2011年10月17日

霊学36

基本的な点では、みんな同じだということが、それぞれの自己愛をみたすポイントについては幻想ではなくなっています。そしてこの自己愛満足度が拡大して意識されるためにみんな同じだ、という平等幻想がもてる社会になっています。
小此木

日本の社会は、確かに、人々の平均化と、画一化が、進んでいる。
それが、顕著だったのが、バブル前から、その間である。

自己愛の、傷つきを、感じないで、生きられる時代。
そのように、小此木氏は、解釈し、分析する。

平等幻想・・・
端的に言えば、運動会では、一等はなし。皆、ゴールしたということで、終わるというもの。

ところが、矛盾しているのは、誰もが、同じ大学に入ることは、出来ない。
そこで、平等に、好きな大学に、入学させろ、とは、言わないのである。

親が、平等幻想に、侵されている。そして、子供たちが、その犠牲になるのである。

さて、
どこかで自己像を限定しなければ、自分に対するナルシシスティックな感情は無限に広がるわけです。
と、小此木氏は言う。

それは、何が、自分なのか、という、自己の描き方によって、自我感情の満足が得られるかどうか、違ってくる。
何が、自分なのか・・・

それを、
自己定義とか自己限定を自分にするということを意味します。
小此木

そして、
現代人の自己限定は、アイデンティティに結びつくような社会性をもった自己定義ではありません。
と、言う。

つまり、モラトリアム人間は、もっと、パーソナルなレベルで、それぞれの自己愛を満たす、人生設計を立てる。

モラトリアム人間は、天下、国家、思想・イデオロギーの自己選択という大きな視点からみればその選択にもとづく自己定義ないしは契約についてモラトリアム(猶予期間)を提供されているのですが、そこのところを棚上げしたところで身近なパーソナルな面では、自分を限定することで適応がいいわけです。
小此木

それは、アイデンティティは、確立していなが、それに代わるものとして、自己中心的な自己愛の限定を、行っているということ。

これは、社会の進化によるものなのか・・・策略なのか・・・

つまり、様々な、情報によって、自己愛の満たし方を、教えられている、時代。

私たちが何によって情報を得て自分の芳心や考え方をもつようになるかというと、マスコミの役割が大きいです。
小此木

それは、非常に、画一的になっている。
それによって、皆と、同じ、という、平等感覚が、安心感を与える。

こういう、社会の中にあって、果たして、危機意識、危機感というものが、持てるのか・・・
いや、持たなくてもいいと、情報は、教える。

それは、情報操作、情報調整・・・なのか。
皆が、共有しなければ、ならないと、決める、決められた、ことか・・・

たとえば国外から一つの思想が伝えられる。或いは国内に一つの思想的文学的意味をもった事件が起こる。何かの拍子でそれがジャーナリズムの上に拡大されると、忽ち百千の見解があらわれて流行現象に化す。流行現象とは濫用のことです。
亀井勝一郎

その、濫用を、平等と、思い込むということである。

そして思想とか事件そのものの本質は、忽ち見失われるという状態は、度々経験することでしょう。ジャーナリズムは、その本質上、必ず超拡大再生産による異常伝達力を志すものです。つまりセンセーショナルがその固有の性格で、これにかかったら最後、いかに深遠な思想でも微妙な事件も、骸骨のように露骨化されてしまう。そして異常伝達力による濫用は、必然に一切を単純化する傾向をもつ。単純化せずしてはこの種の濫用は不可能なのです。
亀井

誰もが、解るということは、必要なことである。
しかし、ある程度の人のみ、解るものということも、必要である。

そこに、身の程という、分別を持つ。
日本人の、アイデンティティを言うなら、この、分別という言葉が、しっくりと、くる。

深遠な思想、微妙な事件・・・
それも、単純化して、濫用する。

ベストセラーに付きまとう、モノである。
流行ものに、付きまとう、モノである。

ジャーナリズムは節度を破壊します。破壊するのが運命なのです。
亀井

では、マスコミ・・・同じこと。
それは、実は、人のアイデンティティを破壊して、成り立つ。いや、その手前で、破壊する。

お互い、同じ考えや、情報を語り合い・・・
同じであることを、確認しあって、成り立つ関係・・・

それを、アイデンティティと、錯覚した、日本人がいる。
妖怪のような、人間の集団とも、いえる。
そこに、気概など、生まれるはずもない。

例えれば、ある宗教団体の中にいる、一人・・・
そこでは、信仰の対象を共に、奉じて、共感することで、成り立つ、関係がある。
個性などは、持っての他である。

集団に埋もれて、幸運を感じる人。

ぬるま湯に浸かる、人間関係である。
実に、薄気味の悪い関係と、アイデンティティがある。

だが、社会全体が、そのようであったら・・・




posted by 天山 at 00:55| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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