2011年11月21日

霊学43

もっともカンバーグは誇大自己という言葉よりむしろ病的な自己愛という言葉を使っています。
小此木

カンバーグは正常な発達ラインから逸脱して、病的な自己愛が構造化されてできあがるのが自己愛パーソナリティだといっています。これに対してコフートは、正常な発達段階のある段階に固着して、その発達段階の自己愛が構造化されたものが自己愛パーソナリティだといっています。
小此木

カンバーグは、病的な、であり、コフートは、発達段階の一つとしている。

病的な自己愛が肥大してできたと、考えるか、発達段階のあるところで、固着したと、考えるか、である。

コフートによる、誇大自己は、どんなふうにして、出来上がるのか。
自己―対象、セルフ・オブジェクト、つまり、自己と対象が情緒的に、はっきりと分化していないという意味。

簡単に言うと、子どもの心のままである。
主観的に、相手が、自己―対象、セルフ・オブジェクトになっているということ。

相手と、同化している、状態と、理解する。
私と、あなたは、同じ・・・という、勘違いである。

フコートは、
自己―対象とは、こうした自己表象と対象表象の分化ができあがる以前の段階での話しなのです。
小此木

それは、フロイトが言う、乳幼児の発達段階における、快感は、みんな自己であり、不快なものは、みんな非自己であるという、考え方。

快感自己に当るものを、自己―対象と、みなすと解りやすいのである。

それは、
自分にとって何でも思い通りに快―欲望の満足を得られるという全能の自己の感覚です。
小此木

そこで思い通りにできる自分と思い通りにしてくれる母親は、全納感の中で一つに結びついた自己―対象になっているわけです。
小此木

それを、大人になってから、相手に投影させると、おかしくなる。
全能である思う、錯覚経験から、抜け切れない人が、自己愛を肥大させる。

ところが、現実は、母離れのように、確実に来るのである。
そして、幻滅を味わう。

そこで、
理想化された自己―対象について、各発達段階に応じて、脱理想化が起こっていく。その脱理想化によって、ありのままの現実的な自己表象と現実的な対象表象が分化・発達していくわけです。
小此木

言われてみれば、当たり前のことだが、このように、学者が書くと、説得力がある。

さて、ところで、その脱理想化の、幻滅、挫折が、あまりにも大きいと、自己―対象が、急に失われた状態になり、その時、恐怖、衝動が、自己愛を奪うのである。

子供も、大人も、同じ。

分離不安だけではなく、自己破滅・・・まで、至ることもある。

むむしろ子どもの自我の発達に応じて、少しずつ次第に幻滅して、全能感が減少し、そのぶんだけ現実感をもてるようになるのであれば、精神発達にとって、それは必要かつ有意義な体験です。
小此木

随分と、のんきなことを、言うものである。

それを、経なければ、真っ当な、大人になれないのである。

それが、自然に行われることである。
こうして、著者が、書くというのは、それが、自然に行われなくなったからだろう。

何も、面倒な言葉を重ねて、語ることもないはずなのである。

ここで、小此木氏は、母親を早く失うと、
母親の喪失は自己の喪失・破滅になってしまう。そして自分と未分化な全能の母親が、子どもの幻想の中にそのまま存続してしまうわけです。自分と分化しないままの全能感のある母親が残ってしまうのです。
と言う。

そうなると、対象喪失は経験できないわけですが、それと同時に、それだけ現実のかかわりには狂いと歪みが生じてしまう。ポリアンナ的な現実否認が恒常化してしまうのです。
小此木

それは、恐ろしいことである。
結論は、病的に自己愛が、肥大し、自己愛パーソナリティが出来ると、コフートは、言う。

こういう人と、関わる人たちは、次々に、理想的な対象の役目を担わされ、この理想的な対象としての、かかわりの中で、理想的自己も満たされる。

そして現実の自己は、この全能感をみたして、自己愛の満足を得ることをひたすら追求するようになります。これが自己愛パーソナリティであり、その中核が誇大自己なのです。
小此木

それは、つまり、イリュージョンの世界、錯覚の世界に沈没する、生き方になるといわれる。

時代は、そういう人の物になったのか・・・

幻滅と、脱理想化が、破綻して、突然、街中で人を襲う。
または、離人症になり、うつ病になり、手のつけられない、人格を持つ。

心理学では、ほぼ、二歳半くらいに、自己表象と対象表象の分化が、出来ると、言われる。

それでは、正常な発達というものを、小此木氏の、解説で、見ることにする。




posted by 天山 at 00:01| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

霊学44

正常な発達とは、どのようなものか。

自己―対象への固着が起こらずに、正常な発達が進んで次の段階になると、自分はそんなに全能なものでもないし、母親も現実的な母親として、無力で悪い面もあるということがわかってきます。
小此木

これは、当たり前のことで、特に言うこともないが、それが、現代では、損なわれているということである。

ではこの場合、肥大していた幼児的自己愛、つまり幼児的全能感にみちた自己―対象はどうなるかというと、現実の自分が確立され、それに対立する自我理想と超自我になるわけです。
小此木

それは、理想化された親が、同一視を通して、内在化する。
そして、現実の親は、現実の親として子どもに見えてくるという分化が、進む。

自己―対象が、超自我、自我理想として、現実の自分と対立する。それが、正常であると、言うのである。

理想化された親、つまり、もう一つの自分の存在である。

それが、内なる声とか、良心とか、色々と、言われる。
中には、神の声という人もいる。

病的な自己愛の持ち主は、自我理想も超自我もすべて誇大自己の中に吸収されてそれ以上に分化していきません。すると、一見すると超自我にしたがっていたり、自我理想に従って行動しているかのようですが、実はそれは誇大自己をみたすためのものにすぎません。
小此木

そして、それは、実に恐ろしいのは、現実の未熟な自分に気づかず、絶えず、誇大自己の錯覚の中にいるということだ。

すべての存在が、その誇大自己を満たすための、手段に過ぎなくなる。
これを、コフートが言うところの、自己愛パーソナリティの心理構造ということになる。

このように、自己愛パーソナリティでは、超自我や自我理想も、自分そのものになってしまうのですから、自分が法律そのもののようになって、外界に対してもそういう態度になるわけです。
小此木

本来は、誇大自己から分化した、理想化した親と、現実の自分の関係が、自我理想と現実の自我との関係になるということ。

自己愛パーソナリティでは、それがならないのである。

自分と対立したものを、精神の中に、持たない人たちである。

また、精神の中に、対立したはずの、自我理想が、歪む人がいる。
それが、実に道徳的で、規律的なものであるが、実は、それも、自己愛パーソナリティなのである。

早い時期から、何らかの、強制によって、洗脳されている場合など、である。
小此木氏は、それについては、触れていないが、そのいう人たちが、いる。

頭脳優秀な人にも、多い。
つまり、頭脳優秀であることから、幼児期から、礼賛されて育ち、その礼賛された自分が、誇大自己を作り出すのである。

ある時期からでも、それは、あり得る。
全能感を持ったままに、成長する。
今では、もっぱら成績が良い場合に、そうなる。

挫折を知らない人として、言われることがある。

自己愛パーソナリティでは、何でも自分の思い通りになるという親像をとり入れている。そのために、自分と対立する自分を超えた、超自我・自我理想ができないままになってしまうわけです。
小此木

自分が、正しいと、どんな状況の時にも、それを人に押し付ける。法律に触れることをしても、自分がやる場合は、正しいのである。

全く、通常の話し合いが出来ない人である。
全く通じないから、馬鹿かと、思うが、違う。
自己愛パーソナリティなのである。

現代は誇大自己ばかり肥大して、超自我や自我理想に分化しなくなってしまった時代といえるでしょう。
小此木氏は、そう言う。

それは、つまり、自分の土俵でしか、話し合いが出来ない。自分の土俵でのみ、言葉が通じる。さらに、人の痛みなど、全く関係ないのである。

例えば、タレントを見ると、すぐに自分と比べる。そして、自分の位置からのみ、言葉を発する。
あたかも、自分がタレントになっているかの如くである。
つまり、内が対立していないから、外にも、対立を見出さないのである。

一冊の本を読む。
ベストセラーである。しかし、自己愛パーソナリティの人は、唯一、自分だけが、読んで知っていると、思う。

損得の世界では、もっと、明確である。
父親が亡くなり、遺産相続である。
自分が正しいのであるから、預金も、株式も、生命保険も、すべて自分の手に中に収めてしまい、それで、正しいと、思うのである。
相続人が他にいても、それを平然とやってしまう。

そして、争う段になると、知らない、無いと、平然として言う。

更には、遺書さえ、隠す、捨ててしまう人もいる。
要するに、自分のことしか、頭に無いのである。

人のことは、どうでも、いい。
小此木氏は、現代は、そういう人たちの時代だというのである。
つまり、様々な面で、そういう、自己愛人間が出現して、世の中を作っている。それは、霊的世界に関しても、そうなのである。

昔と違い、狐憑きが、いなくなったが、別に憑くものが、現れた。
神とか、天の声とか・・・

posted by 天山 at 02:55| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

霊学45

小此木啓吾 自己愛人間から、見ている。

戦前から戦後、現代に至る社会は、かつてフロイトが個の自立のために必要であると考えたいくつもの集団幻想を、主体的にではなくむしろ受身的に破壊するプロセスをたどってきました。
小此木

ちなみに、この本の発売は、1981年11月である。
つまり、30年前である。
それから、また、変転している。

だが、興味深いことなので、取り上げていく。

第一は、女性の性愛に対するタブーの解体です。いまや女性もまた男性と同様に性愛をみたす権利があるという動かしがたい認識を確立しました。

第二は家庭幻想の崩壊です。親は神聖でとても偉いものなのだから、子どもは親のいうことを聞かねばならないという幻想がありました。それに対して、実際には子どもは親を単純に神聖視するわけではない。親もセックスする人間であるという現実は公然化し、家族、親が神聖であるという幻想は破壊されてしまいました。

第三に国家幻想への幻滅であり、第四は宗教に対する幻想の喪失です。フロイトはこれらの集団幻想からの自由な知性に基づいた個の確立を人類の普遍的課題であると考えていました。それを主体的に人間の内面にそって行う道を示したわけです。
小此木

ここで、そのフロイトが、作り上げた、精神分析に対して、批判を控えて、先に進める。

集団幻想からの、自由な知性に基づいた、個の確立・・・
それが、人類の普遍的課題である・・・
そのフロイトの課題に、新しい倫理進化学という、学問が生まれている。

心理学や、精神分析だけではない、学問の世界が、広がっているのである。

心理分析のみによる、分析も、限界があることを、認識しなければ、心理学に対する、妄信になってしまう。陥るということである。
心理学の分析を、絶対と思い込む、賢い馬鹿が、世に溢れている。

それに、関しては、後々、書き込むことにして、小此木氏の、論説を見続けることにする。

自分を支配している、集団幻想から、内面的、主体的に脱却することが、自己自身の人間の課題とした、フロイト以降、この問題は、モノ的な力によって受身的に解体してきたということができます。
と、小此木氏が、指摘する。

家庭も、解体し、親の権威も、地に落ちた。国家の権威も、宗教の権威も、イデオロギーも、失われた。

つまり外から見れば、20世紀初頭にフロイトが個々人の内面で達成しようとした主体的課題はすべて外的な世界のこととしては没主体的に達成されたのが現代です。
小此木

その結果、性のタブー、親の権威、国家、宗教、イデオロギーに対して、こうした文化的、歴史的なものは、価値の無いモノとして、それを作り出し、解体するのは、自分たちであるという、全能感を抱くようになった。

自己愛の肥大化が、気づかぬうちに、誰にでも、起こっている。

確かに、個々人の生活、生き方に、それは言えるだろう。
様々な、例を上げて、説明できる。

しかし、日本の場合を見ても、国家、宗教、イデオロギーの権威が失われたが、それが、新しく提供されたとも、言える。

国家も、宗教、イデオロギーのひとつとして、まとめて、新しい、イデオロギーが生まれて、そこに、身を投じる人たちもいた。

その空虚感を埋めるため・・・

あの、オウムという、新興宗教を、どう解釈するのか。
小此木氏が言う、現代の状況の中で、病として、生まれたのか。

更に、多くの新興宗教は、何故か。
それらは、既成の宗教団体に対する、反乱なのであるのか。

また、国家という、イデオロギーに対して、極右、極左が、生まれている。
これは、何故か。

小此木氏の言う、既成の様々な、価値観の崩壊と共に、実は、邪悪なものが、多々生まれているのである。

考えが甘すぎるとは、言わないが、彼の見た世界は、実に、狭いものである。

世界的に見ても、イデオロギーは、極端に権威を持った。
原理主義・・・
テロリストはじめ、様々な、原理主義者たちが、世界を恐怖に陥れている。

つまり、心理学、精神分析というものは、単なる、一つの遊びであり、ある程度の、知的ゲームとして、認識することもできるのである。

心理学者の岸田秀も、心理学を真っ当に批判している。
いずれ、それも、紹介する。

実は、上記の権威なるものは、変容して、なおも、続いているということである。

例えば、新興宗教の教組は、家庭や、親、国家幻想さえも、凌駕して、権威を持った。そうでなければ、人はあれほど、騙されない。

足裏診断で、天の声を聞くという、教組は、詐欺罪で、起訴されなければ、今も、続けていただろう。

確かに、個々人の生活、生き方も、変容した。
変容したのであり、喪失したのではない。

なるほど・・・
と、思わせるのが、心理学の特徴である。
あたかも、そうであるかのように、分析する。

そして、それが、学問とされることから、それで判定されると、少しズレていても、納得するという、馬鹿げた対応を、せざるを得ない。

憑依現象なども、心理学が、云々すると、もう、霊的作用などは、マヤカシ、誤魔化し、嘘偽りと、判断される。

確かに、多く、心理的要素が、重なるが、霊的要素を見ることが、出来ないでいる。

小此木氏の、自己愛人間を続ける。


posted by 天山 at 08:08| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

性について。188

売春婦の意志能力について問題を提起することは、実は否定的に回答を生じさせるものである。いったい真の売春婦が、何か気力をもっていることを証明しうるとすれば、それはどんな点だろうか。たとえどれほど僅かでも、売春婦が最初にそうした自発的に意欲をもっているのであれば、一度経験したあとでは別な生活を送ることになるだろうと思われる。
マンシニ

昔、売春婦だったという、女に、私はマニラで会っている。
若い頃は、カラオケパブにいた。つまり、売春婦をしていたということである。
そして、今は、年を取ったから・・・
何もしていない・・・

ただ、マッサージをすると言う。
呼ばれ部屋に行き、マッサージをして、性的サービスをするのである。

いったい、売春婦はみな、自分が堕落したという感情をもっているだろうか。もちろん、もっているのは確かである。商売の必要から、どうしても人の注意を自分に向けさせなくてはならないような場合、とくに初めのうちは、こうした感情を抱くものであり、最初はこうした感情がとても強いのである。
マンシニ

おおむね、そうであろう。
しかし、東南アジアにおける、売春婦は、それで、実家と、家族を養うのであるから、堕落というより、それ以外の方法が無いという、気持ちである。
堕落したなどとは、考えていられないのである。

マンシニは、
売春にさしてのいろいろな感情的な反応を取り上げることによって終えると、
いっさいの自己愛はどうしても捨てさられるということを認めておかなければならない。との、ことである。

だが、それに代わって、
一緒の誇りが生き残る。その集団的な誇り、それはまた、激しい労働に押しつぶされた不運な連中、「頬までくぼんだ連中」に対する、軽蔑の念を含んだ憐れみに根拠がある。
と、マンシニは書く。

つまり、売春という、骨を折らずに、金を得るという、優越感である。
だから、慈善家や、説教家が、彼女たちを、厚生させようとすると、形を変えて、怒りとなって、現れる。

彼女たちは、言う。
この商売は咎められないのだから奇跡でも起こらなければ私など救われない、というのがまず第一の答えである。もっとも、罰せられないからこそ、売春仲介をやる連中もうまい汁が吸えるわけである。この種の女たちの一般的な道徳観念については、一言で説明できる。それは、彼女たちの社会の道徳観念であり、われわれとは別の慣習と規範があるということである。
マンシニ

ここで、私は、売春仲介をする男たちと、それらを要しない、単独売春があると、言う。

売春宿には、いない、売春婦である。
夜、一定の時間になると、一定の場所に、立つのである。

値段も、客との交渉で、成り立つ。

貧しい国では、それらも、当たり前にある。
売春斡旋業者が、手数料を取ることを、嫌うのである。
それは、とても、勇気のある行為である。

多くの危険が、伴うことを、承知で、行う。

売春婦の感情について述べることは、もはやなにも残っていない。
マンシニ

世の中から、爪弾きされた女たちの、感情生活に、腕を差し伸べるようなものはなんら現れまい。
マンシニ

これは、彼の研究不足である。
彼は、現実の売春行為を見ていないようである。
分析は、よくするが、事実を知らないというのが、学者の多くである。

売春婦は、感情豊かであると、私は言う。
せめても、その感情を維持するために、努力している。

物乞いに、一番、興味と憐れみを示すのは、売春婦たちであることを、私は見てきた。
自分たちより、弱い立場の人たちに対して、彼女たちは、憐れみをかける。

感情を失うほどの、ことを体験するのは、不可抗力により、強制的に、売春行為をさせられる、売春婦たちである。

また、感情を失わなければ、それを、続けられないのである。

マンシニは、恋も、母親としての愛情も、現れない。恋なども、売春上から、禁じられていると言う。
違う。

彼女たちは、恋も、母親としての、温かい感情もある。

意欲も愛もなく、心の満足という点では、気晴らしになることを見つけることも覚束ないのである。
マンシニ

それも、違う。

同じ不可抗力でも、家族や、子供のために、売春婦をする者たちは、愛情も、感情も深いのである。

マンシニの見ている、売春婦は、西欧を中心とした、売春であるから、それは、西欧の思想、考え方による。
個人主義の、西欧の売春婦は、そのようであろうが、アジア地域では、また、別の考え方がある。

飛躍して言えば、楽しく売春行為をする、売春婦もいるのである。
これは、語弊があるだろうか・・・

タイの、パタヤのゴーゴーバーでは、深夜時間が、遅くなると、自ら、料金をデスカウントする、女たちがいる。
早く、私を買って・・・
1000バーツが、800バーツ、700バーツ、600バーツと、落ちてゆく。
それは、ショートタイムの料金である。
男を、射精させれば、終わりなのである。

何かを、きっぱりと、割り切っているのである。

それに関して、私は、深く追求する術がない。


posted by 天山 at 02:04| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

性について。189

自発的な意欲も知能も、感受性も、この日課を満たすうえでは不要なものである。それどころか、こうしたいろいろな力は、それを働かせれば望ましい成果をあげるうえで邪魔になる。つまりスペインはカスティーリャのアンリー四世の言に従うならば「愚鈍のゆえに」売春に従事しているのであって、生理的な条件さえそなわっていればそれだけでよいのである。
マンシニ

これは、随分と、短絡的、狭義的である。
欧州の売春婦がそうでも、アジアでは、違うと、言う。

愚鈍であれば、遠い家族と、子どもを育てるための、仕送りなど、出来ないのである。

フィリピン
恒常的な貧しさを抱えている国。
首都のマニラには、家の無い家族が、どれほどいるか・・・

更に、就くべき仕事がなく、体を売ることしか、方法の無い女性たち。

子持ちの女性たちが、一度の売春で、僅かな金を得るという。

私が、マニラの貧困地区に一人で支援に出掛けた旅で、一人の、売春婦を案内に頼んだ。
その店には、一度、カレー屋だということで、客引きに連れられて、入ったことがある。しかし、食べ終わらないうちに、状況を理解した。

その際に、あなたたちなら、二人でいたので、一人1500ペソでいいと、言われた。
本当の料金は、2000ペソである。

日本円では、4000円。
これは、ショートなのか、一晩なのか、解らない。

兎に角、一人の売春婦を選んで、手伝って貰うことにした。
2000ペソを払い、二日の予定である。

支援には、あまり役に立たなかったが、色々な話が聞けた。

2000ペソのうち、彼女が得られるのは、600ペソである。1200円。
彼女は、姉と、我が子との、三人暮らしである。
当然、私の支援物資から、子ども用の衣類を、上げた。

彼女曰く、早くこの仕事を辞めたい。
しかし、辞めても、仕事がないのである。
それは、私に、保護者を求めていると、いうことだ。

生活するために、売春をする女性は、アジア全域にいる。

知的レベルが、劣り、騙されて、売春をするというのも、中には、いるだろうが、決して、愚鈍なタイプではない。

タイでも、同じく。

ただし、マンシニの、この記述は、当てはまる。
売春の世界では、批判的な心構えなどというものは通用しないし、求められもしないということは想像できよう。なぜなら、そうした心構えは、反抗・逃走を促す原因になるし、この社会の掟にまったく反抗する態度、つまり客を考えてあぶないえり好みをすることになるからである。もちろん、例外はある。更正した場合を省けば、バーやカフェ、ホテル、家具つきの貸し部屋、それに「もぐりの連れ込み宿」などの経営をまかせられることもある。こうして出世した連中は、女将の地位とか経営補佐役の地位とかを与えられる。はじめは平の従業員から、やがて協同経営者、さらには雇用主になることも可能であり、売春婦が最後には慈善事業をやって貫禄を示すようになることもある。
マンシニ

売春宿の、からくりは、単純なものから、複雑なものまで、ある。

国境地帯の町には、様々な、売春宿が存在する。
それを、一々、調べて行くこと、困難である。

普通のホテルでも、ボーイに尋ねて、紹介して貰うことも、出来る場合もある。また、ホテルの従業員から、売春の斡旋を受ける。
私は、時に、それに関して、驚くのである。

マッサージとして、部屋に呼んだ、マッサージ嬢が、売春を誘うということもある。
一体、どこから、どこまでが、本当か、嘘か、解らない。

フィリピン、レイテ島での、マッサージが、即売春を意味するとは、知らず、私は、マッサージを訪ねた。
最初は、本当のマッサージだが、後半になり、突然、コンドームを取り出された時は、驚いた。と、共に、すべてを理解した。

彼女たちは、マッサージ料金を全く、経営者から、貰わないのだ。
彼女らの、収入は、売春行為によって、得られるものだったということ。

フィリピンは、島々の国であり、それぞれの、島でも、売春の形が違う。
マッサージルームが、すべて、売春の場合かと言うと、それも、違う。

ネグロス島では、一切、それらしきものはない。
更に、セブ島の、セブシティのマッサージは、エロマッサージもあるが、それは、客が要望してのものである。

男のマッサージを選んだ私が、最後に、エロを勧められて、驚いたこともある。

レディーの方が、いいのか・・・
唖然、呆然である。

マンシニの、売春の社会学の、舞台は、欧州によるもので、アジア、世界に、当てはまるものではないということが、解った。

売春にも、色々な顔があり、それは、百面相であるということだ。

更に、売春の無い国は、無いのである。
カンボジア、ラオス・・・ベトナム・・・
そして、ミャンマーをはじめ、東南アジア、いや、アジア全域に存在する。

更に、アラブである。
イスラムの厳しい掟がある。しかし、売春は、別物として、扱われる。
そして、同性愛売春も、厳禁されているが、驚くほど、多いという事実である。

それが、少年、ストリートチルドレン、あるいは、貧しい子どもたちが、犠牲になるという・・・
次ぎは、男子売春を見る。


posted by 天山 at 07:22| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

性について。190

同性愛は、それ自体は犯罪を構成しない。公然猥褻罪構成するに至るほどの加重情状が問題となるにすぎない。したがって、同性愛関係が報酬を受けて行われたという事実も、同様に犯罪を構成しない。だが、いくつかの国では事情を異にする。とくに合衆国ではそうである。イギリスも、1896年、オスカー・ワイルドを二年の刑に処した後は、事情が変化するに至っている。イギリスでは、今やこうした異常な行動は、裁判にかけるより医師の手に委ねる傾向にある。
マンシニ

男子売春である。

男子売春は、どこの国にも、存在する。
今や、それが以前より、多くなっているともいえる。

アメリカも、イギリスも、もはや、男子売春に関して、何の問題も無い。
未成年者の男子に対する、性的虐待が問題になるのである。

現在の、経済危機の世界で、男子売春は、生活するための、方法として、ある意味では、一つの職業として、認識されつつある。

ここでは、男子の売春に限っての見解である。
男子の、女装、あるいは、レディボーイと呼ばれる、新しい性の形ではない。

純粋に、男子の売春を言う。

50年ほど前でも、ギリシャでは、二千人、ニューヨークでは、六千人の男娼が存在していた。
パリの、シャンゼリゼー地区でも、二千人という。

アジアでも、男子売春の市場は、大きい。

今では、どんな国に出かけても、男子売春の場所がある。

私が確認しただけでも、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、インドネシア、ミャンマー・・・
中国上海でも、相当数の、男子売春が行われている。

増えることはあっても、減ることはないのである。

性の多様化が、世界的レベルに達したと、思われる。

ここで、問題なのが、少年に対する、性的行為である。

昨年、タイ、パタヤにて、ロシアの有名なオーケストラ指揮者が、少年への、性的虐待にて、逮捕されるという、事件があった。

更に、カトリック教会の司祭たちによる、少年への性的虐待は、大きな問題になった。

これも、少年を売買することは、児童買春といえるものである。

ネパール、インドなどの、貧しい少年たちは、体を売ることで、家計を助ける。
イスラム圏における、少年の売春は、止む事がない。

同性愛を禁止している、国、地域こそ、少年に対する、性的売買が、盛んだと言う、皮肉である。

タイでは、男子売春は、歴然としている。
男子のゴーゴーバーでは、それが目的で、客が通う。
女子売春と同じように、ショートであれ、長期間であれ、それは、存在する。

女子売春がそうであるように、男子を連れて、旅をする男性も数多い。

店に所属する、男子売春者には、店に、連れ出し料金を支払い、その後の、料金は、ボーイとの、駆け引きで、決める。

貧しい地域から、歓楽街に出て、手っ取り早く、金を得るには、そういう方法しかないのである。
更に、男子売春は、男性にだけ、開かれている訳ではない。
客は、女性の場合もある。

例えば、日本の女が、男を買う場所として、バリ島に次ぐのが、タイである。

多くは、ビーチボーイと呼ばれる男子が、相手になる。
ビーチに近いホテルでは、ビーチボーイを部屋に入れてはならないと、注意書きまであるほど、多いのである。

更に、擬似的結婚・・・
これが、曲者で、さんざんに、金を巻き上げられる。
だが、恋愛にある、女には、それが、理解できないのである。

恋愛に、擬似も、本当の恋愛も、無い。共に、恋愛なのである。

タイの、パタヤビーチで、一人のビーチボーイから、聞いた。
日本の女、三人を相手にしていると。
そして、来る時期をずらして、対応している。
更に、金が欲しいと、送金して貰うというのである。

彼女たちは、朝から、セックスを求めるというから、凄まじい。
ボーイは、本当に、セックスで、疲れるという。

売春は、その価値判断によるものである。
女も、セックスを楽しむという、新しい時代が始まって、久しい。
人間の欲望を止めることは、実に難しいし、更に、止めるべきものかも、疑問がある。

両者が、それで、納得済みであれば、問題はない。

マンシニは、売春の特殊な相に言及して、
女性が金銭のために他の女性に身をゆだねるという問題である。
という。

こちらは、女の同性愛の話である。
つまり、レズの女に、身を売る。
更に、男にも、身を売る。

ある売春婦は、男のためではなく、共に生活している女性のために働いている。
マンシニ
つまり、レズ関係の女たちである。

それも、女売春婦の、男のヒモと、変わりないとの結論である。

それが、特殊な売春と、考える、マンシニの考察も、古いものになった。

それでは、ここで、一つ、私が特殊だと、思える、男子売春に言及する。
それは、セックスを伴わない売春である。
端的に、ガイドとして、身を売るのである。
だが、男子売春と呼べるのは、客が同性愛者であるということである。
セックスを伴わないが、セクシャル、エロスは伴う。

例えば、単なるガイドに対して、キスをするようなことは、出来ない。
しかし、それが、出来るのである。

白人の老人と、共に、旅をしている、タイの青年を見ることがある。
手をつなぎ、恋人のように、触れ合うのである。
セックスというのが、どの程度の、触れ合いなのかという疑問は、あるが、確実に、それも、売春のスタイルである。


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2011年11月27日

天皇陛下について。94

畏るべき昭和天皇 松本健一著
それより、抜粋し、案内する。

占領時代、皇太子(今上天皇)の英語の家庭教師の一人に、アメリカ人クエーカー教徒のヴァイニング夫人がいたことは、よく知られている。だが、このアメリカ女性を家庭教師にと言い出したのは、マッカーサーでも、日本の宮内省でもなかった。昭和天皇の独断だった。
天皇はこれよりさき、宮中にキリスト教およびキリスト教人脈を招き入れている。
松本

そのチャンネル役になったのが、昭和21年まで、学習院長で、昭和21年から23年にかけて、東宮御教育参与であった、海軍大将の山梨勝之進であった。

山梨は、敗戦後すぐの、十月に、天皇に宗教についての、ご進講を行っている。

そして、半年後からは、仏教は、鈴木大拙、カトリックは、新渡戸稲造の門下、田中耕太郎、プロテスタントは、斉藤勇を口説いて、進講させている。

更に、天皇は、これより前の、一月に、加賀豊彦を招いて、約二時間にわたる、講義をうけている。

それに平行して、天皇・皇后は、四月、植村環を皇居に招いている。

植村は、明治期のキリスト教指導者の、三村と呼ばれる、その一人、植村正久の娘で、1915年、大正4年に、米国のウェルズリー大学を卒業し、世界YWCA副会長で、米国ミシガン州グランビッドで開かれる長老会派教会の全世界大会に出席する、その出発前日のことという。

天皇は、植村に、世界から日本への誤解を取り除くために働いて来て欲しいと、言い、皇后は、米国民にどうぞよろしく日本国民の気持ちを伝えてくださいと、頼んだという。

一体、何故、昭和天皇は、そのようなことを、されたのか・・・

植村は、帰国後、マッカーサーからの支援を受けて、良子皇后、孝宮、順宮、清宮、義宮などに、足掛け五年も、キリスト教と聖書の講義を、続けたという。

そのため、皇室が、キリスト教へ改宗かと、噂されたという。

だがこれは、予断的にいえば、天皇がアメリカ占領とキリスト教を「あっ、そう」とばかりに受け入れたパフォーマンスにほかならなかった。
松本

実際、皇太子の、家庭教師は、イギリス人の男性教師がついていた。
更に、英軍の方が、米軍より皇室のことを重んじると、アメリカ人記者との会見でも、自分は英国の君主制を希望すると、答えている。

松本氏は、
そうだとすれば、天皇がもう一人、アメリカ人の「女性家庭教師」を要請したのは、米軍のほうが皇室に対する見方が批判的で、前年末にはGHQが出した国家神道の禁止の厳しい措置などをにらみつつ、アメリカを懐柔する意図をもっていたからではないか、と考えられる。
と、述べている。

当時の国際社会で、生き残るために、昭和天皇は、じりじりと、何かを、推し進めて行くのである。

決して、拒否も、否定もせず、淡々として、受け入れる格好である。

天皇・皇后のヴァイニング夫人に対する感情は親しみのあるものであったが、そのことと占領下という意識は別次元のものである。
松本

天皇はマッカーサーのもとでの民主主義を、「天皇制下の民主主義」に押し返したように、皇室がキリスト教およびその人脈を受け入れたこともいずれ押し返してゆくのである。
松本

と、いうことは、とてもじゃないが、実に、畏るべき、天皇である。

さて、皇室の中にも、キリスト教に感化された者がいる。
義宮、常陸宮である。

昭和40年、ヨーロッパ訪問の際に、バチカンで、ローマ法王を訪ねて、会見した。
それは、常陸宮の長年の希望であり、非常に感激したとある。

常陸宮は、その侍従が、熱心なキリスト教徒だったゆえに、その感化により、毎晩ベッドで、神への祈りを捧げるようになったという。

さて、松本氏は、
昭和天皇は占領下のもとで皇室が生き残るためには、皇室のなかにキリスト教人脈が大勢入りこみ、聖書の講義が継続的に行われることも黙認した。それはしかし、占領下の日本にかぎってのことだった。
と、言う。

結論を急ぐと、植村環の聖書講義をはじとする、皇居での活動も、占領が終わった、昭和27年に中止となった。4月28日、アメリカの対日講話条約が発効したからである。

これは、天皇の断固たる意思にもとづいての決定、つまりキリスト教への押し返しであった。
松本

その証拠がある。

のちに、天皇は、美智子皇太子妃に対して、注目する、発言をしている。
美智子妃は、カトリック系の、聖心女子大学出身であり、両親は熱心な、クリスチャンである。
彼女は、洗礼を受けていないが、聖書に造詣が深く、若き常陸宮が、宮中で、聖書についての、質問をしたのである。
その後、常陸宮が、お姉さまとキリスト教のお話しができて楽しい、色々教えられたと、語ったのである。

昭和天皇は、美智子妃を御所に呼び出して、天皇家は神道を守る立場にある。それが、キリスト教にかぶれるとは、何事かと、厳しく叱責したのである。

この、叱責により、美智子妃は、一時的に、失語症に陥った。

昭和天皇は出来うるかぎり「私」の意見をのべようとはしなかった。しかし、それが皇室の存在を危うくするようなことがらなら、断固として自らを主張したのである。
松本

私が、昭和天皇は、歴代天皇の象徴的存在であるというのが、それ、である。

「私」の意見を、極力発しないのである。
しかし、ここぞという時、守るべきものが、かけがえのない時に、言葉を発する。

三笠宮家の、寛仁親王が、突然、皇籍離脱の希望を表明した際に、天皇は、一言、「わきまえよ」といったのである。
一体、何を、わきまえる、のか・・・
皇室の中に生まれたという、その宿命を、覚えること。
24時間、国民の前では、皇室の一員であること。
それが、与えられた使命なのであり、その皇室は、延々として、歴代天皇家が、作り上げてきた、日本の伝統なのである。

身勝手な、考えで、その伝統に傷をつけることは、許されないのである。

私が、感動したのが、敗戦直後、皇居に、共産党の人々が、雪崩れ込み、食糧をよこせと、騒いだ際に、側近が報告すると、あれも、日本国民である、と、仰せられたことである。

それらを、総称して、大御心、という。

この天皇陛下にして、日本は、最悪の敗戦後を、乗り越えたのである。

昭和天皇の、再評価を、いくらしても、足りないのである。


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2011年11月28日

天皇陛下について。95

昭和天皇は、昭和50年、1975年、アメリカに渡った。
旅の名目は、前年11月の、フォード大統領訪日に対する、返礼である。

天皇には、戦後日本の再建にアメリカが果たした多大な助力を感謝する気持ちがつよく、この訪米をアメリカ国民に謝意を表明する機会としたかったのである。
松本

そして、その挨拶は、フォード大統領主催の晩餐会で、述べられた。

次のことをぜひ貴国民にお伝えしたいと思っておりました。と申しますのは、私が深く悲しみとするあの不幸な戦争の直後、貴国がわが国の再建のために、温かい好意と援助の手をさしのべて下さったひとを、ふかく感謝します。

天皇のアメリカに対する感謝の意が、ここには明らかだろう。しかし、その晩餐会のまえ、天皇はワシントンに直行せず、近くのウイリアムズバークという町で、二日間の休養をとった。この町から車で40分くらいの距離にあるノーフォークには、マッカーサー元帥の墓と元帥記念館がある。
松本

天皇の、訪米が決まった時、記念館では、天皇の訪問を要請している。
しかし、天皇は、それを断った。
宮内庁では、老齢で、健康に差し支えるという理由をつけた。

元帥の未亡人が、改めて、手紙で要請したが、宮内庁は、相手にしなかった。

昭和天皇はキリスト教を押し返したように、長い時間をかけて、連合国最高司令官のマッカーサーも押し返したのである。
松本

これは、松本氏の、見方である。
確かに、見方によっては、そのように、受け止められる。

天皇個人としては、押し返したが、歴史としては、それも、受け入れているのである。

天皇自身が、明確に拒絶したのは、幕末の孝明天皇の、外国である。更に、開国である。

歴史は、信教の自由であり、キリスト教は、日本で、難なく布教している。
マッカーサーにしても、誰が、どのように、受け入れてもいいのである。

さて、帰国後の、記者会見で、ロンドン・タイムズの日本人記者から、予定外の質問が出る。
それは、天皇が晩餐会で、感謝の意を口にした言葉である、私が深く悲しみとするあの不幸な戦争、という、発言に対してである。

これに対する、天皇の発言は、
そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よく分りませんから、そういう問題については、お答えできかねます。
である。

この返答については、当時から「噛み合わない」とか、「文学方面だなんて、見当違いの答え」だ、といった批評がなされた。しかし、わたしの感想をいえば、これは木で鼻を括るたぐいの答え方である。要するに、天皇は記者のそんな質問には答えない、ということだろう。
松本

しかし、マッカーサーから発せられたら、別である。
私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、と述べている。

政治責任のない、記者に、そのような重大な発言はしないのである。
松本氏が言うように、私も、そう思う。

さて、天皇、特に、昭和天皇について、書かれた物は、実に多い。
そして、そこから、著作者の考え方というものが、解る。

また、無意識のイデオロギーによって、天皇を解釈するものも、多々ある。
私は、一つだけ言いたい。

まず持って、天皇という存在は、御一人であらせられる。
ここのところを、明確にしないと、解らないことが、多い。というより、解らないと、言った方がいい。
分析は、しても、天皇そのものに、成り、その御心というものを、見ることは、出来ないのである。

天皇という、存在は、分析しても、人間であるから、ハイ、全部解りましたということにはならない。
それを、踏まえた上での、分析がいい。

学者の中には、とても、多くの文献を準備して、天皇を描くが、残念なことに、無意識のイデオロギーにより、余計な、考え方と、色眼鏡を持って、解釈する者達がいる。

例えば、原武史の昭和天皇、である。

数ページめくると、このような、驚くべき見解が書かれる。
天皇の祈りを本物にしたのは、戦争であった。太平洋戦争が勃発した翌年の1942年、天皇は伊勢神宮に参拝し、アマテラスに戦勝を祈った。戦況が悪化した45年になっても、天皇は祭祀を続け、勝利にこだわった。六月にようやく終結に向けて動き出すが、天皇が最後まで固執したのは、皇祖神アマテラスから受け継がれてきた「三種の神器」を死守することであって、国民の生命を救うことは二の次であった。
と、書くのである。

これなどは、まさに、色眼鏡一色である。
どんなに、分析をしても、結果、それに対する、価値判断が、色眼鏡であれば、それは、意味の無いものになる。
価値判断をせずに、資料だけを、分析し、紹介するならば、まだ、救いがある。

この人には、昭和天皇を、貶めようとする意志がある。
国民の生命を救うことは二の次であった、とは、如何なることか。
国民あっての、日本国であり、国民あっての、皇祖であろう。

それが、基本である。
国民が無ければ、天皇も、皇祖も、存在しないのである。

実に、軽薄な付け加えである。

もし、それを、サヨク的というならば、一時期の日本の出版界は、サヨク系一色であった。
それを、持って、世間から、認められるという、歪んだ時代を経ているのである。
それを、また、邪とも、言う。

最も、愚かな書き込みは、
なぜ天皇は、祈りがかなわなかったにもかかわらず、戦後も戦前と同様に祭祀を続けたのか。
であり、それを、解明するために、書くと、宣言するのである。

要するに、戦勝祈願が叶わなかったという意味であろう。
実に、馬鹿馬鹿しい。

天皇は、祭祀の長である。
こういう人は、御利益信仰をする人であり、信仰の意味など、全く理解できないのである。
そういう、高貴な心境には、辿りつけない者なのである。

高貴な心境とは、天皇の祈りであり、それに順ずる、国民の祈りのことである。

資料集めが、真っ当なだけに、実に、惜しいことである。
学者が、陥る、蒙昧である。


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