2011年11月13日

もののあわれについて。540

大宮「いかやうなる事にてか、今さらの齢の末に、心おきては思さるらむ」と聞え給ふも、さすがにいとほしけれど、内大臣「たのもしき御蔭に、幼き者を奉りおきて、自らはなかなか幼くより見給へもつかず、先づ目に近きが、まじらひなどはかばかしからぬを見給へ嘆き営みつつ、さりとも人となさせ給ひてむ、と頼みわたり侍りつるに、思はずなることの侍りければ、いと口惜しうなむ。まことに天の下並ぶ人なき有職にはものせらるめれど、親しき程にかかるは、人の聞き思ふ所も、あはつけきやうになむ、何ばかりの程にもあらぬ中らひにだにし侍るを、かの人の御為にも、今めかしうもてなさるるこそをかしけれ。ゆかりつび、ねぢけがましきさまにて、大臣も聞き思すところ侍りなむ。さるにても、かかる事なむと知らせ給ひて、殊更にもてなし、すこしゆかしげある事をまぜてこそ侍らめ。幼き人々の心に任せて御覧じ放ちけるを、心憂く思う給ふる」など聞え給ふに、夢にも知り給はぬことなれば、あさましう思して、




大宮は、いったい、どんなことで、この年寄りに、水臭い考えをするのでしょう、と、おっしゃるのも、気の毒である。
内大臣は、頼もしい方と思い、幼い者を、御願いしました。私は、かえって、小さい頃から、何の世話をせずに、とりあえず、身近な娘が、宮仕えなどうまくゆかないことを心配し、あれこれ、苦労しながら、それでも、雲居雁を、立派な娘にしてくださるだろうと、頼りに、していました。でも、思いもかけないことがありまして、実に残念で、なりません。実際に、天下に、またとない有職ではいらっしゃるが、いとこ同士が結婚するのは、世間が聞けば、簡単すぎると、大した身分ではない連中も、考えております。あちらのことを、考えても、見苦しいことです。全くの他人で、裕福で、近づきでない所で、派手に、扱ってもらってこそ、よろしいのです。縁者同士では、感心できないことで、大臣も、お耳にして、不快に思いでしょう。それはそれとして、こういうことがあると、話してくださり、改まる待遇をし、少しは、人から見ても、いいなと思われるようなことを、しての事にしたいのです。小さい二人の思うままに、放っておくのは、心外に思います。などと、おっしゃるが、大宮は、全く知らないことなので、呆れてしまう。




大宮「げにかう宣ふも道理なれど、かけてもこの人々の下の心なむ知り侍らざりける。げに口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべく侍れ。もろともに罪を負せ給ふは、うらめしき事になむ。見奉りしより、心殊に思ひ侍りて、そこに思し至らぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知れず思ひ侍れ。ものなげなき程を、心の間の惑ひて、いそぎものせむとは思ひよらぬことになむ。さても、誰かはかかる事は聞えけむ。よからぬ世の人の言につきて、きはだけしく思し宣ふも、あぢきなく、空しきことにて、人の御名や穢れむ」と宣へば、内大臣「何の浮きたる事にか侍らむ。侍ふめる人々も、かつは皆もどき笑ふべかめるものを。いと口惜しく、安からず思う給へらるるや」とて、立ち給ひぬ。




大宮は、それうですか、お言葉は、もっともなことですが、全く、あの二人の気持ちは、知りませんでした。本当に残念なことは、あなた以上に、嘆きたいほどです。二人と同罪のように考えられるのは、恨みます。雲居雁を、引き受けてから、特に可愛く思い、あなたの気がつかないことも、立派にしてやりたいと、私一人で考えていました。お話しにならない子供を、可愛いあまり、目が眩み、急ぎ結婚させようとは、考えもしません。それにしても、誰が、こんな事を、お耳に入れたのでしょう。身分の低い者たちの噂話で、大袈裟に考えて、口にされるのは、感心しません。でたらめな話で、雲居雁の名を傷つけないでしょうか。と、おっしゃる。
内大臣は、どうして、いい加減なことをいいましょう。お傍にいる、女房たちも、内々では、笑っているらしい様子。本当に、残念で、不快です。と、申して、お立ちになった。




心知れる人は、いみじういとほしく思ふ。一夜のしりうごとの人々は、まして心地もたがひて、何にかかる睦物語をしけむと、思ひ嘆きあへり。




事情を知る女房は、実に可哀想だと、思う。そして、あの夜の、陰口の連中は、それ以上に、仰天して、どうしてあのような噂話をしたのかと、一同、後悔しているのである。




姫君は、何心もなくておはするに、さしのぞき給へれば、いとらうたげなる御さまを、あはれに見奉り給ふ。内大臣「若き人といひながら、心幼くものし給ひけるを知らで、いとかく人なみなみにと思ひける、われこそまさりてはかなかりけれ」とて、御めのとどもをさいなみ給ふに、聞えむ方なし。




姫君は、無邪気でいらっしゃる。
内大臣は、部屋を覗かれたが、まことに可愛らしい様子で、胸篤く御覧になる。
内大臣は、若いといっても、特に子供ぽくしている様子に、気づかず、何とか、一人前にと思った私のほうが、しっかりしていなかった、と、思い、乳母たちに、責任を求めるが、乳母たちは、返事のしようがないのである。

あはれに見奉り
とても、可愛く見たのである。

われこそ まさりて はかなかりけれ
我こそ、まして、儚いものだ




乳母「かやうの事は、限りなき帝の御いつき女も、さるべき隙にてこそあらめ。これは、明け暮れ立ち交じ給ひて年頃おはしましつるを、何かはいはけなき御程を、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔て聞えさせむと、うちとけて過ぐし聞えつるを、一昨年ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにて侍るめるに、若き人とてもうち紛ればみ、いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、ゆめに乱れたる所おはしまさざめれば、更に思ひよらざりけること」と、おのがどち嘆く。




乳母は、こういうことは、陛下の大事な姫君でも、いつの間にか、間違いをする例は、昔物語にもあるようです。二人の気持ちを知り、仲介する女房が、隙をうかがって、引き合わすことがあって起きるのでしょう。お二人は、朝に晩に、ご一緒で、長い年月を過ごされましたから、どうして、小さなお二人を、大宮の扱いより、でしゃばって、隔てましょう。安心して、日を送っていましたが、一昨年ごろから、はっきりと、お二人を分ける扱いに変わりました。子供だと思っていた方も、人目を誤魔化して、どうしたことか、変なまねをする方も、おいでですが、若君は、けっして、ふざけた事もありません。まるで、思いもかけないことです。と、それぞれに、嘆くのである。




posted by 天山 at 00:10| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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