2011年10月16日

もののあわれについて。536

かくて后居給ふべきを、「斎宮の女御をこそは、母宮も、御後見と譲り聞え給ひしかば」と、おとどもことづけ給ふ。源氏のうちしきり后に居給はむこと、世の人許し聞えず。「弘薇殿の、まづ人より先に参り給ひしにも如何」など、うちうちに、こなたかなたに心よせ聞ゆる人々、おぼつかながり聞ゆ。兵部卿の宮と聞えしは、今は式部卿にて、この御時にはましてやむごとなき御えぼえにておはする、御むすめ、ほいありて参り給へり。同じごと王女御にて侍ひ給ふを、「同じくは、御母方にて親しくおはすべきにこそ、母后のおはしまさぬ御かはりの後見にことよせて、似つかはしかるべく」と、とりどりに思し争ひたれど、なほ梅壺い給ひぬ。御さいはひの、かく引きかへすぐれ給へりけるを、世の人おどろき聞ゆ。




もはや、后に立つ儀があるはず。源氏は、斎宮の女御は、母宮も、陛下のお世話役にと、おっしゃっていたことだから、と、母宮のご遺言だと、主張される。
源氏から引き続き、皇后に立つことは、世間が賛成しない。
弘薇殿の女御が、誰よりも先に入内されたのは、何故だろう、などと、こちら側、あちら側に付く人々が、気を揉む。
兵部卿と申した方は、今は、式部卿で、今上の御代には、今まで以上にご信任が厚いのだが、その姫様が、望み叶い、入内された。
同様に、王女御として、お仕えしているが、同じ皇族なら、お母様の血筋で、今上に親しいはずの、こちらのほうに。お母様が、おいでにならない代わりの、お世話役ということで、よいと、それぞれに、競争される。だが、結局、梅壺が后になられた。
幸福が、お母様に打って変わって、優れていることを、皆が、驚くのである。

斎宮の女御とは、六条御息所の娘。
母宮とは、今上の母宮で、藤壺のこと。
式部卿とは、紫の上の父であり、藤壺の兄である。
梅壺が、入内したとは、その母、六条の御息所より、幸せだと、人が言うのである。




おとど、太政大臣にあがり給ひて、大将、内大臣になり給ひぬ。世の中の事どもまつりごち給ふべく、ゆづり聞え給ふ。人がらいとすくよかに、きらきらしくて、心もちいなども賢くものし給ふ。学問をたててし給ひければ、韻ふたぎには負け給ひしかど、おほやけ事にかしこくなむ。




殿様、源氏は、太政大臣になられた。大将は、内大臣になられた。
国政の実務を、処理されるように、内大臣に譲られる。内大臣は、性格が真面目で、きらきらしくて、心遣いなども、賢いのである。学問を熱心にやって、韻ふたぎには、負けたが、公の仕事、つまり、公務には、立派である。

大将だった、源氏が、太政大臣になり、その大将の位置を、内大臣に譲る。
その、内大臣の家族関係を、次に描いている。

きらきらしく
今で言えば、派手にしていた、と、なる。
きらきら、とは、輝くようなという意味でもある。現在も、そのように使われる。




腹々に御子ども十余人、おとなびつつものし給ふも、つぎつぎになり出でつつ、おとらずさかえたる御いへの内なり。女は女御と今一所となむおはしける。わかんどほり腹にて、あてなる筋はおとるまじけれど、その母君、按察使の大納言の北の方になりて、さしむかへる子どもの数多くなりて、それにまぜてのちの親にゆづらむ、いとあいなし、とて、とり放ち聞え給ひて、大宮にぞあづけ聞え給へりける。女御には、こよなく思ひおとし聞え給へれど、人がら容貌など、いとうつくしくぞおはしける。




幾人もの、妻妾に、お子様が、十数人、順々に成人していたが、次から次と、立身して、負けず劣らず、栄えている一族である。
女は、女御と、もう一人いらっしゃる。王族の方を母として、血統の点では、負けないはずなのだが、そのお母様が、あぜち大納言の北の方になり、今度の子供の数多くなり、そのお子様たちと、一緒にして、大納言に任せてはならないと、引き離し、おばあ様の、大宮に預けたのである。
女御より、軽く扱うが、人柄や、容貌などは、大変可愛らしくしていらした。





冠者の君ひとつにて生ひ出で給ひしかど、おのおの十にあまり給ひて後は、御方異にて、むつまじき人なれど、男子にはうちとくまじきものなり、と父おとど聞え給ひて、け遠くなりにたるを、をさなごこちに思ふ事なきにしもあらねば、はかなき紅葉につけても、雛遊びの追従をも、ねんごろにまつはれありきて、心ざしを見え聞え給へば、いみじう思ひ交して、けざやかには今も恥ぢ聞え給はず。御後見どもも、何かは、若き御心どちなれば、年ごろ見ならひ給へる御あはひを、にはかにも、いかがはもて離れはしたなめ聞えむ、と見るに、女君こそ何心なく幼くおはすれど、男は、さこそものげなき程と見聞ゆれ、おほけなくいかなる御中らひにかありけむ。よそよそになりては、これをぞ静心なく思ふべき。まだ片生なる手のおひさきうつくしきにて、書きかはし給へる文どもの、心幼くて、おのづから落ち散る折あるを、御方の人々は、ほのぼの知れるもありけれど、何かは、かくこそと誰にも聞えむ、見隠しつつあるなるべし。




冠者の君、つまり、夕霧の君は、同じ邸で、成長したが、どちらも十歳以上になってからは、部屋は別々で、親しい親類であるが、男の子には、仲良くするものではない、と父の内大臣が教えて、離れ離れに暮らしている。だが、子供心に、慕わしく思うこともないではない。何事もない、花や、紅葉につけて、人形遊びのご機嫌とりも、心から共にし、心の有様を、見せるもので、すっかりと、愛し合い、姫は、今も恥ずかしこともない。
お世話役たちも、小さな者同士なのだから、長年に渡り親しくしている関係を、急に離して、決まりの悪い思いをさせずともよいと、思っている。女君の方は、無邪気で、子供でいるが、男の方は、あんな子供と見ていたのに、小さいが、二人の間柄がどのようになったのか、と。
住まいが、別々になってからは、逢えないのが、気がかりでは、ないようである。
まだ、未熟ながら、将来の思われる可愛らしい筆跡で、やり取りされた、手紙も、子供だから、つい落として、人手に渡ったりし、姫君付きの女房たちは、大体察している者もあるが、どうして、このようなことを、どなたに申し上げようか。
知っていても、隠しているでしょう。

姫は、雲居雁のこと。
最後は、作者の言葉。

おほけなく いかなる御中らひにか ありけむ
身分不相応に、年に似ず・・・

静心 しずこころなく
騒ぐ心。この際は、逢えないことに、心騒ぐ。




posted by 天山 at 00:57| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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