2011年10月19日

霊学38

自己愛パーソナリティとは、何か・・・
小此木氏の、解説から、紹介する。

まず第一に、
自分についての誇大感―――自己誇大感をもっている。
自分は、特別だ、自分は他人より、すぐれている。心の中に、人並みはずれて、素晴らしい理想的な自己像を持つ。

第二に、
理想的な自己像を、いつも現実化しようとする。限りない、成功も権力を獲得すること。
才能を発揮すること。より美しくなること、などの、理想の実現を、休み無く、追い求める。

第三に、
絶えず、周囲からの、称賛、賛美、好意、親切、特別扱いを得ようとする。

だが、それは、
自分の心の中の理想自己の実現にしか、関心がないために、自己愛パーソナリティの持ち主は、自分本位の一人合点、思い込みといった性格傾向をもっています。
小此木

第四に、
理想的な自分を持ち続けようという、気持ちが強いので、周囲からの、批判を受けたり、現実の自分が、うまくいかない場合、そのことに、無関心だったり、無視したり、否認したりする。

一般に自己愛パーソナリティの持ち主は、自分の失敗、誤り、周囲の悪評などについて、ひとたびそれを知ったり認めたりしてしまうと、自己愛がひどく傷つき、絶望的になったり、屈辱感や劣等感にさいなまれる。あるいはすべてが空しくなって、無気力状態に陥るということがあります。
小此木

第五に、
理想的な自分になるために、他の、あらゆる欲望、感情など、すべてを犠牲にしても、かまわないという、貪欲さがある。

ここで、小此木氏は、
犠牲にされる感情の中には、人と親密さを分け合うとか、誰かと愛し合うとか、日本流にいえば、義理人情の絆や付き合いを大切にすることも含めて考えてください。
と、言う。

ここで、現代に言われる、社会不適応という、症状の存在が、注目されていることである。
それが、高じると、社会不安障害という、病になることもある。

それは、理想化した自己像を、全く裏づけのない人が求める場合である。
それは、社会的に、大きな不適応を、きたしてしまう。

才能がないのに理想自己だけ大きい人物は、どこかで破綻して不適応を起こすために、世間から「おかしい」とすぐに見えてしまうわけです。
小此木

ここで、精神科医と、つながるのは、第四の形である。

激しい挫折感、屈辱感、怒りなどが、生じて、自分も、周囲も、対処できなくなる。また、抑うつ反応を示すことになる、場合である。

抑うつ反応が、特に多くなっている、時代である。
それが、単なる、心の風邪ではなく、上記の場合が、多々ある。
それは、また、社会が、そのようにしたとも、いえる。

誰もが、幸福になれるような、教育現場を見れば、解る。
差別することを、神経症のように、嫌う、父兄や教師たち・・・

それが、差別ではなく、区別であると、知らない。混同してしまう。
皆、一緒に、ゴールインということは、この人生に、決してありえないことである。

だが、それを、知らない。知らない振りをしているのか・・・

平等の思想の、誤った、解釈である。

最近多いのは、自己愛パーソナリティ型の登校拒否少年、少女や挫折・無気力型の青年、中高年になってからの破綻などです。
小此木

これは、今も、続いている。

とても、解りやすい説明をしている。
幻想的な理想自我があたかも本当であるかのような錯覚(イリュージョン)の中で学校に通っていたので、それなりに一生懸命やっていた。ところが、貧弱な現実の自分が突然眼に入る経験があって、イリュージョンから覚めてしまう。
小此木

そこには、勿論、親の育て方に、大きな問題があった。

錯覚の中で、挫折するというのは、平等社会という幻想の、特徴であるとも、いえる。

そうなるはずだった・・・と、言って、相談に来る人がいる。
そうならなかった・・・だから、絶望する。
しかし、健康な、絶望感は、違う。

私の考えが、甘かった・・・
やり直そう・・・

だが、やり直しが出来なくなり、無力感に、陥る。そして、抑うつ。
更に、抑うつ状態で、薬を処方されて、過ごしているうちに、時間が経つ。どんどんと、取り残されているという、絶望感が、更に、抑うつを酷くする。
そして、破綻、である。

自己幻想の中だけが、私であるという、病。

そして、それは、今、現在抱いていない人にも、訪れることがある。
中高年で、そうなった場合は、度し難いのである。

突然無気力になってしまったり、自宅にひきこもってしまったりする秘密は、自己愛をみたす回路の故障にあるのです。
小此木

だが、私は言う。
何故、霊学を書くために、このようなことを、紹介しているのか・・・

実は、この、状態に陥った人が、ある日、突如として、霊感や、霊能に、目覚めるという、場合がある。
勿論、それも、幻想なのである。

行き場所がなくなり、苦肉の策として、人の驚く、霊感や、霊能力という、おかしなものに、取り付かれる人たちである。

無気力や、絶望感に、陥り、抑うつで、虚無が支配する、心に、魔がさすのである。

だから、私は、心理学や、精神衛生、精神医学などを、俯瞰している。
そうでなければ、霊、つまり、思い、想念、思念などの、真っ当な、お話しは、できないのである。




posted by 天山 at 00:00| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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