2011年11月10日

もののあわれについて。537

所々の大饗どもも果てて、世の中の御いそぎもなく、のどやかになりぬる頃、時雨うちして、萩の上風もただならぬ夕暮に、大宮の御方に、内の大臣参り給ひて、姫君渡し聞え給ひて、御琴など弾かせ奉り給ふ。




大臣、二人の任命披露の宴も、終わり、朝廷の御用もなく、ゆっくりとした頃に、時雨が落ちはじめて、荻の上葉を吹く風も、身に沁みて感じられる、夕暮れの時、大宮のお住まいに、内大臣が伺った。姫君も、そこへ呼んで、琴などを弾かせるのである。

萩の上風
秋はなほ 夕まぐれこそ ただならぬ 萩の上風 萩の下露
和漢朗詠集より




宮はよろづの物の上手におはすれば、何れも伝へ奉り給ふ。内大臣「琵琶こそ、女のしたるに憎きやうなれど、らうらうじきものに侍れ。今の世にまことしう伝へたる人、をさをさ侍らずなりにたり。何の親王、くれの源氏」などかぞへ給ひて、内大臣「女の中には、太政大臣の、山里にこめ置き給へる人こそ、いと上手と聞き侍れ。物の上手の後には侍れど、末になりて、山がつにて年経たる人の、いかでさしも弾きすぐれけむ。かの大臣、いと心ことにこそ思ひて宣ふ折々侍れ。他事よりは、遊びの方の才はなほ広うあはせ、かれこれに通はし侍るこそかしこけれ。ひとりごちにて、上手となりけむこそ、めづらしきことなれ」など宣ひて、宮にそそのかし聞え給へば、大宮「柱指すことうひうひしくなりにけりや」と宣へど、面白う弾き給ふ。




大宮は、何もかにも、上手であられるので、それをみな、お姫様に、教える。
内大臣は、琵琶は、女が弾いていると、不恰好みたいですが、見事な、音色です。今日、正しく弾き伝えている人は、まずまず、いなくなってしまいました。何々親王、何々源氏、と、数えて、女の中では、太政大臣、源氏が、山里において、いらっしゃる方が、誠の上手と、聞いております。名人の血統では、ありませんが、落ちぶれて、田舎に長年いた人が、どうして、そんなに、上手に弾くのでしょうか。あの大臣も、特別な人と、考えて、口にされることが、何度かあります。他の事とは違い、音楽の才能は、やはり、色々な人と、合奏し、あの人、この人を、精通してこそ、立派になるものです。一人で弾いていて、上手になったということは、あまり聞きません、などと、おっしゃり、宮に頼むと、大宮は、柱を押さえるのが、下手になってしまいました、と、おっしゃるが、見事に、弾かれる。

琵琶には、柱というものがある。
一般の琵琶は、四柱。琵琶法師のものは、五柱である。
その、柱を、押して、弦の強弱を調節する。




内大臣「幸にうち添へて、なほあやしうめでたかりける人や。老いの世に持給へらぬ女子をまうけさせ奉りて、身に添へてもやつし居たらず、やむごとなきにゆづれる心掟、事もなかるべき人なりとぞ聞き侍る」など、かつ御物語聞え給ふ。




内大臣は、幸運ばかりではなく、どう考えても、不思議なほどに、結構な人です。年になるまで、持たなかった、姫様を産んで差し上げ、自分の傍に置いて、みすぼらしくするのではなく、指も指されない身分のお方に、お渡しした事、咎めることも出来ない人だと、耳にします、などと、弾きつつ、お話になる。

幸にうち添へて
源氏の子を産むという、幸運である。
明石のこと。




内大臣「女はただ心ばせよりこそ、世に用いらるるものに侍りけれ」など、人の上宣ひ出でて、内大臣「女御を、けしうはあらず、何事も人に劣りては生ひ出でずかし、と思ひ給へしかど、思はぬ人におされいる宿世になむ、世は思ひの外なるものと思ひ侍りぬる。この君をだに、いかで思ふさまに見なし侍らむ。東宮の御元服ただ今のことなりぬるをと、人知れず思う給へ心ざしたるを、かういふ幸人の腹の后がねこそ、またおいすがひぬれ。立ち出で給へらむに、ましてきしろふ人あり難くや」とうち嘆き給へば、大宮「などか然しもあらむ。この家にさる筋の人いでものし給はで止むやうあらじ、と故大臣の思ひ給ひて、女御の御事をも、いたちいそぎ給ひしものを、おはせましかば、かくもてひがむる事もなからまし」など、この御事にてぞ、太政大臣もうらめしげに思ひ聞え給へる。




内大臣は、女は、気立て一つで、出世するものです、など、弾きながら、お話しになる。
そして、女御を、そうではなく、何事も誰にも負けずに、成人したと思っていましたが、思いによらない人に、負かされた不運により、この世は、案外なものと、思っていました。せめて、この人となりと、理想通りにしたいもの。東宮さまの、御元服も、もうすぐのことですし、密かに考えていたのですが、こういう幸運な人が生んだ、皇后の候補者が、また、追いついて、きました。入内されたら、一層競争相手は、いません、と嘆かれると、大宮が、どうして、そんなことがありましょう。この家に、そうなる方が、出ないで終わることは、あるまいと、亡くなった大臣が、思いになって、弘薇殿の女御の、入内にも、熱心に準備されました。生きていらしたら、こういう、酷い目に遭わなかったことでしょう、と、立后のことでは、太政大臣を、恨めしく思うのである。

思わぬ人とは、梅壺の女御のこと。
雲居雁が、大宮のところにいる。当然、こちらの姫が后になるはずと、話し合うが、梅壺が、なったことを、話し合うのである。




姫君の御さまの、いときびはにうつくしうて、筝の御琴弾き給ふを、御髪のさがり、かんざしなどの、あてになまめかしきをうちまもり給へば、恥ぢらひてすこしそばみ給へるかたはらめ、つらつきうつくしげにて、取由の手つき、いみじう作りたる物の心地するを、宮も限りなくかなしと思したり。掻き合わせなど弾きすさび給ひて、押しやり給ひつ。




姫君の、様子が、ひどく子供っぽく、可愛らしく、筝の琴を弾くのが、髪が下がるところ、髪の格好などの、品よく、美しいのを、父大臣が、じっと見つめていると、恥ずかしそうに、横を向く。その横顔の姿が、可愛らしくて、左手で、琴の緒を押える手つきが、上手に、作った人形のような感じであるのを、大宮も、この上なく、可愛いと思う。
掻き合わせなどを、軽く弾いて、姫は、琴を前に、押しやった。




posted by 天山 at 00:09| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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