2011年11月11日

もののあわれについて。538

大臣和琴ひき寄せ給ひて、律の調のなかなか今めきたるを、さる上手の乱れて掻い弾き給へる、いと面白し。御前の梢ほろほろと残らぬに、老御達など、ここかしこの御凡帳の後に頭をつどへたり。内大臣「風の力けだしすくなし」と、うち誦し給ひて、内大臣「琴の感ならねど、あやしくものあはれなる夕かな。なほ遊ばさむや」とて、秋風楽に掻き合わせて、唱歌し給へる声いと面白ければ、皆さまざま、大臣をもいとうつくしと思ひ聞え給ふに、いとど添へむとにやあらむ、冠者の君参り給へり。




内大臣は、和琴を引き寄せて、律の調子の、今めきたる、今流行りな感じを、このような名人が、格式ばらずに、掻いたり、弾いたりするのは、実に面白いと、言う。
御前の、木の葉が、ほろほろと落ちて、年取った女房達が、あちこちの、御凡帳の後に、固まり聞いている。
内大臣は、風の力は、弱くとも、と、詩を朗詠して、琴のせいではないが、何か、泣けるような今宵です。もっと、弾きませんかと、秋風楽に調子を合わせて、唱歌している声が、非常に素晴らしいので、姫も大臣も、それぞれに、可愛いと、大宮は、思うのである。そこに、一層、興を増すためか、冠者の君、夕霧が、お出でになった。




こなたにとて、御凡帳隔てて入れ奉り給へり。内大臣「をさをさ対面もえ賜はらぬかな。などかく、この御学問のあながちならむ。才のほどよりあまりぬるもあぢきなきわざと、大臣も思し知れることなるを、書く掟て聞え給ふ、やうあらむとは思う給へながら、かう籠りおはすることなむ。心苦しう侍る」と聞え給ひて、内大臣「時々はことわざし給へ。笛の音にも古ごとはつたるものなり」とて、御笛奉り給ふ。いと若うをかしげなる音に吹きたてて、いみじう面白ければ、御琴どもをばしばしとどめて、大臣、拍子おどろしからずうち鳴らし給ひて、「萩が花ずり」などと謡ひ給ふ。




こちらへ、と、姫君が、御凡帳を隔てて、お入れした。
内大臣は、あまり、お目にかかれないことです。どうして、この御勉強が、ひどいのでしょう。学問が、身分に過ぎることは、よくないことと、大臣も、ご存知なのに、こうして、命じられるのは、訳があると思いますが、こんなに、引き籠っては、お気の毒です、と、おっしゃり、時には、別の事も、行うことです。笛の音にも、昔の聖賢の道は、伝わっているものです。と、笛を差し上げた。
若々しく、趣のある音色に吹いて、大変面白い。琴を弾くのをやめて、大臣が拍子を軽く取り、萩が花ずり、などと、お謡いになる。




内大臣「大殿も、かやうの御遊びに心をとどめ給ひて、御政どもをば、のがれ給ふなりけり。げにあぢきなき世に、心のゆくわざをしてこそ、過ぐし侍りなまほしけれ」など宣ひて、御土器まいり給ふに、暗うなれば、大殿油まいり、御湯漬くだものなど、誰も誰も聞し召す。




内大臣は、太政大臣も、こういう音楽にご熱心で、忙しい政治は、逃げてしまいます。全く、つまらない人生は、満足できることをして、日を送りたいものです、などと、おっしゃり、盃を進めるうちに、暗くなったので、灯をつけて、お湯漬けや、果物などを、どなたも、召し上がる。




姫君はあなたに渡し奉り給ひつ。しひて気遠くもてなし給ひ、御琴の音ばかりをも聞かせ奉らじ、と、今はこよなく隔て聞え給ふを、「いとほしき事ありぬべき世なるこそ」と、近う仕うまつる大宮の御方のねび人どもささめきけり。




姫君は、あちらに、移らせた。つとめて、二人の間を、遠ざけになり、お琴の音さえも、聞かせないようにして、今では、すっかり、引き離していらっしゃるので、お気の毒なことが、起こりそうな、仲が気になると、お二人に仕えている、大宮付きの年寄り達が、こそこそと、言うのである。




大臣出で給ひぬるやうにて、忍びて人に物宣ふとて立ち給へりけるを、やをらかい細りて出で給ふ道に、かかるささめ言をするに、あやしうなり給ひて、御耳とどめ給へば、わが御上をぞいふ。ねび人「賢がり給へど、人の親よ。自らおれたることこそ出でくべかめれ。子を知るはといふは、虚言なめり」などぞつきしろふ。「あさましくもあるかな。さればよ。思ひよらぬかな」と、気色をつぶつぶと心え給へど、音もせで出で給ひぬ。御前駆追ふ声のいかめしきにぞ、ねび人「殿は今こそ出でさせ給ひけれ。いづれの隈におはしましつらむ。今さへかかる御あだけこそ」と言ひ合へり。ささめき言の人々は、「いとかうばしき香のうちそよめき出でつるは、冠者の君のおはしまつるとこそ思ひつれ。あなむくつけや。しりうごとや。ほの聞し召しつらむ。わづらはしき御心を」と、わび合へり。




大臣は、邸を出られたようにして、こっそりと、女房を相手にしようと、そちらに出たのだが、そっと、小さくなり、出る際に、ひそひそ話しをしているので、変に思い、耳をすませると、自分のことを言う、陰口である。
年寄り連中は、利口ぶっていらっしゃるが、親は、あんな親だ。結局、変なことが起きる。子を知るのは、親だというのは、嘘でした。などと、言い合う。
大臣は、呆れたことだ。そうだったのか。考えつかないこともないが、子供だと思い、油断していた。何と言う、嫌な世の中だ、と、様子を一部始終、見たのである。こっそりと、抜け出した。
前駆の声が、堂々と聞えてくるので、女房達は、殿様は、今お邸から、お出で遊ばした。どこに隠れていらしたのか。今でも、こんな浮気をされるとは、と、言い合っている。
こそこそ噂をした連中は、とても良い匂いがして来たのは、冠者の君が、いらしたのだと、思いました。ああ、気味が悪い。陰口をお耳にされたのではないだろうか。煩いお方なのに、と、お互い、困っている。

何とも、面白い場面である。
人の陰口を耳にする、大臣である。
自分のことと、その娘のことを、言い合っている。
娘とは、雲居雁のことである。




posted by 天山 at 00:06| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。