2011年10月29日

孤児たちを訪ねて5

新しい、孤児施設に向かう。
新しいとは、初めてという意味である。

街中の、また、複雑な道を行く。
そこには、幼児から、中学生までいると、お母さんが言う。

更に、驚くべき事は、そのような施設が58もあるというのだ。
それだけ、難民の孤児が多いということ・・・

一件の家の前に着いた。
扉が開け放たれている。
中には、幼児たちがいた。

矢張り、指導者たちは、教会に出掛けていた。
留守の人たちが、迎えてくれた。

大人の世話役がいた。
初めての挨拶である。

小さな子供たちの衣類が、欲しいとのこと。
私たちは、まず、そこにいる幼児たちに合うものを、選んで、差し上げた。

だが、教会に出かけている子供たちは、少し大きいと言うので、テーブルの上に、衣類を置いた。

それを確認して貰う。
すると、私たちに、水をご馳走してくれる。

広倉さんが、ここにもお菓子をと、促すので、お菓子の缶から、皿に小分けにして、盛り付けた。
辻さんが、手早くやる。

留守役の女性に、また、来ますと、挨拶し、また、車を走らせる。

私は、ゴミ山に住む人たちに、支援したいと言うと、お母さんが、それでは、親がそこに住んでいる子供たちの学校に行きましょうと、言うので、従った。
着いてみると、あれっ、前回支援物資が無くなり、差し上げられなかった、学校である。

子供たちが、机に向かって、英語の勉強をしていた。
お母さんが、気を利かせて、連絡をしたのか、私たちが到着するのを、待っていたようで、あちらの先生が、私たちの訪問の様子を写真に撮っている。

特に、英語教育に力を入れているのか、子供たちも、英語を話すので、助かった。

男児と、女児に別れて、衣類を手渡すが、全員に差し上げるものが、すでに限られていた。
日本には、あれほど、溢れるように衣類があるのに・・・

衣類を上げた子、文具を上げた子・・・
しかし、誰も、不満そうではない。
それだけでも、嬉しいのだ。

そして、お菓子である。
一缶を用意して、良かった。

机の上の皿に、お菓子をのせて行く。
全員に配ることが出来た。

先生は、二人で男女である。
まだ、若い二人。そして、校長である。

私は、子供たちに挨拶した。
今日から、私と、皆さんは、ベストフレンドです。
それに今日は、歌のプレゼントをします。
日本の、シンガー、辻友子さんの歌を聴いてください。

さくらさくらを、辻さんが、丁寧に歌う。
その響きが、家全体を覆う。

生の歌声など、聴いたことがないのだろう。
子供たちは、じっと、聞き耳を立てている。
静か・・・・
歌声が響く。

歌い終えると、どころからともなく、さくらさくら、と、聞える。
子供たちは、最初のメロディーを覚えたようである。

私が、お別れの言葉を言うと、女性の先生が、英語で、私たちのために、飲み物と、少しのフルーツを用意しましたというで、しばし、休憩することにした。

その間に、色々と、写真を撮る。
ここには、また、来なければならないと、思った。

必要なものは、文具である。
よく学ぶ子供たちだから、ノートとペンである。
そして、出来れば、靴である。

ちなみに、こちらの先生たちも、難民である。
そして、寝泊りして、無給である。
子供たちも、ここに寝泊りしている。

支援がなければ、成り立たない状況である。
お金・・・
それも、必要である。

子供たちとは、英語で話す事が出来た。

難民、孤児、貧困の中でも、学ぶこと・・・それが、必ず実る時が来る事を、祈る。
子供たちは、ある年齢になると、そこを出なければならない。
それからが、大変である。

私の中に、ある考えが次第に芽生えはじめた。
それは、実現してから、書く。

歌に感動してか、辻さんの傍に、子供たちが集う。
英語で、しっかりと、辻さんに、話しをするので、見事な教育をしていると、感じた。

次に来た時は、もっと、時間を作り、子供たちと触れ合い、いろいろな事を、聞いてみたいと、思う。



posted by 天山 at 08:57| 孤児たちを訪ねて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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