2011年11月05日

最期の沈黙を破る。57

人と人の間の利害の対立、これは基本的に暴力によって解決されるものです。動物たちはみなそうやって決着をつけています。人間も動物なのですから、やはり暴力で決着をつけます。・・・戦争は自然世界の掟に即しており、生物学的なレベルでは健全なものと言え、現実には避けがたい・・・

これは、心理学者、心理分析で、有名な、フロイトの言葉である。

アインシュタインが国際連盟の知的協力国際委員会からの提案、人間にとって最も大事だと思われる問題を取り上げ、一番意見を交換したい相手と書簡を交わして下さい、との提案を受けて、フロイトに宛てて、戦争を避けるためにはどうすればよいのか、と自問し、その現実の、糸口を、人間の心自体に問題があると、推測し、その道の専門家である、フロイトに、問い掛けた、答えである。

更に、フロイトは、平和のために、巨大な中央集権的な権力による暴力管理の必要を説いたという。
つまり、それは、ファシズムではないか・・・

フロイトの、答えの是非は、兎も角として、戦争という、暴力行為は、当然であると、考える人たちが、存在するということである。

精神分析の・・・人間心理の・・・
真っ当な、見解であろうが、それでは、今までの、人類の叡智、なるものを、フロイトは、どう考えたのかと、考える。

勿論、より具体的に、丁寧に意見を述べたと、言われるが・・・

そのもの、ズバリ、それで、納得する人も、多々存在する。
国際社会の一つの、問題解決の方法であると・・・

それでは、今までの、平和共存するという、努力を重ねてきた、人類の叡智、智慧は、一体、何なのか・・・

いや、人類は、そんなことは、考えていなかったという人も、いるだろう。

だが、人類は、過酷な自然の中で、相互扶助によって、生き抜いてきたと、私は、考えている。

戦争、つまり、人殺しをはじめたのは、何か、である。

結論から言えば、宗教、それにまつわる、思想である。

生物学的にいえば、人間も、動物である。
耳障りのいい、言葉である。
人間も、動物である。

それを、進めてゆけば、何事も、許されることになる。

キリスト教圏においても、そのように、返答した、フロイトであるから、戦争、殺し合いの、意味が、他の動物と違うと、何故、指摘できなかったのか、不思議である。

それで、説けば、種族保存の本能から、本能的なもの、すべてが、戦争と、人殺しを、容認することになる。

それでは、ユングならば、どのように、答えたのか。
深層心理における、記憶の問題が、戦争、人殺しに、通じているというのか・・・

心理学が、平和に貢献しないのならば、その存在意義は、人間を分析して、遊ぶおもちゃのようなものである。
更に、心理学という、学問を使い、勝手気ままにに、人の心を、分析して、遊ぶ、くだらない学問になり得る。

うつ病治療に、精神分析をしても、治らないことの方が、多い。
坑欝剤を、一つ飲む方が、効き目がある。

心理学なるもの、まだ、進化していないようである。

更に、学者、医者に、カウンセリングをしてもらうより、自己カウンセリングによって、改善する人の方が多い。

あるいは、別な方法も、多々ある。

心理学用語を使用する人には、注意が必要である。
騙しのテクニックだからである。

と、まあ、フロイトの、言葉から、戦争肯定が出たことに、私は、驚いているし、更に、ファシズムを容認したことにも、驚いた。

そして、それを実験した人が、その書簡を交わした年に、ドイツ第一党となった、ナチ党の、ヒトラーである。

彼は、大統領を兼ね、総統になった。
そして、独裁政治を行い、戦争まっしぐらであり、ユダヤ人大虐殺をやって、のけたのである。

私は、仏陀を、宗教家というより、古代の心理学者だと、理解している。
彼は、すべては、心によると、教えた。

心に発するものが、現実になる。
だから、と、心の、有り方を、説いて教え、生活指導をしたのである。

物事は、心に基づき、心を主とし、心によって、作り出される。
これが、仏陀の、すべての指導の主だった。

人間も、動物である限り、そのように、生きるべきだとは、言わなかった。
つまり、人間は、動物と違うということである。

何が違うか。

人間には、心という、もの、を、持つと、言明しているのである。

心理学で、解決する問題は、個人の、瑣末な問題に、限る。

心理学で言う心、仏陀の言う心は、同じものか、違うのか・・・

私は、霊学という、エッセイで、それを、徹底的に、解りやすく、そして、心理学で扱う心の、領域が、とても、狭いものであることを、書き続けて、心、それが、霊的存在であるという、ところまで、進めたいと、考えている。

ユングにおける、無意識といわれる、潜在意識が、果たして、霊的なものに、つながるのかにも、興味がある。

心と、霊と、魂というものの、定義を、考えたいと思うのである。




posted by 天山 at 07:38| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。