2011年11月12日

もののあわれについて。539

殿は道すがら思すに、いと口惜しく、あしきことにはあらねど、めづらしげなきあはひに、世の人も思ひいふべきこと、大臣、しひて女御をおし沈め給ふもつらきに、わくらばに、人にまさることもやとこそ思ひつれ、ねたくもあるかな、と思す。殿の御中の、大方には、昔も今もいとよくおはしながら、かやうの方にては、いどみ聞え給ひし名残も思し出でて、心憂ければ、寝覚めがちにて明かし給ふ。大宮をも、さやうの気色は御覧ずらむものを、世になくかなしくし給ふ御孫にて、任せて見給ふならむ、と、人々の言ひし気色を、めざましうねたし、と思すに、御心動きて、すこし雄々しくあざやぎたる御心には、しづめ難し。




内大臣は、道々、考えになる。全然問題にならない、よくないこと、というのではないが、変わり映えしない、いとこ同士の結婚と、世間の人も思い、また言うだろう。大臣、源氏が、無理やりに、女御を抑えるのも、辛いが、もしかして、この姫が、あちらに、勝つこともあるかと、思ったのに、残念なことだと、思う。
源氏と、内大臣は、昔も今も、大方、とてもよくしているが、こうした、勢力争いでは、競争したことも、尾を引いて、嫌でたまらないのであり、眠れずに、夜を明かす。
大宮も、あの様子は、ご存知であろうに、またとなく、可愛がるお孫なので、好きにさせているのだろう、と、女房たちが、噂した話しを、恨めしい、憎らしいと、思うと、心穏やかではなく、少し男らしく、はっきりさせる、気性では、抑えかねるのである。




二日ばかりありて参り給へり。しきりに参り給ふ時は、大宮もいと御心ゆき、うれしきものに思いたり、御尼額ひき繕ひ、うるはしき御小ちぎなど奉りそへて、子ながらはづかしげにおはする御人ざまなれば、まほならずぞ見え奉り給ふ。大臣御気色あしくして、内大臣「ここに侍ふもはしたなく、人々いかに見侍らむと心おかれにたり。はかばかしき身に侍らねど、世に侍らむかぎり、御めかれず御覧ぜられ、おぼつかなき隔てなくとこそ思ひ給ふれ。よからぬものの上にて、怨めしと思ひ聞えさせつべき事の出で参うで来たるを、かうも思う給へじとかつは思ひ給ふれど、なほ静め難く覚え侍りてなむ」と、涙おしのごひ給ふに、宮けさうじ給へる御顔の色違ひて、御目も大きになりぬ。




二日ほどして、内大臣がお越しになった。引き続いて、お越しになる時は、大宮も、大変満足して、嬉しいことと、思うのである。
尼そぎの、額髪を手入れして、きちんとした、こうちぎ、などを重ねて、自分の子ながらも、ご立派である方ゆえ、横顔しか、見せないのである。
内大臣は、ご機嫌ななめで、こちらに、伺うのも、きまりが悪く、女房たちが、どう思うかと・・・気が引けてしまいます。甲斐性の無い私ですが、生きている限り、始終お目にかかり、親しく思い、どうしているのかと、解らないことのないようにと、思っていました。出来の悪い娘のことで、お恨み申し上げたくなることがありますので、出て来ましたのを、こんなに、恨むことはないと、一方では、思いつつ、それでも、我慢できかねるので・・・と、涙を拭く。
大宮は、化粧の顔の色が変わり、目も、大きく見開いた。



posted by 天山 at 06:16| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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