2011年11月21日

霊学43

もっともカンバーグは誇大自己という言葉よりむしろ病的な自己愛という言葉を使っています。
小此木

カンバーグは正常な発達ラインから逸脱して、病的な自己愛が構造化されてできあがるのが自己愛パーソナリティだといっています。これに対してコフートは、正常な発達段階のある段階に固着して、その発達段階の自己愛が構造化されたものが自己愛パーソナリティだといっています。
小此木

カンバーグは、病的な、であり、コフートは、発達段階の一つとしている。

病的な自己愛が肥大してできたと、考えるか、発達段階のあるところで、固着したと、考えるか、である。

コフートによる、誇大自己は、どんなふうにして、出来上がるのか。
自己―対象、セルフ・オブジェクト、つまり、自己と対象が情緒的に、はっきりと分化していないという意味。

簡単に言うと、子どもの心のままである。
主観的に、相手が、自己―対象、セルフ・オブジェクトになっているということ。

相手と、同化している、状態と、理解する。
私と、あなたは、同じ・・・という、勘違いである。

フコートは、
自己―対象とは、こうした自己表象と対象表象の分化ができあがる以前の段階での話しなのです。
小此木

それは、フロイトが言う、乳幼児の発達段階における、快感は、みんな自己であり、不快なものは、みんな非自己であるという、考え方。

快感自己に当るものを、自己―対象と、みなすと解りやすいのである。

それは、
自分にとって何でも思い通りに快―欲望の満足を得られるという全能の自己の感覚です。
小此木

そこで思い通りにできる自分と思い通りにしてくれる母親は、全納感の中で一つに結びついた自己―対象になっているわけです。
小此木

それを、大人になってから、相手に投影させると、おかしくなる。
全能である思う、錯覚経験から、抜け切れない人が、自己愛を肥大させる。

ところが、現実は、母離れのように、確実に来るのである。
そして、幻滅を味わう。

そこで、
理想化された自己―対象について、各発達段階に応じて、脱理想化が起こっていく。その脱理想化によって、ありのままの現実的な自己表象と現実的な対象表象が分化・発達していくわけです。
小此木

言われてみれば、当たり前のことだが、このように、学者が書くと、説得力がある。

さて、ところで、その脱理想化の、幻滅、挫折が、あまりにも大きいと、自己―対象が、急に失われた状態になり、その時、恐怖、衝動が、自己愛を奪うのである。

子供も、大人も、同じ。

分離不安だけではなく、自己破滅・・・まで、至ることもある。

むむしろ子どもの自我の発達に応じて、少しずつ次第に幻滅して、全能感が減少し、そのぶんだけ現実感をもてるようになるのであれば、精神発達にとって、それは必要かつ有意義な体験です。
小此木

随分と、のんきなことを、言うものである。

それを、経なければ、真っ当な、大人になれないのである。

それが、自然に行われることである。
こうして、著者が、書くというのは、それが、自然に行われなくなったからだろう。

何も、面倒な言葉を重ねて、語ることもないはずなのである。

ここで、小此木氏は、母親を早く失うと、
母親の喪失は自己の喪失・破滅になってしまう。そして自分と未分化な全能の母親が、子どもの幻想の中にそのまま存続してしまうわけです。自分と分化しないままの全能感のある母親が残ってしまうのです。
と言う。

そうなると、対象喪失は経験できないわけですが、それと同時に、それだけ現実のかかわりには狂いと歪みが生じてしまう。ポリアンナ的な現実否認が恒常化してしまうのです。
小此木

それは、恐ろしいことである。
結論は、病的に自己愛が、肥大し、自己愛パーソナリティが出来ると、コフートは、言う。

こういう人と、関わる人たちは、次々に、理想的な対象の役目を担わされ、この理想的な対象としての、かかわりの中で、理想的自己も満たされる。

そして現実の自己は、この全能感をみたして、自己愛の満足を得ることをひたすら追求するようになります。これが自己愛パーソナリティであり、その中核が誇大自己なのです。
小此木

それは、つまり、イリュージョンの世界、錯覚の世界に沈没する、生き方になるといわれる。

時代は、そういう人の物になったのか・・・

幻滅と、脱理想化が、破綻して、突然、街中で人を襲う。
または、離人症になり、うつ病になり、手のつけられない、人格を持つ。

心理学では、ほぼ、二歳半くらいに、自己表象と対象表象の分化が、出来ると、言われる。

それでは、正常な発達というものを、小此木氏の、解説で、見ることにする。




posted by 天山 at 00:01| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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