに、日本の非科学性があり敗戦自虐の思想があるのである。
天皇とは何か 里見岸雄

敗戦から、66年を経て、ようやく、真っ当に、天皇を考えるに至った。
サヨク系、反日系の、学者、識者たちは、言論の自由を盾に、好き勝手放題に、言って、書いた。
それに、迎合したのが、マスコミである。

それらの、血の中には、中国人の、韓国人の・・・

靖国参拝にしても、騒いだのは、日本のマスコミであり、それに、中国、韓国が、呼応したのである。

実に、いやらしい、連中の面々である。

天皇なんて存在自体が・・・云々・・・かんぬん・・・
自虐というか、自分自身を否定することで、成り立つ、自己のアイデンティティのようである。

今回の、大震災にての、天皇陛下の、行幸、被災地、被災者への、お見舞いの、御訪問が、どれほど、被災地の力になったか。

各地の、首長は、口を揃えて言う。
日本を象徴する、陛下の御訪問により、言葉に出来ないほどの、勇気を与えられた。
お飾りの言葉ではない。

更に、天皇皇后両陛下は、被災者の皆さんに、楽な姿勢で、との、お言葉である。

陛下の前に、胡坐をかいても、マスクをしても、いいのである。

高齢者の皆さんには、膝を付く事なくと・・・

あまりにも、勿体無いお言葉に、絶句したという。

これは、肉親の情であられる。
陛下は、国民と、肉親の情で、対応される。

本来ならば、側近の者たちが、許さないこと。

昭和天皇が、この身、如何になろうとも・・・とのお言葉通り、今上天皇も、その御心のままに、国民に、向かわれる。

敗戦後は、すべて、天皇の責任に帰すれば、良かった。
だから、猫も杓子も、皆、天皇のせいで・・・云々となった・・・

民主主義になったら戦争が起こらないように考え、天皇制こそ戦争の原因だなどという者は全く頭が混乱しているか、さもなければ、邪悪な意図の下に、故意にウソを語って恥じないのか、いずれかである。古代中世の無限君権国家以上に近代の民主主義国家は戦争を好み侵略を事としているのであって、ソ連も英国も米国もフランスも一つとしてその例外ではありえない。歴史の、今日からみて邪悪なものを皆、天皇制に結びつけようとする戦後の傾向は、全くマルクス主義の中毒以外のなにものでもない。
里見岸雄

だが、時代は、真っ当になりつつある。
隠されていたものが、公開され始めたからである。

事実が、明らかになる。
邪悪な妄想も、事実の前には、手も足も出ない。

里見氏が、言う、天皇制とは、私の言葉で言えば、伝統天皇である。
天皇は、制度ではない。
制度として、成り立つものではない。

便宜上、歴史的用語として、用いられるものであるが、違う。
日本には、日本の言い方がある。

他国語に、翻訳するには、天皇制・・・かもしれない。
が、天皇は、制度ではない。

天皇の前進は、大君である。
つまり、君が、多数存在した。
何も、天皇が一人、独裁者として、存在したのではない。

君の多数から、大君という、存在が、生まれでたのである。

大和言葉で言えば、おおきみ、は、きみ、と呼ばれる、者たちから、自然統合の姿として、おほきみ、と、呼ばれるようになったのである。

君の多数の中から、君主とは、君の主である。
君は、多数。その多数の中から、主が、求められた。

おほきみ、の、正式名称は、すめらみこと、である。

みこと、は、多数存在した。しかし、みこと、を、統べる者は、唯一として、推挙されたのである。

ミコトを、尊、と書く。尊称である。
更に、命、とも、書く。現在は、亡き人を、そのように尊称する。

制度は、制度として、整えるものであるが、天皇、おおきみ、すめらみこと、は、制度ではなく、君たちの、求めに応じて、成るものである。

これは、これから天皇の歴史について、書いてゆくと、解る。

平然として、天皇制・・・
誰が、制度などと、認識したのか。
誰が、認めたのか。

つまり、私は、認めないし、それを容認しない。
私は、勝手な私の思いで、書き綴る。

父親制などは、言わない。
父権、母権制とは、何か。

父系、母系とは、理解する。
日本のことは、日本語、その大元、大和言葉により、理解されなければ、ならないのである。
その、理解があり、初めて、訳語として、共通認識の言葉を、使用する。
この、共通認識とは、理解度のことである。

君主の存在しない、国や、民族の人に、君主を理解させるとき、どのような言葉を、用いるか。その国や、民族の言葉で、似たもの、近い意味合いにして、訳する。

旅先で、日本の天皇は、タイの国王と同じ意味か、ローマ法王の意味かと、イスラム系の人に問われる。

私は、国王と法王と、一緒になったものだと、答える。
そして、付け加えて、日本は、天皇を戴く伝統の国であると、言う。

更に、宗教の国ではないと、言明する。
だから、日本では、宗教の争いは、無いと、言う。




posted by 天山 at 16:32| 天皇陛下について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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